聞き込みと街の呪術師
ホラーハウスに戻ると、外はすっかり深夜になっていた。
ランプの淡い光だけが、居間を照らしている。
『おかえりでござる』
クロスケの声は、どこか拗ねているように聞こえた。
テーブルを囲み、ミイナ、ペルシャ、フィリア、モノが座る。
そして、クロスケがその傍らに立ち尽くしている。
しばしの沈黙。
最初に口を開いたのは、ペルシャだった。
「情報は出そろいました」
指を二本立てる。
「十三番倉庫にいる可能性が高い、獣人の母娘」
「そして、乳母の候補が三人」
静かな声だが、迷いはない。
「同時進行で動くべきです」
ミイナは思わず身を乗り出した。
「同時……?」
「はい」
ペルシャは頷く。
「時間をかければ、その分、相手も動きます」
「第三王子側が警戒を強める前に、母娘の救出を試みたい」
モノが尻尾を揺らす。
『つまり、二手に分かれるってことだな』
「ええ」
フィリアが腕を組む。
「倉庫街は、戦闘になる可能性が高いですわね」
「はい」
ペルシャは淡々と続ける。
「ですので――私とフィリアで、港区画へ向かいます」
ミイナの胸が、きゅっと縮む。
「ペルシャさん……」
「大丈夫です」
ペルシャは、まっすぐミイナを見る。
「必ず、母娘を連れ戻します」
短く、はっきりと。
モノが口を挟む。
『じゃあ、ミイナは残り二人と乳母探しか』
「そうなります」
フィリアが微笑む。
「ミイナには、人を見る目がありますもの」
ミイナは、少し戸惑いながらも頷いた。
「……うん」
ペルシャは指を一本折る。
「次に、乳母候補の順番です」
一拍。
「最初は――ディエス」
ミイナが顔を上げる。
「盲目の占星術師さん……」
「はい」
ペルシャは頷く。
「見えないからこそ、真実を知っている可能性があります」
モノが小さく唸る。
『当たりでも外れでも、情報は取れそうだな』
「次に、ハーベル」
フィリアが続ける。
「大学教授なら、古い記録や人脈も持っていそうですわ」
「最後が、ラニスタ」
ペルシャの声が、わずかに低くなる。
「王宮お抱え。一番、危険です」
ミイナは、ごくりと喉を鳴らした。
「……順番、大事だね」
「ええ」
ペルシャは立ち上がる。
「まとめます」
「私とフィリアが、明日から港区画で探りを入れます」
「ミイナとモノは、明日ディエスを訪ねる」
一瞬、間。
『待つでござる! 今度こそ拙者も行くでござるよ!』
クロスケが身を乗り出す。
『お前なぁ……』
『ディエスとやらは目が見えないのでござろう?
それなら拙者も役に立つでござるよ!』
クロスケが、ぴょんぴょん跳ねて主張する。
『……わかった。わかった。お前も一緒にいこう』
『やったでござる!』
クロスケが、喜びをターンで表現している。
「どちらかで大きな動きがあった場合、
この家に戻って情報を共有します」
モノが前足をテーブルに乗せる。
『無理はするな。撤退判断は早めにな』
フィリアが穏やかに微笑む。
「生きて帰るのが、最優先ですわ」
ミイナは、拳をぎゅっと握った。
「……ペルシャさん、フィリアさん、絶対に戻ってきてね」
ペルシャは、静かに頷く。
「約束します」
こうして、王都での長い一日が終わろうとしていた。
*
翌朝。
王都の空は、薄い雲に覆われていた。
夜明けの冷たい空気が、肺の奥まで入り込む。
ミイナは、ホラーハウスの前で深く息を吸う。
隣には、モノ。
そして、やけにやる気に満ちたクロスケ。
『いざ、占星術師殿のもとへでござる!』
「……朝からテンション高いね」
『昨日は留守番でござったからな!
今日はお役に立つでござるよ!』
モノが半目になる。
『昨日も言ったが、余計なことするなよ』
ミイナは、くすっと笑った。
「ディエスさんの家って、どんなところなんだろ」
モノが尻尾を揺らす。
『街一番の占星術師だ。
王都の南区画、外れのほうだと聞いた』
三人は、人通りの増え始めた通りを歩き出す。
商人の呼び声。
馬車の軋む音。
朝食の香り。
王都は、相変わらず生きている。
やがて、石畳の道から外れ、
人気の少ない細い路地へ入る。
古い家が並ぶ一角。
その奥に――
壁一面に星図の刻まれた、不思議な家があった。
「……ここ?」
扉の上には、木製の看板。
《占いごと 呪いごと ディエス》
クロスケが胸を張る。
『間違いないでござるな』
ミイナは、少しだけ緊張しながら扉をノックした。
コン。
コン。
しばらくして――
ギィ。
軋む音とともに、扉が開く。
現れたのは、
背の低い、白髪の老女だった。
目は――
開いていない。
火傷の痕が両瞼を覆い尽くすように広がり、痛々しい。
ミイナは息を呑む。
泣きぼくろを探すが、火傷の痕でよくわからない。
(……この人が、ディエス……)
老女は、三人の顔を見ることなく、静かに口を開いた。
「……いらっしゃい」
その声は、不思議なほど澄んでいた。
*
「あんたら、とんでもないもの付けてきたね」
ミイナ、モノ、クロスケが店内に入った途端、
ディエスが呟くように言った。
「え?」
ミイナは思わず問い返す。
「呪いだよ。あんたら三人の呪いは、私の力じゃ解けない。
他をあたりな」
ディエスは、きっぱりと言い切った。
「そ、そんないきなり……」
『盲目だが、呪いを見る目は確かのようだな』
ミイナは驚愕し、モノは感心する。
『それよりも、話だけでも聞いてみるでござるよ』
クロスケが小声で促す。
「う、うん。そうだね。あの……」
その時だった。
ギィ、と玄関の扉が開く。
潮の香りを含んだ外気と一緒に、背の高い男が入ってきた。
腕には紙袋がいくつか。
中には、パンの包み、干し肉、果物、
そして薬草らしき束。
「ディエス、頼まれていたものを買ってきました」
穏やかで、落ち着いた声だった。
ディエスは顔を向けることなく、ふっと口元を緩める。
「おや、トーレスかい。ご苦労だったね」
「いえ。今日は道が空いていましたから」
男――トーレスは袋を机に置き、
ミイナたちに気づいて、わずかに目を瞬かせる。
「お客さんですか?」
ミイナは戸惑いながら頷いた。
「は、はい……」
トーレスは、にこりと柔らかく微笑む。
「それは良かった。ディエスは忙しい身ですが、腕は確かです。
どんな相談でも大丈夫ですよ」
ディエスが鼻で小さく笑う。
「勝手なことを言うんじゃないよ」
「すみません。でも、せっかく来た方を追い返すのも、どうかと思いまして」
そのやり取りは、まるで親しい家族のようだった。
ミイナの胸に、ほんの少しだけ緊張がほどける。
(……優しそうな人だな)
トーレスは静かにディエスの隣に立つ。
「それで……どんな用件で?」
「あ、あなたは?」
ミイナが尋ねる。
トーレスは一瞬きょとんとし、軽く頭を下げた。
「ああ。申し遅れました。私はトーレス。
ディエスの弟子といったところでしょうか」
「お弟子さん……」
ミイナは小さく頷く。
その直後、ディエスの澄んだ声が響く。
「呪いを解けとは言わないなら、話くらいは聞いてやるよ」
ミイナは、こくりと喉を鳴らした。
「えっと……私たち、探している人がいて……」
胸の前で指を絡めながら言う。
「ニイナっていう人の乳母をしていた人です。
呪いとか……星とか、そういうことに詳しくて。
だから、占星術師か呪術師なんじゃないかって」
「なるほど。だから、私のところに来たのかい」
「はい。わかっている特徴が、ディエスさんに当てはまることが多いんです」
ミイナは特徴を一つずつ伝えた。
背の低い女性。
少し背中が曲がっている。
黒髪に銀色が混じり、長い三つ編み。
左目の下の小さな泣きぼくろ。
欠けた月の形のペンダント。
腰には、薬草の入った革袋。
「なるほどね。だけど、全然違う」
ディエスは淡々と言う。
「背中が曲がってるのも白髪なのも、ただの年のせいさ。
薬草は趣味だ。残念だけど別人だね。
ニイナなんて娘も知らないよ」
「そうですか……それなら、指輪はどうですか?」
「指輪?」
「ええ。この指輪なんですけど……」
ミイナは、おずおずと左手を差し出した。
「私は目が見えないんだ。手を貸しな」
ディエスはミイナの左手を両手で包み、薬指に触れる。
ピクリ、と。
ディエスの指が、わずかに震えた気がした。
「……指輪なんて無いじゃないか」
「え?」
「老人を揶揄うものじゃないよ。
用が済んだなら、出ていきな」
「ま、待ってください!」
ミイナは食い下がる。
「蛇と盃の紋章の指輪なんです!
何か、知ってることありませんか?」
「無いね。
さぁ、そろそろ次の客が来るよ。出ていっておくれ」
ミイナは、がくりと肩を落とした。
「……そうですか。すみませんでした……」
三人は一礼し、店を後にした。
その時――
「お嬢さん」
背後から声がした。
「え?」
振り返ると、トーレスが立っていた。
「確か……トーレスさん?」
「はい。失礼ですが、お名前を伺っても?」
「ミイナです」
「ミイナさん。先ほどのお話、とても興味深い。
ディエスはああ言いましたが、ぜひ私にも協力させてください」
「え? 本当ですか?」
「ええ。私は仕事柄、呪術師や占星術師の知り合いが多い。
きっと、探している乳母の方も見つけられると思います」
トーレスはそう言って、ミイナの両手をそっと握った。
「あ、ありがとうございます」
「いえ。いたいけなレディのためですから」
「では、何かあったら連絡します。宿を教えていただけますか?」
ミイナは一瞬迷ったが、紳士的な態度を信用することにした。
「東区の、ホラーハウスと呼ばれている家です」
「まさかのホラーハウスとは……ますます興味が湧きますね」
トーレスは爽やかに微笑む。
「何かわかったら、すぐにお知らせします。それでは」
そう言って、ミイナの手の甲に軽く口づけ、
一礼して店の中へ戻っていった。
『気にいらねぇな』
何故か、モノは不機嫌だった。




