旅と魔物
ミイナたちは、焼け跡を後にした。
しかし――
コルソは、残ることになった。
「俺が逃げたことがわかれば、妻と娘がどうなるかわからない」
「そうですわね。私の術で、共に眠らされたことにしましょう」
フィリアが、にこやかに言う。
「お前たちは、お尋ね者になってしまうかもしれん。すまない」
コルソが、深く頭を下げた。
「気にしないでください。同じ獣人のよしみです」
ペルシャが、静かに言う。
「ええ。そうですわ!
愛のために戦う!
なんて素晴らしいのでしょう!
私、協力しますわよ!」
フィリアも、胸を張る。
『また、ペンタグラムで会おうぜ』
モノが言う。
「そうだね。またね、コルソさん。どうか、気をつけて」
ミイナも、小さく手を振った。
ふと、ミイナが立ち止まる。
「フィリアさん」
「はい。どうしました?」
「屋敷のみんなに、ありがとうって伝えてくれますか?」
フィリアは、くすりと笑う。
「ふふっ。もう、伝わってますよ」
「……そうですか。そうならいいな」
ミイナは、焼け跡の方へ向き直る。
「みんな、ありがとう。いってきます!」
そして――
今度こそ、ミイナは振り返らずに、先へ進むのだった。
*
王都ペンタグラムまでは、
さらに一か月ほどの旅路になる。
今度は、街道をひたすら南へ進む。
――はずだった。
だが、一行には問題があった。
魔物であるハイランドが同行していることだ。
街道は人の往来が多い。
いくら擬態していても、完全に誤魔化しきれる保証はない。
そのため、一行は旧道を選ばざるを得なかった。
旧道は、すでに使われなくなって久しい。
舗装は崩れ、草が伸び、所々で道そのものが消えかけている。
当然、進みは遅くなる。
結果として、
ペンタグラムまでは二か月の旅路となった。
ハイランドは、当初こう言った。
「わ、私が一人で旧道を行く。
お前たちは街道を使え」
だが、フィリアが即座に止めた。
「また暴走したら、誰が止めるのですか?」
その一言が、決定打だった。
ハイランドは少し黙り込み――
やがて、肩をすくめた。
「……し、仕方ないな」
こうして、ハイランドは一行と共に旧道を行くことになった。
ミイナは、この決断に不満はなかった。
むしろ、少し嬉しかった。
ハイランドと一緒にいられる時間が増えれば、
魔術の修行も、文字の勉強も、見てもらえる。
野営前の、ほんのわずかな時間。
ミイナは、毎日欠かさず修行と勉強に励んだ。
ペンタグラムへ向かう長い旅路は、
ミイナにとって――
少しずつ、自分を強くしていく時間でもあった。
もちろん、魔物の襲撃もあった。
旧道ということで、人通りも少ない。
旅人は格好の獲物なのだろう。
旧道でまず遭遇したのは、骸骨歩兵だった。
骸骨歩兵は名前の通り、兵士の亡骸が魔物になった姿で、生前と同じ戦闘力を誇る。
しかも、痛みと恐怖を感じることもなく、数も多い強敵のはずだった。
だが、フィリアがいた。
「えい」
フィリアが掛け声と共に手を振ると、骸骨は砂になって消え失せた。
旧道はアンデッドが多かった。
新道ができた時に捨てられたのだろうか、兵士だけでなく、民間人のアンデッドや、レイスなどにも遭遇した。
さらに、亡骸犬という犬の魔物は、連携して狩りを行い、噛まれたものを猛毒に犯す、強敵……のはずだった。
「行きますわよ。それっ」
アンデッド系の魔物は、みなフィリアの手によって霧散した。
「……フィリアさん。ほとんど無敵じゃないですか……」
ミイナが、恐る恐る言う。
「そんなことありませんわ。死霊やアンデッドに対してだけです」
フィリアが謙遜する。
『ミイナ、フィリアは生前はもっと凄まじかったんだぞ?
聖なる光、ホーリーライトの異名を持つぐらいだ……
めんどくさい性格がなければ完璧だったんだが……』
「あら、モノが褒めてくれるなんて珍しいですわね」
『褒めてない。性格を治してくれと言ってる』
「それはできませんわ。女性と恋は引き離せないものですのよ」
そんな会話がありつつも、
さらに旅は続く。
アンデッド以外の魔物も出た。
南に行くにつれ、椰子の木や、サボテンなどの植物が増えてくる。
すると、それに擬態する魔物まで増えるのだ。
厄介だったのは椰子の木悪魔。
ココナッツモンスターと呼ばれる小型の魔物だ。
名前の通り、椰子の実に擬態する小さな魔物で、椰子の木の下を通りかかったものに襲いかかる。
少しだけ、遭遇した時の話をしよう。
南へ進むにつれ、景色ははっきりと変わってきた。
背の高い椰子の木が点々と生え、足元には乾いた砂と赤土が混じる。
「なんか……暑くなってきたね」
ミイナは額の汗を拭う。
その時だった。
道の脇に、いくつかの椰子の実が転がっているのが目に入った。
「椰子の実だ。水、入ってるかな……」
旅が長くなるにつれ、水は貴重だ。
ミイナは無意識に、その一つへ手を伸ばした。
『待て』
モノの声が低く響く。
「え?」
次の瞬間――
ドンッ!
椰子の実が跳ね上がった。
「――え?」
殻が、割れる。
中から覗いたのは、白い果肉ではない。
黒い粘液状の身体。
そして、小さな牙がびっしり生えた口。
「な、なにこれ……!」
椰子の実は地面に落ちると、
カタカタと震えながら“脚”のようなものを生やした。
さらに。
ガサッ、ガサガサ――
周囲の木の根元から、次々と椰子の実が動き出す。
「……擬態型魔物ですわね」
ペルシャが剣を構える。
『ココナッツモンスターだ』
モノが唸る。
『噛まれるな。毒持ちだ』
「そんな……可愛い見た目して……」
ミイナの声が震える。
最初の一体が、跳んだ。
ビョンッ!
ミイナの足元へ――
「きゃっ!」
ハイランドが、ミイナを引き寄せる。
ガチン!
椰子の殻が、空振りで地面を噛んだ。
「ありがとう……!」
次の瞬間。
三体、同時に跳躍。
「ちっ!」
ペルシャが前へ出る。
ガンッ!
ガンッ!
鞘で弾き飛ばす。
だが、一体が死角から迫る。
『危ない!』
モノが飛びかかり、爪で叩き落とす。
バキッ!
殻にヒビが入る。
「中身が見えましたわ」
ハイランドが静かに手を上げる。
「ひ、火よ」
小さな火球が生まれ、飛ぶ。
ボッ!
ヒビの入った椰子が燃え上がる。
中から、黒い粘液が溶け落ちる。
「火が効く!」
ミイナが叫ぶ。
だが、数が多い。
四体。
五体。
木の上からも、落ちてくる。
「きりがありませんね」
ペルシャが舌打ちする。
ハイランドが前に出た。
「まとめて潰す」
地面を踏み鳴らす。
ズンッ!
衝撃波が走り、椰子の実が一斉に浮き上がる。
その瞬間。
ハイランドが両手を広げる。
「燃えなさい」
複数の火球が同時に放たれる。
ボボボッ!
宙で次々と爆ぜる椰子。
黒い粘液が焼かれ、地面に落ちる。
最後に残った一体が、モノに跳びかかる。
『遅い』
モノの爪が閃く。
バキン!
真っ二つ。
静寂。
焦げた匂いだけが残った。
「……こわ」
ミイナが呟く。
「もう椰子の実、信用できない……」
ペルシャが剣を納める。
「南方の魔物は、擬態が多い傾向があります」
フィリアはにっこり。
「旅人向けの罠ですわね」
ハイランドが椰子の木を睨む。
「これからは、木の下を歩くな」
「うん……」
ミイナは頷いた。
サボテンに擬態する魔物もいた。
そのまま仙人掌獣という。
見た目は大型のサボテンにしか見えない。
しかし、彼らも強敵だった。
旧道を進んでいると、道の脇に巨大なサボテンが何本も立っているのが見えた。
「南って感じがしてきましたね」
ミイナがそう言った、その時だった。
――ヒュンッ!
空気を裂く音。
「ミイナさん!」
ペルシャが叫ぶ。
地面に突き刺さったのは、ミイナの指ほどの太さの棘だった。
「え……?」
次の瞬間。
ズズズズ……。
先ほどまで“ただのサボテン”だったものが、ゆっくりと動き出す。
幹の中央が縦に裂け、
中から黒緑色の粘液と、棘だらけの口が現れた。
「……魔物ですわね」
フィリアが静かに言う。
さらに周囲のサボテンも次々と動き出す。
「囲まれてる……!」
『仙人掌獣だな』
モノが低く言った。
『擬態型だ。棘に麻痺毒がある。刺さるなよ』
ヒュン! ヒュン! ヒュン!
無数の棘が一斉に飛ぶ。
ペルシャが剣で弾く。
ガン! ガン! ガン!
ハイランドは前に出て、腕で受け止める。
棘が皮膚に刺さるが、構わず踏み込む。
「い、いきますよ!」
ハイランドの拳がサボテンに叩き込まれる。
ドンッ!
だが――
「……痛い」
繊維質の体が衝撃を吸収する。
さらに拳に棘が刺さって痛そうだ。
「斬っても、潰しても、効きづらいですわね」
フィリアが眉をひそめる。
その時。
クロスケが、ひょこっとミイナの前に出た。
「……クロスケさん?」
クロスケは、ゆっくりと首を傾げる。
『毒とか棘とかは効かないでござる。拙者に任せるでござるよ』
ターン、ターン。
案山子のクロスケはその場ではねると、脚に仕込んだ刀を抜刀した。
『なるほどな』
モノが言う。
『クロスケの得意分野だ』
ミイナの目が見開かれる。
「クロスケさん、お願い!」
クロスケは、こくりと頷いた。
次の瞬間。
パァン!
空気が破裂するような音が響く。
一体目の仙人掌獣は、真っ二つに切断されていた。
パァン!
次の破裂音。
二体目の仙人掌獣の胴体を貫く。
パァン! パァン! パァン!
「今です!」
ペルシャが叫ぶ。
「はああっ!」
白刃一閃。
今度は、確かな手応え。
ザシュッ!
真っ二つに裂けた仙人掌獣が、ぐずりと崩れ落ちる。
ハイランドが腕をかざす。
「も、燃えなさい」
ボッ――!
炎が走り、動きを止めた個体が一斉に燃え上がる。
数十秒後。
そこには、黒く焦げた残骸だけが残っていた。
「……クロスケさん、すごい」
ミイナが呟く。
クロスケは、案山子の胸を張る。
「なんの。フィリア殿には負けていられませんからな!」
ドヤァ、という音が聞こえてきそうだ。
「あらあら。私と張り合う気でしたのね。お可愛らしいこと」
フィリアが微笑む。
ミイナは、クロスケの棒の腕をぎゅっと掴んだ。
「ありがとう、クロスケさん」
クロスケは、こくりと頷いた。
南への旅は、まだ続く。
だが――
ミイナは、確かに感じていた。
仲間となら、どんな道でも進めると。
そんな旅を二ヶ月弱、一行は遂に首都ペンタグラムを眼前に捉えたのだった。
尚、道中でフィリアが二回ほど腐り落ちた件は割愛している。




