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案山子と門番

旧道の終点は、小高い丘だった。

丘の上に立ったミイナは、思わず足を止めた。

眼下に広がっていたのは、巨大な城壁に囲まれた街だった。

白い石で築かれた城壁は、北を頂点とした五角形を描き、

等間隔に五つの大門が口を開けている。

五つの辺のうち、南側と西南側の二辺は、青い海に面していた。

港には、大小さまざまな船がひしめき合うように並び、

木製の桟橋と石造りの岸壁が、幾重にも重なっているのが見える。

海風に乗って、潮の匂いが届いた。

魚を焼く匂い。

香辛料の刺激的な香り。

遠くで鳴る鐘の音。

「……大きい」

ミイナは、ぽつりと呟いた。

何もかもが大きかった。

城壁も、街並みも、そして海も。

ミイナは、初めて海を見たのだ。

街の中心には、ひときわ高い建物がそびえている。

白い石で造られた王宮。

五本の尖塔が空へ向かって伸び、

この街のすべてを見下ろしているかのようだった。

王宮の周囲には、整った街並みが広がっている。

明るい色の屋根。

まっすぐに伸びる石畳の道。

だが、城壁に近づくにつれ、建物は次第に雑多になっていく。

色あせた屋根。

無秩序に増築された家々。

細く入り組んだ路地。

同じ街の中に、はっきりとした“差”が見えた。

「ここが……王都ペンタグラム」

ミイナは、小さく息を吸う。

遠くで、海鳥の群れが港の上を旋回していた。

この街で、

ニイナの乳母を探す。

そして、ニイナの過去を追う。

そして――それぞれの目的を果たす。

ミイナは、胸の奥で静かに拳を握った。

「行こう」

仲間たちは、無言で頷いた。

五角形の街は、すぐそこにあった。



丘を下り、街へ続く道を歩き始めたところで、

ハイランドが足を止めた。

「……こ、ここから先は、無理です」

ミイナが振り返る。

「ハイランドさん……」

ハイランドは、遠くの城壁を見つめている。

その表情は、どこか硬い。

「ま、街の中には、人間が大勢います。

わ、私は……魔物だ」

その言葉は、静かだったが、重かった。

「ぎ、擬態していても、完全には誤魔化せない。

ち、近くで見られれば、気づかれる可能性が高い」

ペルシャが、静かに頷く。

「門には憲兵もいるでしょう。

正体が露見すれば、騒ぎになります」

フィリアが、腕を組む。

「……仕方ありませんわね。

ハイランドは、街の外で待機、という形になりますか」

ミイナの胸が、きゅっと締めつけられる。

「ひとりで、大丈夫?」

ハイランドは少しだけ目を逸らし、

それから小さく頷いた。

「こ、ここまで来られただけで、十分だ。

それに……外なら、問題は起きにくい」

モノが、鼻を鳴らす。

『後で合流する場所を決めておこう』

「うん……そうしよう」

次に、ペルシャがクロスケへ視線を向けた。

「もう一つ問題があります」

「クロスケ殿ですわね」

フィリアが言う。

案山子が街を歩いていれば、

どう考えても目立つ。

クロスケは、少し考えるように首を傾げると、

背負っていた荷から、大きな布の束を取り出した。

……というより、振り落とした。

バサリ。

広げられたのは、

頭から足先までをすっぽり覆える、

濃い茶色のローブだった。

フード付きで、

袖も長く、内部の形が分かりにくい作りになっている。

器用にもクロスケは、無言でそれを被る。

すぽっ。

完全にローブの中へ収まる。

ミイナは、思わず瞬きをした。

「……誰か分からない。……のかな?」

『怪しい奴には見えるけどな』

モノが、ぼそりと呟く。

クロスケは、ローブの中からくぐもった声を出す。

『問題なしでござる』

「ええ。これなら遠目には旅人ですわね」

フィリアが満足そうに頷く。

(そ、そうかな……?)

どう見ても怪しい。

しかし、ミイナは黙っていた。

自信満々のクロスケを置いていくのは、忍びない。

準備は整った。

ハイランドは、街道から少し外れた岩場の陰へ移動する。

「こ、ここで待っている」

『わかった。またあとでな』

ミイナは、ぎゅっと拳を握った。

「待っててね」

ハイランドは、小さく頷いた。

こうして一行は、

ハイランドを残し、

城壁へ向かって歩き出す。

近づくにつれ、

城壁はますます巨大に見えた。

白い石の表面には、長い年月の風化の跡。

ところどころに、補修の痕もある。

やがて、五つある大門のうち、

港へ通じる南門が見えてきた。

門の前には、長い列。

商人、旅人、荷車、護衛の兵。

門の両脇には、槍を持った衛兵が立ち、

入る者ひとりひとりを確認している。

「……いよいよだね」

ミイナは、小さく呟いた。

王都ペンタグラム。

初めて見る港町。

そして、初めて見る海。

高鳴る胸を感じながら、

ミイナは城門へ向かって歩きだしたのだった。



城門前の列は、思った以上に長かった。

商人が荷を開けられ、

旅人は尋問を受け、

兵士たちが無表情で確認していく。

順番が、少しずつ近づいてくる。

ミイナは、無意識にクロスケの方を見る。

ローブに包まれたその姿は、

確かに人型ではある。

だが――

動かない。

微動だにしない。

(……うん。やっぱり不自然だよね……)

やがて、目の前の旅人が通される。

「次」

門番の低い声。

ミイナの心臓が跳ねた。

一行が前に出る。

門番の視線が、

ミイナ、

ペルシャ、

フィリア、

そして――

クロスケで止まった。

「……おい」

門番は眉をひそめる。

「そいつ、何だ」

一瞬の沈黙。

次の瞬間だった。

「病人です。移りますよ?」

ペルシャが、即座に被せた。

門番が、思わず一歩引く。

「は?」

ペルシャは表情ひとつ変えない。

「流行病です。

発作が出ると、泡を吹いて倒れます」

フィリアが、ふわりと口元を押さえる。

「ええ。昨夜も大変でしたのよ。

血を吐きましたし」

ミイナは、(そんな設定あったの!?)と内心で叫んだ。

門番は、露骨に嫌そうな顔をする。

「……治療は?」

「港町の医者を探します」

ペルシャは淡々と答える。

クロスケは、その場で、

フラフラ、と小さく揺れた。

まるで、今にも倒れそうな雰囲気。

フィリアが、そっと指を動かす。

空気が、ほんのわずかに歪む。

見ている者の意識が、

「深く考えなくていい」

方向へ流される。

門番は、舌打ちした。

「……面倒くせぇな」

後ろに並ぶ商人が、苛立った声を出す。

「おい、まだかよ!」

門番は振り返る。

「チッ……さっさと行け」

ペルシャが即座に頷く。

「感謝します」

ミイナは、クロスケの袖を軽く引く。

一行は、足早に門をくぐった。

城門の内側に入った瞬間、

ミイナは、思わず息を吐いた。

「……通った……」

『病人って便利だな』

モノが、ぼそりと言う。

クロスケが、ローブの中で小さく親指を立てる。

『作戦成功でござる』

フィリアが、にっこり。

「ふふ。演技力もなかなかでしたわね」

ミイナは、心臓を押さえながら思った。

入るだけで、命が縮んだ気がした。

それでも。

ここからが、本当の始まりだ。

こうして一行は、

王都ペンタグラムに足を踏み入れたのだった。


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