表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/77

獣人と奴隷

コルソは答えない。

代わりに――さらに一歩、踏み込んだ。

ドンッ!

地面が低く鳴る。突進というより、体当たりだった。

ペルシャは咄嗟に剣を横に構える。

ガンッ!!

筋肉が金属にぶつかる鈍い音が夜に響く。

しかし、そのまま――

「……っ!」

ペルシャの身体が、数歩分、後ろへ押し出された。

剣で受けているにもかかわらず、衝撃が腕から肩へ、肩から全身へと突き抜ける。

(重い……!)

今までの敵とは、質が違う。

速さではない。技でもない。

純粋な“質量”と“膂力”。

コルソは無言のまま、拳を振るう。

振り下ろし。横殴り。突き。

一撃一撃が、壁のように重い。

ペルシャは弾き、いなし、避けるが――完全には捌ききれない。

バキッ!

肩口に、かすかに衝撃が走る。

「……っ」

浅い。だが、確かに効いた。

レイヴンが満足そうに鼻を鳴らす。

「いいぞ、コルソ」

「殺すなとは言っていない」

「潰せ」

ミイナの喉が、ひくりと鳴る。

(ペルシャさんが……押されてる……)

『モノ』

ミイナは無意識に呼んでいた。

モノは、すでに動いている。

『フィリア、援護しろ』

「ええ」

フィリアは静かに頷いた。両手を胸の前で組む。

「――静謐なる帳よ」

淡い紫色の光が、フィリアの足元から広がる。

空気が、わずかに重くなる。

コルソの動きが、ほんの一瞬、鈍った。

その隙を――ペルシャは見逃さなかった。

「はああっ!」

鞘のまま、剣を大きく振り抜く。

ドンッ!!

今度は、コルソの身体が後ろへ弾かれた。

一歩。

二歩。

だが――倒れない。

コルソは地面に爪を食い込ませ、踏みとどまる。

ギギ……と、嫌な音がする。

その顔に、表情はない。

怒りも、痛みも、憎しみも。

まるで――命令だけで動く人形のようだった。

ペルシャは、思わず歯を食いしばる。

「……あなた」

「自分が何をしているのか、分かっているのですか」

コルソは答えない。

だが――ほんの一瞬。

その暗い琥珀色の瞳が、揺れたように見えた。

ミイナは、それを見逃さなかった。

(……今、迷った……?)

その瞬間。

レイヴンが苛立ったように舌打ちする。

「ちっ……」

「コルソ」

「“二段階目”だ」

その言葉に――コルソの身体が、びくりと震えた。

ミイナの胸が、嫌な予感に締めつけられる。

(なに……?)

コルソは、ゆっくりと自分の首元に手をやる。

そして――革紐で下げられた、小さな金属の輪を握りしめた。

次の瞬間。

カチリ、と小さな音。

首輪が、赤く光った。

「……っ!?」

コルソの喉から、低い呻き声が漏れる。

筋肉が――膨張する。

血管が、浮き上がる。

骨格がさらに盛り上がり、まるで一回り大きくなったかのようだった。

レイヴンが愉快そうに笑う。

「呪いの首輪だ」

「命令も、痛みも、力も――」

「全部、制御できる」

ミイナの背筋が凍りつく。

(呪いで……縛ってる……)

ペルシャの目が、怒りに染まった。

「そんなもの……」

「人に使うものではありません!」

コルソは唸る。

もう、理性の光は見えない。

獣のような咆哮を上げ――再び突進した。

――戦いは、さらに苛烈になる。



レイヴンは、ほくそ笑んでいた。

敵は怪しい集団ではあるが、まともに戦えそうなのは、あの白い獣人の剣士だけだろう。

あとは、小娘と華奢な女、そして猫。

コルソは押している。

さすがは呪力で強化した獣人奴隷だ。

第三王子、サンディ様は間違っていなかった。

奴隷貿易を推進し、強力な獣人を戦闘奴隷として利用する。

この力があれば、王位継承争いも負けるはずがない。

現在は王位継承権こそ第三位と出遅れてはいるが、盃と蛇の指輪、そして解呪の一族を手中に収めれば、呪いの力をコントロールできる。

さらに、強力な獣人奴隷を量産することも可能だ。

レイヴンは、込み上げてくる笑みを心地よく感じていた。

――その時だった。

ひやりとした風が、頬を撫でた。

背筋がぞくりと粟立つ。

(……なんだ?)

違和感の正体は、すぐに分かった。

足だ。足首に、冷たい感触が絡みつく。

レイヴンは、ゆっくりと足元を見る。

手だった。

青白い手が地面から突き出し、足首を掴んでいる。

「な、なんだ!?」

「うわぁあ!」

「ば、化け物だ!」

背後の兵士たちも、悲鳴を上げる。

「あらあら、まあまあ」

華奢な女――フィリアが、穏やかに口を開いた。

「随分と、死霊に好かれたようですわね」

気づけば、レイヴンの全身を無数の青白い手が掴んでいた。

体は見えない。青白い腕と手だけが宙に浮かび、レイヴンの体を押さえつけている。

そして、その手はゆっくりと首へ伸びてくる。

「ぐっ……やめろ!!」

恐怖に引きつった顔で、レイヴンは叫ぶ。

「私の勝ちですわ」

フィリアは、にこりと微笑んだ。

「さようなら」

「ぐわあああああ!!」

断末魔。

レイヴンの意識は、そのまま闇へと沈んでいった。



「……え?」

ミイナは、思わず声を漏らした。

敵の兵士たち――そしてレイヴンが、急に恐慌状態に陥ったのだ。

その場で自分の体を掻き抱くように苦しみ始め、やがて次々と地面に崩れ落ちていく。

そして、そのまま意識を失った。

「な、なんで……?」

「ふふ。いい夢を見ているのではなくて」

フィリアが、悪戯っぽく笑う。

「フィリアさん……何をしたんですか?」

「ここの住人の方々に、少し力を借りたのですわ」

フィリアは、胸の前で指を組む。

「彼らに――『いい夢を見せてあげてください』って」

ミイナは、心に誓った。

――フィリアには、絶対に逆らわないでおこう。

コルソは命令を失ったからか、その場で呆然と立ち尽くしている。

その隙を、ペルシャは逃さなかった。

剣を抜刀し――一閃。

コルソの首輪が切断され、宙を舞い、ぽとりと地面に落ちる。

コルソの目に、ゆっくりと理性の光が戻っていった。

「う……お、俺はいったい……」

「正気に戻りましたか」

ペルシャが静かに問う。

「お、お前は……すまない。怪我はないか?」

「はい。大したことはありません」

「レイヴンはどうした……俺は、あいつに逆らえないんだ」

「あなたの上司なら、寝ていますよ」

ペルシャは淡々と答える。

「大変、いい夢を見ているようです」

「……倒したのか」

コルソは目を見開いた。

「大した連中だ……」

「どうして、こうなったのか。聞かせてもらえますか?」

ペルシャが言う。

「ああ……俺は、獣大陸の出身だ」

「私もです」

ペルシャが短く付け加える。

「それなら話が早いな」

コルソは、少しだけ視線を落とした。

「数年前まで、俺たち家族は酒用の葡萄を作る農村で暮らしていた」

「だが……村が奴隷狩りに襲われてな」

「奴隷狩り……」

ペルシャの目の奥に、怒りの色が灯る。

ミイナは、それをはっきりと見た。

「ああ。俺も戦った」

「だが、妻と娘を人質に取られてしまってな……」

「そうだったのですか」

『……許せないな』

黙って聞いていたモノが、低く唸る。

「奥さんと娘さんは、どうなったのですか?」

ミイナが、恐る恐る尋ねた。

コルソは、歯を食いしばる。

「……生きている」

「少なくとも、そう言われている」

「俺が従えば、殺さないと」

「逃げれば、見せしめに殺すと……そう言われた」

拳が、ぎゅっと握られる。

「俺は……選べなかった」

「選ばされたんだ」

ペルシャは、静かに目を閉じた。

「首輪は呪具ですね」

「装着者の意思を縛り、命令に逆らえば激痛を与える」

「さらに……」

コルソは、ゆっくりと頷く。

「呪力を流し込まれる」

「身体能力が、無理やり引き上げられる」

「代わりに……感情が削れていく」

「怒りも、悲しみも、迷いも……」

「少しずつ、薄くなる」

ミイナは、ぞっとした。

「……兵器にするため?」

「ああ」

コルソは、自嘲気味に笑う。

「第三王子の配下には、俺みたいなのが何人もいる」

「獣人だけじゃない」

「人間も、だ」

『……胸糞悪い話だな』

モノが吐き捨てる。

「レイヴンは、その中でも“成功例”を集めていた」

「強い獣人だけを選んで、部隊を作っている」

ペルシャの目が細くなる。

「つまり……」

「第三王子は、軍とは別の“私兵”を持っている、ということですね」

「そうだ」

コルソは、はっきりと答えた。

「表向きは王命を受けた部隊」

「実際は……王子のための軍隊だ」

重い沈黙が落ちる。

ミイナは、胸の奥がひりつくのを感じていた。

(そんな人が……王様になろうとしてる……?)

フィリアが、ふわりと首を傾げた。

「その王子様は……呪いに、とてもご執心のようですわね」

「……なぜだ?」

モノが問う。

コルソは、少しだけ躊躇ったあと、口を開く。

「王が……呪われているらしい」

一同が息を呑む。

「身体が、少しずつ石になっているという噂だ」

「第三王子だけが、それを知っている」

「だから……」

コルソは、ミイナを見る。

「呪いを操れる力を探している」

「解呪の一族と、呪具を」

ミイナの胸が、どくりと鳴った。

『……繋がってきたな』

モノが低く言う。

「俺は……もう戦いたくない」

コルソは、深く頭を下げた。

「できるなら……妻と娘を助けたい」

「力を貸してくれないか」

ミイナは、答えるより先に動いていた。

コルソの前に立ち、はっきりと言う。

「助けよう」

ペルシャも頷く。

「当然です」

フィリアは、にこりと微笑んだ。

「素敵ですわね。悪夢の連鎖を、ここで断ち切りましょう」

モノは静かに言った。

『決まりだな』

こうして――ミイナたちは、知らぬ間に王国の闇のど真ん中へと足を踏み入れていくことになるのだった。



「ええ。ありがとう」

フィリアが、ミイナには見えない何者かと話している。

「この下ですわ」

フィリアは、焼け落ちて床に倒れている煉瓦造りの壁を指差した。

コルソがその壁をどかすと、地下へ続く入り口が現れた。

「あ、すごい。フィリアさん、どうして?」

「ここのゴーストたちが教えてくれましたの。

みなさん、とても優しい方でしたわ。ミイナさんのことも、覚えてらしてよ」

あの日――ミイナは逃げ出した。

だが、みんなはここで死んでしまったのだ。

ここの主人はともかく、従業員のみんなはミイナに優しかった。

奴隷だからと見下すこともなく、仕事も時に優しく、時に厳しく教えてくれた。

ミイナは目頭が熱くなるのを感じた。

一行は、地下室へ続く階段を降りていく。

大きな屋敷ということもあり、地下室はそれなりの広さがあった。

壁は黒く煤けているが、崩れてはいない。

中央には、ぽつんと机。

その上に燭台が乗っている。

そして、奥の壁一面に――本棚が並んでいた。

埃を被りながらも、崩れずに残っている。

「……残ってる」

ミイナは呟くと、本棚に駆け寄った。

ミイナはハイランドから簡単な文字を教わっていた。

読める文字を、ひとつずつ追っていく。

「かくこくこうえきひん」

「こうしんりょうとりひききろく」

「ほうせき・こうせきのとうきゅうとそうば」

「どれいしじょうかかくすいいひょう」

……ちがう。

この棚ではない。

ミイナは次の本棚へ移る。

「たいりくぜんちず」

「さばくちたいのみずばいちらん」

「こだいごにゅうもん」

「じゅうじんごきそ」

その中に――背表紙に何も書かれていない、赤い装丁の本が無造作に置かれていた。

ミイナは、その本を手に取る。

開いた瞬間、胸がきゅっと締めつけられた。

懐かしい。

「……ミイナの字だ」

それは、確かに見たことのある筆跡だった。

当時は読めなかった、ニイナの文字。

その字が、静かにミイナを待っていたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ