猫と集会所
『大親分。久しぶりに帰ってきたんだ。集会所に顔を出していってください』
キッドが尻尾をピンと立てながら、モノに言う。
『そうだな。久しぶりに顔を出していくか』
モノも、乗り気になったようだ。
『やったぜ。みんな会いたがってましたぜ。もちろん、お嬢さん方もどうぞ』
そう言うと、キッドとエルマタはスタスタと街の障害物をものともせず先へ進んでいく。
『こっちだ』
モノも、その後を平然と進んでいった。
やはり、久しぶりの再会はモノにとっても嬉しいのだろう。
尻尾が、ぴんと立っている。
狭い路地を数分歩くと、広間に出た。
屋根の上、木箱の上、積み上げられた袋の上、床の上。
様々な場所に、猫たちがひしめき合っている。
『野郎ども! 大親分のお帰りだ!』
キッドが大声で叫ぶと、猫たちは一斉にこちらを向いた。
『大親分! お帰りなさい!』
緑の毛の猫、リーニョが喜びを爆発させる。
『お久しぶりでございやすね』
青い毛並みの猫、エモンが続く。
『元気そうで何よりである』
オレンジ色の小柄な猫、ワンも嬉しそうだ。
ミイナは、モノが皆から慕われていることが嬉しかった。
『お嬢も元気そうだな』
深緑色の毛並みをした巨体の猫、メドがミイナに声をかける。
「うん! 元気だよ。みんなも変わりない?」
『もちろん』
エルマタが、ぴょんとミイナの肩に飛び乗る。
『お嬢。あっし達を舐めてもらっちゃ困りますぜ。この街の平和は、あっし達が守ってると言っても過言じゃありやせん』
エモンが胸を張る。
「うん。そうだよね。猫さん達、すごかったもんね」
ミイナは嬉しかった。
猫達が元気なのはもちろんだが、この凄い猫達がモノをリーダーとして認めていることが、とても誇らしく思えた。
その時――
『おい! 待てよ! なんで人間と仲良くしてる!』
大音量と共に、真紅の毛を持つ猫が牙を剥き出しにしていた。
『……ニコフ』
モノが、低く名前を呼ぶ。
ミイナは思い出した。
かつて、猫なのに“狂犬”と呼ばれていた猫だ。
『やめろ。ニコフ。お嬢は他の人間とは違う』
キッドが諭すように言う。
『関係あるか! 人間は人間だ!』
『大親分の前だ。おとなしくできないのか?』
メドも嗜める。
ミイナは、申し訳ない気持ちになっていた。
猫達の集会にお邪魔しているのは、自分たちの方なのだ。
「ごめんね。ニコフさん。気に入らなかったら、すぐ帰るから」
『人間が俺に話しかけるんじゃねえ!!』
次の瞬間――
ニコフが牙を剥き出しにし、ミイナの顔へ飛びかかった。
『ニコフ!』
誰かの叫び声。
バキッ!
鈍い衝撃音が響いた。
モノが空中でニコフを迎撃し、弾き飛ばしたのだ。
ニコフは、数メートル先の壁に叩きつけられる。
『馬鹿野郎。ここのボスが誰だか、忘れたようだな』
『俺の仲間に、手を出すな』
『……ふざけるな! 下剋上してやるよ!』
『上等だ! かかって来い!』
二匹は取っ組み合いの喧嘩を始めた。
「やめて! モノ! ニコフさん!」
「……ペルシャさん、モノを止めて!」
「んー、いいんじゃないですか。たまには」
ペルシャは冷静だ。
「ボスが力を見せつけるのは、必要な工程ですよ」
「そうですわ! 男同士の友情! 喧嘩! そして芽生える恋!」
「素晴らしいですわ!」
フィリアは相変わらず訳の分からないことを言っている。
『おうおう! やれやれ!』
『大親分! やっちまえ!』
『ニコフの親分! 負けるな!』
猫達の声援が飛ぶ。
「……まぁ、楽しそうだからいいか」
ミイナは呆れながらも、そう呟いたのだった。
*
数分後。
決着はついた。
モノは肩で息をし、
ニコフは仰向けに伸びている。
『……思い知ったか。このやろう……』
モノは勝ち名乗りを上げるが、声に力はない。
モノの戦い方は、今まで強敵たちと戦ってきた時のような華麗なものではなかった。
爪と牙、体当たりと噛みつき。
単純で、泥臭い――
本物の猫同士の喧嘩そのものだった。
「いい勝負でしたね」
ペルシャが腕を組み、感心したように頷く。
「全くですわ!
ここから『お前もなかなかやるじゃないか』的な展開ですのね!」
フィリアはすでに自分の世界に入り込んでいる。
ミイナはニコフの方へ駆け寄った。
「ニコフさん。手当するね」
先ほど買った布を割き、水で濡らす。
ミイナはニコフの生傷を、丁寧に洗っていった。
『に、人間が俺に優しくするんじゃねえ……』
ニコフはそう言うが、抵抗はしない。
ミイナは構わず治療を続ける。
やがて、布を包帯代わりに巻かれ、
ニコフはぐるぐる巻きの状態で横たわっていた。
『うぅ……人間に優しくされた……』
『うぅう……』
複雑なのか、ニコフは小さく身悶えしている。
「な、なんかごめんね。ニコフさん」
『……ミイナ。俺の手当が先じゃないのか』
モノが自分の前脚を舐めながら言う。
「モノは強いから大丈夫でしょ」
ミイナはそう言ってから、手招きした。
「ほら。モノも手当してあげるから、こっち来て」
『……ん』
モノは素直にミイナへ擦り寄り、おとなしく座る。
『お嬢。なかなか、やりやすね』
エモンが感心したように言う。
『大親分と狂犬ニコフを、同時に手なづけるとは』
『大親分も、隅に置けないのである』
ワンも頷く。
「そ、そんなことないよ!」
話が妙な方向へ飛びそうになり、
ミイナは慌てて両手を振った。
「そうニャ! 婚約者は私ニャ!」
ペルシャも割り込んでくる。
「まあ! 三角関係ってやつですのね!」
「私、頬が熱くなってきましたわ!」
フィリアがさらに暴走する。
あっという間に場は混沌とした。
「……もう、いいや」
ミイナは半ば諦めたように呟き、
黙って手当てに専念するのだった。
*
『ところで、最近変わったことはないか?』
落ち着いたところで、モノが親分猫たちに尋ねた。
キッドは顎に前脚を当て、少し考えるような仕草をする。
『変わったこと、か……』
『そういや、ここ最近、人間の出入りが妙に増えてやすね』
エモンが口を挟む。
『商人だけじゃねえ。武装した連中もちらほら見かける』
『傭兵っぽいのもいたのである』
ワンが頷く。
ミイナは思わずモノを見る。
『目的は分かるか?』
モノが続けて聞く。
キッドは尻尾をゆっくりと揺らした。
『噂話程度だがな』
『街の外れに、昔焼け落ちた屋敷があるだろ』
ミイナの胸が、きゅっと鳴った。
「……うん。ある」
キッドはミイナを見る。
『最近、その屋敷の近くをうろつく人間がいる。見慣れない奴らだ』
『どうやら、屋敷で何かを探してるみたいなんだよねぇ』
エルマタが尻尾をぴしりと打ちつける。
『匂いもおかしい』
『人間の匂いと、そうじゃねえ匂いが混ざってる』
フィリアが、はっとしたように口元へ手を当てる。
「……死霊の気配、ということでしょうか」
『詳しくは分からねえ。だが、ペルシャ姐さんに近い気がするぜ』
キッドは正直に言う。
「私ですか…?」
ペルシャが不思議そうに言う。
『ああ。だが、あそこには近づくなって、子分には言ってある』
『大親分なら……どうする?』
モノは少しだけ目を伏せた。
『行く』
即答だった。
ミイナも、静かに頷く。
「私も……行く」
ペルシャが肩をすくめる。
「まあ、行くと思っていました」
フィリアはにこりと微笑む。
「運命というものは、逃がしてくれませんわね」
キッドはニヤリと牙を見せた。
『やっぱりな』
『なら、俺たちも協力するぜ』
『屋敷の周りは、見張らせとく』
『何か動きがあったら知らせる』
モノはキッドを見る。
『助かる』
短い言葉だったが、確かな信頼が込められていた。
ミイナは、胸の奥で小さく息を吸う。
――昔焼け落ちた屋敷。
――ニイナの日記が眠る場所。
偶然ではない。
ミイナは、はっきりとそう感じていた。
「……行こう、モノ」
『ああ』
こうして一行は、
次なる目的地――
焼け落ちた屋敷の地下室へ向かうことになる。




