砂嵐と砂漠喰
今回のパーティは、大所帯だった。
まず、馬駱駝にはミイナとペルシャが乗っている。
そしてミイナの服のフードの中には、黒猫のモノが身を潜めていた。
馬駱駝の腰の荷には、案山子のクロスケが結えつけられている。
そして――
ハイランドは徒歩だった。
灰緑色の巨体は一見すると鈍重そうに見えるが、歩幅が大きいためか、その歩様は意外なほど速い。
馬駱駝と並んで進んでも、遅れを取ることはなかった。
一行の旅は、順調に思われた。
魔物の襲撃は、今回もあった。
手始めは血啜獣、チュパカブラだ。
乾燥地帯に主に生息し、砂漠に生息するものは特に“サンドチュパカブラ”と呼ばれているらしい。
血啜獣は日中は砂に潜み、夜になると砂から這い出て、血液という水分を求めて襲いかかってくる。
大きさは人間の子供と同じぐらいで、ミイナよりも小さい。
しかし、数十匹にもなる群れから一斉に襲いかかって来られると、対処に困る魔物であった。
苦戦が必至と思われたが、そうはならなかった。
クロスケは案山子の脚を改造して、仕込み刀にしていた。
刀身は、かつての愛刀“八咫斬り”である。
案山子であるが故に血を吸われようがないクロスケを筆頭に、サンドチュパカブラは一掃された。
なお、倒した魔物は皆、ハイランドの胃袋に収まることになった。
ハイランド曰く、骨が多いが、まあまあいける。
レバーみたいな味がする、とのことだった。
次に遭遇したのが、“雷電蠍”と呼ばれる魔物だ。
見た目は蠍に近い。
しかし、生態は別物と言っていい。
まず、大きさは平屋の建物ぐらいはあるだろう。
そして、名前の通り電撃を放つ。
身体全体で帯電し、本来なら毒針を持つ尻尾から、様々な電撃の攻撃を放ってくる強敵だ。
だが、空腹のハイランドの相手にはならなかった。
ハイランドは電撃に構わず直進し、巨大な拳を雷電蠍の頭に叩きつけた。
そして、またもや魔物はハイランドの胃袋に収まった。
ハイランド曰く、普通に美味であり、海老みたいな味がするとのことだ。
順調な旅路を続け、目的地の目前。
九日目の朝、一行はそれと遭遇することになった。
*
九日目の朝。
丘へ向かって、あと半日という、その時だった。
――ズズ……。
足元の砂が、わずかに揺れた。
「……止まってください!」
ペルシャが即座に馬駱駝を制する。
ハイランドも、ほぼ同時に足を止めた。
その表情は、今まで相手にしてきた魔物とは、明らかに違っていた。
「……ち、地下です」
次の瞬間――
ズガァァンッ!!
大地が爆ぜた。
砂柱が天に向かって噴き上がり、その中心から“それ”が姿を現す。
巨大な、円筒状の肉体。
八目鰻を思わせる口腔が開き、何重にも並ぶ牙の奥で、湿った咆哮が轟いた。
砂漠喰――
サンドウォーム。
とてつもない巨体だった。
雷電蠍など、一口で丸呑みにしてしまうだろう。
初撃を急停止でかわした馬駱駝だったが、噴き上がる砂の衝撃で横転する。
ミイナたちは、転がり落ちるようにして地面へ叩きつけられた。
「……っ」
口の中に入り込んだ砂を吐き出しながら、ミイナは体勢を立て直す。
それは、聳え立つ塔のような胴体だった。
その“塔”が首をもたげ、こちらを見下ろしている。
ミイナは必死に集中し、砂漠喰の思考を読もうとした。
《……潰……食……》
読めた。
だが、断片的で、意味を成さない。
『……流石にデカすぎるでござるよ』
『闘うのは無理だ。逃げることを考えるべきだ……』
モノの言葉に、ミイナは馬駱駝を見る。
馬駱駝はまだ起き上がれず、荷を背負ったまま砂の上で必死にもがいていた。
その時――
砂漠喰が、動いた。
巨大な口と牙が、馬駱駝へと迫る。
「まずいニャ! 馬駱駝がいなければ帰れなくなる!」
ペルシャが思わず叫ぶ。
ミイナとペルシャは必死に馬駱駝を押し、起こそうとする。
《うわぁぁぁぁぁぁぁ!》
馬駱駝の心の悲鳴が、ミイナの脳裏に直接響いた。
間一髪――
馬駱駝は起き上がった。
だが、そのまま明後日の方向へと逃走してしまう。
刹那。
馬駱駝のいた場所に、砂漠喰の頭部が突き刺さった。
凄まじい衝撃。
ミイナとペルシャは、砂と共に吹き飛ばされる。
「馬駱駝が……」
『それよりも、生き残ることを優先しろ!』
愕然とするミイナを、モノが一喝した。
――ズズン。
再び、大地が鳴る。
『危ない!』
瞬間、ミイナはモノに突き飛ばされていた。
――ズガァァァアン!
地面が盛り上がり、砂漠喰が砂ごと周囲一帯を飲み込んだ。
モノと一緒に。
『モノ‼︎』
ミイナの喉から、悲鳴に近い声が漏れた。
「……い、行きます」
ハイランドの声。
右腕いっぱいに刻まれた刻印が、橙色に光り輝く。
《三重増幅円炸裂魔術陣》
物理と魔法が重なった拳が、砂漠喰の眼球の一つを正面から穿った。
バァァン!
衝撃音が、空気を裂く。
砂漠喰はたまらず、砂と――黒猫を吐き出した。
『口の中まで巨大で助かった。牙に当たらなかった……』
息も絶え絶えに、モノが起き上がる。
「……こ、これ以上は無理です」
「た、大変……怒っているようです」
ハイランドは、煙を上げる右手を庇いながら言った。
だが、砂漠喰はすぐには襲ってこなかった。
――吸っている。
空気を。
いや、大気そのものを。
その瞬間、ミイナの脳裏に、ニコラス・ワイトマンの手記が浮かぶ。
――“砂漠喰は、砂嵐を呼ぶ”
『マズい!』
モノの叫びと同時に、砂漠喰が大気と共に砂を吐き出した。
凄まじい風圧が、砂と共に周囲一帯を飲み込む。
ミイナは何かにしがみつこうと必死にもがく。
だが、掴めるものは何もなかった。
やがて、身体が浮き上がる感覚。
(……吹き飛ばされる)
そう思った瞬間――
ミイナの意識は、暗闇に包まれたのだった。




