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切なさと最後の一撃

ヘカトキリオスは再生しなかった。


雷で撃たれて身体中から煙を上げている。


だが、倒れなかった。


赤黒い眼はまだ戦意を失っていない。


《流石に、しぶとすぎるだろ》


モノの声が言う。


《ですが、もうひと推しですわ!ファイト!ミイナさん!》


どうして、フィリアはいつもこんなに軽いのだろう。


いや、この明るさに何度も救われたなとミイナは思った。


ヘカトキリオスの身体が翠から黄金色へと変化する。


《また、強化でござるか…》


《いいえ。最後の足掻きです。再生の分のエステラを強化に回したにすぎません》


ハイランドが冷静に分析する。


《硬そうでござるな》


《大丈夫だ!ミイナ!刀を拾え!八咫斬りだ!クロスケの死体のそばにあるだろ!》


《死体とか言うなでござるよ……相変わらずデリカシーってもんが……》


モノの発言にクロスケが呆れて言う。


そうだった。


クロスケはいつも戦士として最前線に立ち続けた。


それなのに接しやすく、どこか愛嬌のある発言はミイナの支えに間違いなくなっていた。


「はい!」


ミイナは横に飛んだ。


クロスケの亡骸の元へ。


そして、転がっていた刀を手に取った。


その瞬間、ヘカトキリオスが飛んだ。


速い。


引き延ばされた時間の中でも信じられないほどの速度だった。


回避も防御も間に合わない。


そう思った瞬間、ミイナの肩の刻印が光った。


盾の魔術陣が瞬く間に展開し、ヘカトキリオスを弾いた。


《想定内です》


ハイランドが冷静な声で言う。


ハイランドの知識や、冷静さにはいつも驚かされた。


常に先を読んでいて、ミイナはハイランドのことをとても頼もしく思っていた。


《構えるでござる。八咫斬りとミイナ殿の技ならば、必ず倒せるでござる》


《まだだ!奴の目を睨みつけろ!》


視線がぶつかる。


ヘカトキリオスの赤黒い両目が黄金色に輝く。


ミイナを衝撃が襲う。


しかし、吹き飛ばされることはない。


視線が視線を、殺戮眼を殺戮眼が相殺しているのだ。


バチッ!バチッ!バチッ!


音を立てて火花が飛ぶ。


《目を逸らすな!お前なら大丈夫だ!構えろ!》


ミイナは八咫斬りを腰に当て、抜刀術の構えを取る。


いつもと同じ、何回も何回も繰り返した動作だった。


そしてミイナは飛んだ。


力の限り。


ヘカトキリオスに真っ直ぐに、一直線に向かっていく。


しかし、ヘカトキリオスも反応した。


《五十重増幅円六連獄炎竜術式》


赤黒い火焔で構築された六匹の竜がミイナに襲いかかる。


ミイナは引くつもりはなかった。


斬れる。


とそう思った。


ミイナは迫り来る竜の首を飛びながら落とした。


一匹、二匹、三匹、四匹…


四つの竜の首を落とし、さらに二体は勇者の眼で方向をいなした。


「決まって!!!!」


《いけ!ミイナ!!!!》


モノとミイナの声が重なる。


ピタリ。


瞬間。全ての時が止まった気がした。


ミイナは空中で静止していた。


ヘカトキリオスの第三の眼が満月の様な黄金色に爛爛と輝いている。


「油断したな!小娘!私の勝ちだ!!」


ヘカトキリオスが勝利を確信した台詞を吐くのがはっきりと聞こえた。


その瞬間だった。


ヒュン!


ズドン!


ヘカトキリオスの第三の眼が刀で貫かれた。


ペルシャのクセルクセスだ。


王刀の能力により、空間を捻じ曲げ、ヘカトキリオスの殺戮眼を潰したのだ。


「……一つ貸しニャ。泥棒猫……」


ペルシャはそう言って微笑んだ。


「いっけええええええ!!!!」


ミイナは八咫斬りを振り抜いた。


ヘカトキリオスの頸に刀身が食い込む。


そして、切断した。


「馬鹿な!!!!」


ヘカトキリオスの三つの眼が驚愕に見開かれる。


ゴロンと音を立てて首が地面に転がる。


ミイナは着地と共に振り返る。


そこには、首を無くしたヘカトキリオスの身体が崩壊していく様子がまざまざと広がっていた。


「おのれ!小娘!!!!」


ヘカトキリオスが首だけで叫ぶ。


「この私が死ぬのか?あの、勇者オゼロまで殺したこの私が!!この、魔王ヘカトキリオスが!邪神様!どうか!どうか!力を」


ミイナは八咫斬りを手にゆっくりと歩み寄る。


「あなたはもう、黙って」


ミイナはヘカトキリオスの頭に最後の一撃を振り下ろした。


魔王城に静寂が戻った。


こうして、魔王ヘカトキリオスは、元奴隷の少女によって完全に討伐されたのだった。





「……勝った?」

ミイナはその場にへたり込み、小さく呟いた。

《ああ! やったな!! 遂に! 遂に勝った!》

モノの声が、いつもの調子ではしゃいでいる。

《ようやくでござる。ご苦労さまでござったな》

クロスケの声が、静かに労ってくれる。

《ええ。貴女はもう一人前です。魔王を討伐したのですから》

ハイランドの声は、どこか誇らしげだった。

《ふふっ。必ず勝てると信じておりましたわ!》

フィリアの明るい声が届く。

「やりましたね。ミイナ」

ペルシャが剣を杖代わりにしながら、ゆっくりと歩み寄ってくる。

「何がどうなってるニャ? どうやって魔王を?」

「うん。みんなが力を貸してくれたの」

ミイナは組紐をペルシャに差し出した。

「……そうですか。みんなが……」

ペルシャは静かに目を伏せる。

「落ち込まないで! ペルシャさん! 私、みんなと喋れるの! だから、これからも一緒に……」

《ミイナさん。それは出来ないのですわ》

フィリアの声だった。

「え……?」

《もう、時間がありませんの。そろそろお別れですわ》

「そんな……!! 嫌だよ!!」

ミイナは叫んだ。

《我儘言わないでください。あなたはもう、一人でも大丈夫です》

ハイランドの声が、はっきりと響く。

《そうでござる。最後まで、自慢の弟子でござったよ》

クロスケの声は、どこか優しく――少しだけ寂しそうだった。

「そんな!! ダメ!! 行かないで!!」

ミイナは首を振る。

《あらあら。困った子ですわね。でも――大丈夫ですわよ。だって……》

フィリアは、いつものように優しく諭す。

ミイナは、イヤイヤと首を振り続けた。

――ニイナの時も、こうだった。

ふと、そんな記憶がよぎる。

《ミイナ、ペルシャ。ありがとう》

モノの声だった。

《元気でな》

ミイナの目には、四人が並んで手を振っているように見えた。

《もう、奴隷少女じゃない》

一拍、間があった。

《お前は――自由だ》

ポン、と。

頭に手が置かれた感触がした。

温かくて、少しだけ乱暴な、いつもの手だった。

「……やだ……」

ミイナの声は、かすれていた。

《泣くなよ》

モノの声が、少しだけ柔らかくなる。

《俺がいなくても――ちゃんと歩けるだろ?》

風が、静かに吹き抜けた。

《じゃあな》

その瞬間。

すべての気配が、消えた。

音も、温もりも、声も――何も残らない。

完全な静寂。

ミイナは、その場に立ち尽くしたまま動けなかった。

手の中の組紐を、強く握りしめる。

涙が、ぽたりと落ちた。

それでも――

ミイナは、ゆっくりと顔を上げた。

「……うん」

誰もいない空間に向かって、頷く。

こうしてミイナは、四人の最高の仲間たちと別れた。

そして――

再び、歩き出した。



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