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ミイナとみんな

ヘカトキリオスの魔手が、ミイナの眼前に迫っていた。

酷く――ゆっくりに感じる。

確実に、死が迫っている。

それなのに。

ミイナの心には、何の感情も湧かなかった。

《なにボーッとしてんだよ》

(え?)

《そうでござる。もう諦めたでござるか?》

(……何? 何が起きてるの?)

《説明している暇はありません。まずは避けなさい》

《そうですわ。私たちが、貴女を一人にすると思いまして?》

(何……? みんなの声が、聞こえてる……?)

《いいから避けろってんだよ!》

(う、うん)

信じられないほどゆっくりと迫る手刀を、ミイナは首を捻って躱した。

《いいぞ! 次は、あのクソ魔王に“吹き飛べ”って思いながら睨みつけてやれ!》

(え? うん)

手刀を躱され、驚愕の表情を浮かべるヘカトキリオスを、ミイナは見据える。

――吹き飛べ。

ボヒュン!

ヘカトキリオスの身体が、後方へ弾かれるように吹き飛び、瓦礫の下敷きになった。

「な、何が起きて……ゲホッ……ゲホッ……」

ペルシャも、困惑の声を漏らす。

(みんな……? どこにいるの? 生きてるの?)

《いや、死んだでござるよ》

《ええ。残念ながら、本当の死体になってしまいましたの》

クロスケとフィリアの声は、どこか軽い。

《今こうして話せているのは奇跡です。ミイナさん。貴女は、動物や魔物だけでなく――死者とも話せるのですね》

ハイランドは、死んだ後も変わらず冷静だった。

(あ……)

ミイナの脳裏に、過去の記憶が蘇る。

――死んでしまったニイナと、言葉を交わした日のこと。

《ですが、それだけではありませんわ。最後の最後に、仕掛けを施しておりましたのよ! 私、ファインプレーです!》

フィリアの声は、どこか楽しげだった。

死んでいるのに相変わらずだと、ミイナはほんの少し可笑しくなる。

《それと、私もです。ミイナさんの肩に刻印を施したのも、ファインプレーでしょう》

ハイランドの声は冷静だが、どこか誇らしげだった。

《単的に説明しろよ。お前ら》

モノの呆れた声が、脳裏に響く。

《まあまあ。仕方ありませんわね。種明かしいたしましょうか》

《早くするでござる。魔王が立ち上がるでござるよ》

クロスケの言葉通り、ヘカトキリオスは体勢を立て直し、ミイナへと迫っていた。

だが――

ゆっくりと、だ。

地面を抉るほどの踏み込みで向かってきているのに、ミイナには酷く緩慢に見える。

(これは、どういうこと……?)

《まずは備えるでござるよ。最初に拙者が教えたこと、覚えているでござるか?》

(うん。重心を落として構える。そして、相手の動きを読んで刀を置く)

ミイナは立ち上がる。

ヘカトキリオスの手刀に合わせて、剣を“置いた”。

ズシャッ!

ヘカトキリオスの腕が、宙に舞う。

慌てて飛び退く。

「こぉむぅすううめぇぇ……なぁあにぃいを……」

声すら、引き延ばされたように聞こえる。

《時間が引き延ばされてるんだ。死者の方が、時が経つのが早いらしいな。ほれ、続き!》

モノに促され、フィリアが続ける。

《貴女を勇者にしましたの》

《端折りすぎだ! おまえ!》

モノのツッコミが飛ぶ。

(え? 勇者? え?)

《正確に言うとですね。モノが死んだ瞬間に、勇者の力を刻印を持つ者に移植するよう仕組んだのです》

ハイランドの解説は明快だった。

(そんなこと、できるの……?)

《できてるじゃねえか。ほれ、来るぞ。もう一度吹き飛ばせ》

ヘカトキリオスが、六本の腕を掲げる。

炎でできた竜が、ミイナに襲いかかる。

(あっちにいって!)

念じる。

次の瞬間、竜は軌道を変え、ヘカトキリオスへ直撃した。

《俺の最初の頃より使いこなせてるな。水に映った自分を見てみろよ》

ミイナは、水たまりに視線を落とす。

そこに映ったのは、自分の顔。

右は緑。

だが――左眼だけが、満月のような黄金に輝いていた。

(勇者の眼……)

《それだけではないでござるよ》

《私たちの力も、すべて託しています》

《みんなで組紐を買いましたでしょ? あれが引き金になりますわ。ミイナさんの組紐を握りしめて、エステラを流してくださいまし》

ミイナは、腰のベルトに結わえた組紐を握りしめる。

その瞬間――

赤、黄色、紫、黒の組紐が、眼前に現れた。

静かに、それを握る。

《言ったでしょう? 何があっても、それが仲間の絆だと。死んでも終わりではないのですわよ。しっかりしなさい》

その言葉とともに、組紐から力が流れ込んでくる。

「うん……私、もう一度やってみる」

ミイナは、はっきりと声に出した。

ヘカトキリオスへ、手をかざす。

《次は私の番ですね。魔術で大切なのはイメージです。リアルに、繊細に、望む状態を思い浮かべなさい》

「はい」

ヘカトキリオスが、ようやく瓦礫から起き上がる。

六本の腕を突き出し、魔術を放とうとする。

だが――

ミイナの方が速い。

《三十重増幅円水泡魔術陣》

掌から溢れた水が、水泡となって膨張する。

玉座の間の半分を、瞬く間に満たした。

「こぉぉざあがかぁしぃいい!!」

ヘカトキリオスが叫ぶ。

雄叫びとともに、水泡が弾け飛んだ。

だが。

ミイナは、弾けた水を一瞬で蒸発させる。

夜空を覆う黒雲が、天井の裂け目から広がっていく。

《三十重増幅円超雷電魔術陣》

轟音。

雷鳴。

黒雲から落ちた雷が――

一直線に、ヘカトキリオスを貫いた。

ヘカトキリオスは再生しなかった。


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