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絶望と獣化

爆炎の中から姿を現したペルシャは、満身創痍だった。

先ほどの戦いの影響もあるのだろう。

剣を支えにして立ち上がろうとする。

だが――

体力の限界か、その身体は震え、膝が崩れる。

立てない。

「どうやら、ここまでのようだな」

ヘカトキリオスが、愉悦に歪んだ表情で言う。

「ケリをつけようではないか。勇者よ」

ゆっくりと。

ミイナとモノへ歩み寄る。

ミイナは、先ほど脚を撃ち抜かれて動けない。

それでも。

這いずってでも逃げようと、モノを抱えたまま床を掻く。

「モノ! 逃げて!」

叫ぶ。

だが――

モノは動かない。

一歩も。

絶望に、打ちひしがれている。

(ダメだ……!)

その瞬間。

ヘカトキリオスの眼が、黄金に輝いた。

ふわり、と。

モノの身体が宙に浮く。

そのまま、引き寄せられるように――

ヘカトキリオスの眼前へ。

無造作に。

黒猫の首根を掴む。

「やめて!!」

「やめろ!!」

ミイナとペルシャが、同時に叫ぶ。

だが――

誰も、届かない。

駆け寄ることすらできない。

「終わりだ。勇者モノ」

ヘカトキリオスの口元に、邪悪な笑みが浮かぶ。

「今、楽にしてやる」

「やめろ!! モノを殺すなら、私を殺してからにしろ!!!」

ペルシャの絶叫。

ヒュン!

王刀クセルクセスの刀身が、空間を裂いて伸びる。

だが――

届かない。

ヘカトキリオスは、余裕のままそれを受け止めた。

「黙って見ていろ」

手刀が――振り下ろされる。

「モノ!!!!」

ミイナの叫び。

次の瞬間。

黒猫は――

真っ二つに、両断された。

勇者モノは、殺された。

視界が真っ白になる。

「あああああああああああああ!!!!!!」

叫びが、喉を裂く。

止まらない。

止められない。

涙が、溢れる。

モノとの思い出が――脳裏を駆け巡る。

初めて、檻越しに会った日。

初めて、砂漠を旅した日。

初めて、一緒に戦った日。

ダンジョンに潜った日。

ラベンダー畑を歩いた日。

王都で食事した日。

二人きりで話した夜。

(人間のモノに会ったのは、シャクナ族の里だったな……)

どこか、他人事のように。

思考だけが浮かんでは、消える。

猫のモノの温もりも。

人間のモノの、屈託のない笑顔も。

――全部、好きだった。

大好きだった。

そのモノが、もういない。

ミイナの絶望の叫びが――

玉座の間に、響き渡った。



ミイナは、その場に崩れ落ちた。

もう、立ち上がれる気がしなかった。

皆、死んでしまった。

クロスケも。

ハイランドも。

フィリアも。

そして――モノも、もういない。

その現実が、ミイナの心を切り裂いた。

「ミイナ!!!!」

ペルシャが、何か叫んでいるのが聞こえる。

だが――

もう、どうでもよかった。

「立て!! 走れミイナ!! お前だけでも逃げろ!! そうじゃなきゃ、モノが報われない!!!」

ペルシャの声は、確かに届いていた。

しかし――

その意味が、理解できない。

心が壊れたのだ。

ミイナは、そう思った。

もう、何もかもどうでもいい。

「絶望に沈んだか、小娘。お前も、すぐに後を追わせてやる」

冷たい声。

「動けニャアああああああああああああ!!!!」

ペルシャが叫ぶ。

その瞬間――

筋肉が、膨れ上がる。

全身が、盛り上がるように肥大化していく。

白く美しい毛が、大きく靡いた。

――獣化第二形態。

ペルシャの姿が、獣そのものへと近づいていく。

「うがああああああ!!!」

全力の爪が、ヘカトキリオスへ叩きつけられる。

ドガァアアン!!

ヘカトキリオスの身体が吹き飛ぶ。

壁に激突する前に――追撃。

「開け!!! 万国門!!!」

壁面から、数十本に及ぶ刃が展開する。

次の瞬間。

それらが一斉に放たれ、ヘカトキリオスを貫いた。

「今だ!!! 早く立て!!! ミイナ!!!! 逃げろ!!!!」

だが――

ミイナは動かない。

ピクリとも。

ヘカトキリオスは、ゆっくりと貫通した刃を抜いていく。

まるで、何事もなかったかのように。

「チッ!」

ペルシャが舌打ちする。

「無駄だ。その娘は、絶望に沈んでおる。もう終わりだ」

「うがあ!」

ペルシャは、再び飛びかかる。

今度は牙。

ヘカトキリオスの喉元へ――噛みつく。

ガキン!

だが、翡翠の鱗がそれを阻む。

止まる。

「グルるるるるる!!」

唸りながら、さらに力を込める。

噛み砕こうと、顎を締める。

パァン!

破裂音。

「ぎゃっ!!」

音速の突きが、ペルシャの腹部を撃ち抜いた。

パァン! パァン! パァン! パァン!

連撃。

音速の打撃が、容赦なく叩き込まれる。

《五十重増幅円暴風術式》

暴風が、ペルシャを飲み込む。

壁へ叩きつけられ――

地面へと崩れ落ちた。

「うぅ……ミイナ……逃げ……」

声は、かすれている。

今にも消えそうだ。

「さて――どちらからトドメを刺してやろうか」

ヘカトキリオスは、どこまでも無慈悲だった。

「やはり、お前からだな。小娘」

ミイナの眼前に立つ。

見下ろす。

ミイナは、涙でぐしょ濡れだった。

意思の灯っていない目で――

ただ、呆然とヘカトキリオスを見つめていた。


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