魔王と白美
「なんとも情けない。それが勇者か。背を向けて逃げるとはな」
ヘカトキリオスが嘲笑う。
ミイナは振り返らなかった。
とにかく、逃げるのだ。
涙が溢れてくる。
(クロスケさん! ハイランドさん! フィリアさん!)
モノを抱えているため、涙を拭うことができない。
皆の最期が、脳裏に焼き付いて離れない。
立ち止まりたかった。
その場に座り込み、大声で泣き叫びたかった。
それでも――
胸に抱えたモノの体温が、ミイナの脚を動かした。
(絶対に……モノを生きて返す!)
玉座の間の出口まで、あと十数歩。
パァン――
破裂音。
ミイナの脚が、衝撃に撃ち抜かれた。
「うっ!」
モノを抱えたまま、ミイナは前のめりに倒れ込む。
ヘカトキリオスが、それを見下ろしていた。
「これで終わりだ。二人仲良く、仲間たちの元へ送ってやろう」
ゆっくりと腕を翳す。
その掌に、禍々しいエステラが渦巻く。
――その時だった。
轟音が、玉座の間を震わせる。
「ヘカトキリオス!!!!」
ミイナは、はっと顔を上げた。
「なんだ。まだ生き残りがいたのか」
「その二人から離れなさい。あなたは許しません」
ペルシャだった。
全身の毛が、怒りに逆立っているかのように見える。
「随分と怒っているようだな。何かあったのか?」
「貴様! よくもレオ兄を!」
ヒュン!
何もない空間から刀身が現れ、ヘカトキリオスを襲う。
ヘカトキリオスは飛び退いてそれを躱す。
「ほう。面白い刀を持っているな」
「開け――“万国門”」
ペルシャは淡々と、王刀の特殊能力を展開した。
無数の刃が、ヘカトキリオスへと殺到する。
「むっ!?」
ヘカトキリオスは四方八方へと飛び上がり、凄まじい速度で刃を躱していく。
だが、躱しきれない。
そのうちの一本が、翼膜を切り裂いた。
バランスを崩し、地面へと叩き落とされる。
「這いつくばれ。あの世でレオ兄に謝らせてやる!!」
ペルシャの声が、怒気を孕んで響き渡る。
*
ヘカトキリオスは、ゆっくりと立ち上がった。
裂けた翼膜が――再生する。
……はずだった。
だが。
「……む?」
動きが、遅い。
裂けた部分が、じわりと蠢く。
だが、完全には塞がらない。
紫の炎に焼かれた箇所だけ、再生が鈍い。
「面白い」
黄金の眼が、細められる。
「多少は効いている、というわけか」
「――当然です」
低い声。
ペルシャが、一歩踏み出す。
「私たちは皆、貴様を斃すためにここへ来たのだから」
その眼に迷いはない。
怒りはある。だが、それだけではない。
明確な――殺意。
「ほう」
ヘカトキリオスが口元を歪める。
「逃げぬか」
「逃がす気もありません」
即答だった。
ヒュン!
次の瞬間、空間が裂ける。
ペルシャの姿が消え、同時に刃が現れた。
一直線ではない。
斜め、背後、頭上――
「開け――“万国門”」
無数の“門”が開く。
そこから放たれる刃が、収束する。
ズババババババババッ!!
斬撃が、ヘカトキリオスを捉えた。
今度は、確実に深い。
肩口が裂け、脇腹が抉れ、翼の付け根が断たれる。
「チッ……」
初めて、ヘカトキリオスが舌打ちした。
再生が――追いつかない。
傷口が蠢く。
だが、閉じない。
紫の炎の痕が、焼け爛れたまま残っている。
「この炎……聖女め……」
「ええ。よく燃えるでしょう?」
ペルシャが踏み込む。
さらに間合いを詰める。
ヒュン!!
一閃。
首を狙う。
だが――
ギィン!!
腕で受け止められる。
「甘い」
パァン!!
至近距離の衝撃。
ペルシャの身体が弾き飛ばされ、地面を転がる。
それでも――
すぐに起き上がる。
足は止まらない。
「……効いているな」
ヘカトキリオスが、自らの傷を見下ろす。
再生しない。
確実に、“削れている”。
「だが」
次の瞬間、姿が消えた。
ヒュン!
ペルシャの背後へ回り込む。
振り向くより早く――
パァン!!
衝撃。
ペルシャの身体が吹き飛び、壁に叩きつけられる。
「ぐっ……!」
骨が軋む。
それでも――
笑った。
「……なるほど」
血を吐きながら。
「やはり、再生頼みの戦いですか」
挑発。
ヘカトキリオスの眼が細まる。
「防御がなっていませんね」
再び、構える。
その周囲に、歪みが広がる。
先ほどよりも、密度が濃い。
「開け――“万国門”」
今度は“固定”。
無数の刃が、その場に留まり、空間を覆う。
完全に、取り囲む。
「逃がしません」
一歩、踏み込む。
同時に――
全ての刃が内側へと収束した。
ズガァァァァン!!
空間ごと抉り潰す一撃。
衝撃が玉座の間を揺らし、瓦礫が吹き飛ぶ。
ミイナは、息を呑んだ。
(今度こそ――)
煙が、立ち込める。
その中で。
ゆっくりと、影が動いた。
「……良い」
低く、愉悦を含んだ声。
ズ……と、ヘカトキリオスが前に出る。
全身に、深い傷。
だが――まだ立っている。
「実に良い」
黄金の眼が、強く光る。
「だが、足りん」
その瞬間。
空気が、変わる。
圧が増す。
ミイナの身体が震えた。
「ペルシャさん! 隠れて! 勇者の眼があるの!」
「え?」
ヒュン!
遅かった。
ペルシャの身体が、吹き飛ばされる。
《五十重増幅円龍炎術式》
紅蓮の炎でできた竜が、ペルシャを追撃する。
ズガァァァアン!!
轟音とともに、ペルシャは炎に包まれた。




