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それからとこれから

それからの話をしよう。

魔王城から脱出したミイナとペルシャは、サンディ、ラニスタ、そしてシャオティエンと合流していた。

サンディたちと交戦していた魔王軍幹部――あの球体の男は、魔王の討伐と同時に姿を消したらしい。

「――ということは、魔王を倒したんですね!?」

サンディが満面の笑みでミイナに詰め寄る。

「うん。魔王は、倒したよ」

その言葉を聞いた瞬間、サンディは大きく拳を突き上げた。

「皆の者、勝利だ!!!」

ラニスタは安堵したように息を吐き、

シャオティエンは小さく頷いた。

軍勢が勝鬨を上げる。

「これで……終わったのですね」

「終わったニャ。ひとまずは、ね」

ペルシャが静かに答える。

歓声と安堵が広がる中で――

ミイナだけが、少しだけ静かだった。

「……ミイナさん?」

サンディが不思議そうに顔を覗き込む。

「え? あ、ううん。なんでもないよ」

ミイナは笑った。

けれど、その笑顔はほんの少しだけ――ぎこちなかった。

ラニスタが視線を細める。

シャオティエンも、何かを感じ取ったように黙る。

ペルシャだけが、何も言わなかった。

ただ一度だけ、ミイナの肩のあたりに視線を向けて――すぐに逸らした。

「……王都に戻るニャ」

短く、それだけ告げる。

「帰りましょう。全部、終わったんですから!」

サンディが明るく言い、

一行は王都への帰路についた。



王都では、すでに噂が広がっていた。

魔王討伐。

その報せは瞬く間に広まり、街は熱に浮かされたような空気に包まれていた。

城門をくぐった瞬間――

歓声が弾けた。

「勇者様だ!」

「魔王を倒したって本当か!?」

「万歳! 万歳!」

花びらが舞い、

人々が道の両側から手を振る。

ミイナは足を止めた。

眩しい。

そう思った。

「前を向けニャ」

隣で、ペルシャが小さく言う。

「……うん」

ミイナは、ゆっくりと顔を上げた。

歓声の中を進む。

誰かに手を引かれることもなく、

誰かに背を押されることもなく。

自分の足で。

その姿は、もう“奴隷少女”ではなかった。



数日後。

王都の中央広場で、大規模な祝祭が開かれた。

楽団の音が鳴り響き、

酒と料理が振る舞われ、

夜になっても灯りは消えない。

壇上に立つよう促され、ミイナは一歩前に出る。

ざわめきが止む。

すべての視線が、自分に向けられている。

「……」

一瞬だけ、迷った。

けれど。

ミイナは口を開いた。

「みんなで……勝ったんです」

静かな声だった。

「私は、一人じゃなかった」

その言葉に、どよめきが広がる。

ミイナは、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。

あの旅のことを。

共に戦った仲間たちのことを。

「本当の勇者は――“猫”でした」

一瞬、広場が静まり返る。

「猫勇者の名前は、モノ。

 戦士はクロスケ。

 魔術師はハイランド。

 そして――聖女フィリア」

その名を、一つひとつ、大切に告げる。

「本当の英雄たちの話を――少しだけ、聞いてください」 



潮の匂いが、静かに漂っていた。

船着場にはいくつもの船が繋がれ、波に揺られて軋む音を立てている。

カモメの鳴き声が、空に溶けていく。

ミイナは桟橋の端に立ち、海を見つめていた。

頬を撫でる風は、少しだけ冷たい。

腰に結わえた組紐が、かすかに揺れる。

――もう、声は聞こえない。

それでも。

あの時の温もりだけは、確かに残っていた。

ミイナはそっと組紐を握りしめる。

遠くで、船がひとつ、ゆっくりと港を離れていく。

白い波が、静かに広がった。

ミイナは小さく息を吐く。

「ここにいたのかニャ」

背後からペルシャが声をかけてきた。

「ペルシャさん」

「ペルシャでいいニャ。もう、一人前なんだから」

ペルシャはいつもの猫被りモードではない。

ミイナの前では“素”の自分でいることを決めた様だ。

「うん。そうだね、ペルシャ」

潮風がミイナの髪を撫でる。

「どの船に乗るの?」

「あの船ニャ」

ペルシャは中型の帆船を指差した。

帆船には二頭の馬が馬車を引いている紋章が刻まれている。

「ふーん。大きいね。ところで、ペルシャ?」

「何ニャ?」

「泥棒猫ってどう言う意味?」

ミイナの目が細くなる。

ジロリとペルシャを睨みつけた。

「……そんなこと言ったかニャ?」

「言った! 魔王を倒した時のあれ! それからも、度々、私のこと泥棒猫って呼んでるじゃない!」

「……まいったニャ。だって、モノが……!」

《俺がどうしたって?》

「わっ!」

ミイナの肩に黒猫が飛び乗った。

漆黒の毛並み、額には白い×模様。

そして、空色の目をした猫。

モノだった。

確かに、そこにいる。

だが――その姿はミイナにしか見えない。

触れようとしても、重みはなく、確かな手応えもない。

声もまた、ミイナにしか届かない。

それでも。

モノは、そこにいた。

――あの時の言葉が、ふと蘇る。

《あらあら。困った子ですわね。でも――大丈夫ですわよ。だって……》

《――モノを死なせはしませんもの》

聖女フィリアの、最後の奇跡。

「モノ! 急に肩に乗らないでよ! ビックリするでしょ!」

《良いじゃねえか。俺とお前の仲だろ》

「乗るのは良いから一声かけてって言ってるの」

ミイナは肩をすくめる。

けれど、その口元は、わずかに緩んでいた。

そのやり取りを見ながら――

いや、正確には“見えてはいないはずのやり取り”を前にして、ペルシャは小さく呟いた。

「……そういうところニャ。泥棒猫」



やがて――

ペルシャとミイナは船に乗り込んだ。

帆は風を孕み、船はゆっくりと港を離れていく。

岸に並んだ人影は次第に小さくなり、やがてひとつの線のように溶けていった。

海は、静かだった。

規則正しく打ち寄せる波が、船体を軽く揺らす。

軋む木の音と、帆が鳴る低い音だけが、世界に残されている。

ミイナは甲板の手すりに手をかけ、遠ざかる陸地を見つめていた。

「もう、戻れないね」

ぽつりと呟く。

《どうした怖くなったか?》

「全然」

少しだけ笑う。

その視線は、前を向いていた。

ペルシャはマストにもたれ、腕を組んで海を眺めている。

「獣王国は、もっと荒れてるニャ。

人間の国とは違う。弱ければ、すぐに食われる」

「うん。知ってる」

ミイナは頷いた。

怖くないわけではない。

けれど――もう、足は止まらない。

「お兄さんの言葉、気になるんでしょ?」

「当然ニャ。レオ兄がわざわざ“仄めかす”なんて、碌な話じゃない」

風が強くなる。

帆が大きく膨らみ、船はさらに速度を上げた。

遠く、水平線の向こうに雲が広がっている。

嵐の気配にも見えた。

《面倒ごとの匂いしかしねえな》

「それでも、行くんでしょ?」

《当たり前だろ》

ミイナは小さく息を吐いた。

そして、ほんのわずかに肩を傾ける。

見えないはずの重みを、受け止めるように。

「……ねえ、モノ」

《なんだ》

「また、一緒に冒険ができるね」

少しだけ間があって――

《ああ。そうだな》

風が吹き抜ける。

白い波が、船の後ろに長く尾を引いていく。

もう、振り返ることはない。

船はただ、前へ進む。

獣王国へ。

その先に何が待つのかは――まだ知らない。

それでも、ミイナは笑っていた。


最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。

少しでも楽しんでいただけたなら、とても嬉しいです。

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