消耗戦と火車髑髏
「まさか、自らアンデッド化するとはな。勇者や、聖女の仕業とは思えぬな」
「驚きました? 褒め言葉として受け取っておきますわ」
フィリアは、淡々と答える。
「実に面白い!」
魔王竜が嗤う。
「だが、聖女よ。そのような禁術――制御するのはさぞ辛かろう。エステラの消費も、馬鹿にはなるまい!」
《三十重増幅円拡散刃術式》
咆哮。
空気が裂ける。
無数の刃となったそれが、フィリア目掛けて降り注ぐ。
「危ないでござる!」
クロスケが前へ出る。
斬撃を叩き落とす。
「させません!」
ハイランドの魔術陣が展開される。
盾が重なり、刃を受け止める。
「フハハハハ!!」
魔王竜が哄笑する。
「思った通りだ!!」
三つの眼が、愉悦に細められる。
「禁術を展開している聖女が弱点となる!」
「聖女を潰せば終わりだ!」
「確かに――その通りですわ」
フィリアが、静かに言う。
「私がこの術を発動している間は、攻撃に参加できません」
「フィリア! わざわざ弱点を自白する必要なんてないだろ!」
モノが声を荒げる。
だがフィリアは、右手を軽く上げてそれを制した。
「“私は”――ですけれど」
不敵な笑み。
次の瞬間。
パン、と。
軽やかな音が響いた。
「おいでませ」
紫の煙が、床に広がる。
ゆらり、ゆらりと揺れながら、それは泡立つように膨れ上がっていく。
そして――
現れたのは、骨。
竜の骨。
軋む音と共に、それらが組み上がる。
巨大な骨格が、形を成す。
――二体。
かつて共に戦ったドラゴンゾンビ。
その亡骸が、再び動き出していた。
「まだ行きますわよ」
フィリアの足元にも、煙が立ち込める。
ゴポ……ゴポ……と、不気味な音を立てながら、彼女の身体を飲み込んでいく。
「フィリアさん!」
ミイナが思わず叫ぶ。
「大丈夫ですわ」
その声は、穏やかだった。
煙が晴れる。
そこに立っていたのは――
巨大な骸骨。
燃えるような紫のエステラが、骨の隙間から揺らめいている。
背には、火の玉でできた車輪。
ゆっくりと回転しながら、空間を歪ませていた。
その掌の上に――
フィリアは、静かに立っている。
《禁術・召喚術式――火車髑髏》
「この子は、私のエステラが尽きるまで」
一拍。
「私を守ってくれます」
魔王竜を、真っ直ぐに見据える。
「さて――魔王竜ヘカトキリオス」
声が、冷える。
「消耗戦と参りましょうか」
紫の炎が、静かに燃え上がった。
*
「愚かな! この魔王とエステラの容量で勝負を仕掛けるとは!」
「やってみなければ、わかりませんでしょう?」
「これほどの禁術! 維持するのがやっとではないのか?」
《三十重増幅円拡散刃術式》
《三十重増幅円拡散刃術式》
《三十重増幅円拡散刃術式》
先ほどの三倍。
無数の刃が、空間を埋め尽くす。
フィリアの前に、ドラゴンゾンビが立ちはだかる。
斬撃を受け止める。
軋む骨。
砕ける音。
それでも、倒れない。
漏れた刃は――
火車髑髏が、弾き飛ばした。
「まだいくぞ? ズタボロにしてやる」
《三十重増幅円爆裂術式》
《三十重増幅円爆裂術式》
《三十重増幅円爆裂術式》
轟音。
爆発が三度、空間を揺らす。
ドラゴンゾンビの身体が弾け飛ぶ。
火車髑髏の骨に、ひびが走る。
「どうだ! 我が力は! さぞ辛かろう! 早く楽にしてやろう!」
「思ったほどではありませんわね」
「強がりを!」
次の瞬間。
弾けた骨が、蠢く。
集まり、繋がり――
二体のドラゴンゾンビが、瞬く間に再生する。
「――ッ!?」
左右から、魔王竜の腕に喰らいつく。
「抑えていなさい」
フィリアの一言。
火車髑髏が、拳を握る。
そして――
振り下ろした。
ドシャアン!!
鈍い衝撃。
空気が震える。
「効かぬな!」
魔王竜が口を開く。
ブレス。
青白い光が、口内に収束する。
――が。
光が、揺らぐ。
そして。
消えた。
「無駄ですわ」
「なにをした!」
三つの眼が、怒りに見開かれる。
「火車髑髏の炎は、エステラを侵食して燃やしますの」
一歩。
フィリアが、静かに踏み出す。
「あなたの“薄汚いエステラ”も、例外ではありませんわ」
「なんだと……! 聖女がぁ!」
「ですから、消耗戦と言ったではないですか」
わずかな沈黙。
そして――
「ちなみに」
フィリアは、さらりと言った。
「私はこの状態を、あと“八十八年と二百六十七日”維持できますわ」
空気が、凍る。
「……化け物め」
「魔王には言われたくありませんわね」
フィリアの視線が、横へ流れる。
「――今ですわ。モノ」
「ああ! 待たせたな!」
モノの眼が、開かれる。
――殺戮眼。
空間が歪む。
魔王城の柱が軋む。
次の瞬間。
それは、意思を持ったかのように動いた。
魔王竜の腹部へ――
突き刺さる。
一本。
二本。
三本。
「グゥオォッ!! 貴様らぁ!!」
「的をデカくしたのは失敗だったな!」
天井が軋む。
支えを失う。
崩壊。
ガラガラガラガラガラ!!
魔王竜は、腕を抑え込まれている。
逃げ場はない。
「おのれ……勇者がぁぁぁあ!!」
ドガァァァアン!!
轟音。
瓦礫が、すべてを飲み込んだ。
魔王竜ヘカトキリオスは――
その下敷きとなった。




