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呪い返しと切り札

「勇者よ。呪い返しを知っているか?」

魔王竜は、愉悦に歪んだ顔で問いかける。

誰も、すぐには答えられなかった。

その沈黙を楽しむように、三つの眼がゆっくりと細められる。

「知らぬか。ならば、教えてやろう」

低く、ねっとりとした声が響く。

「呪いとは、繋がりだ」

一歩、魔王竜が踏み出す。

床が、軋む。

「かけた者と、かけられた者を結ぶ――不可視の鎖」

六本の腕が、ゆっくりと広がる。

「本来、解呪とはその鎖を断ち切る行為」

一拍。

「だが――」

三つの眼が、ミイナを捉える。

「完全に断ち切った場合、その“行き場を失った呪い”はどうなると思う?」

「……まさか」

ハイランドの声が、掠れる。

魔王竜の口元が、吊り上がる。

「戻るのだよ」

一言だった。

「最も強く繋がっている“発生源”へとな」

空気が、凍る。

「貴様らが解いた呪いは、すべて我に還元された」

ドクン――と。

魔王竜の鱗が脈打つ。

赤黒い光が、濃くなる。

「貴様らの力と共にな」

「……っ」

モノの歯が軋む。

確かに感じていた違和感。

それが今、はっきりと形を持った。

「ふざけんな……最初からそれが狙いか」

「当然だ」

即答だった。

「だからこそ、あえて追い詰めさせた」

六本の腕が、わずかに震える。

力が、溢れている。

「貴様らは強い。ゆえに、最後は必ず“切り札”を使う」

視線が、ミイナへ落ちる。

「三度目の解呪」

「それを待っていた」

ミイナの指先が、わずかに震える。

「……じゃあ……」

言葉が、出ない。

「私が……」

魔王竜は、ゆっくりと頷いた。

「引き金だ」

その一言が、静かに突き刺さる。

「いい顔だ、小娘」

愉悦が、滲む。

「絶望とは、こうでなくてはな」

ゴオッ――

魔王竜の全身から、黒いエステラが噴き上がる。

先ほどまでとは、明らかに質が違う。

「さあ――」

三つの眼が、爛々と輝く。

「第二幕といこうか、勇者」

床が砕ける。

次の瞬間、魔王竜の姿が掻き消えた。

――雷鳴。

バリッ!

「うぐっ!」

気づいた瞬間には、クロスケとモノが吹き飛ばされていた。

クロスケの瞳が、見開かれる。

壁に激突する。

「速いな! これが雷鳴のクロスケの力か!」

魔王竜が嗤う。

モノの身体が、わずかに遅れる。

その違和感を振り払うように、歯を食いしばる。

《三十重増幅円爆熱術式》

「次だ! くらうがいい!」

六本の腕が、前へと翳される。

すでに照準は合っていた。

圧縮された赤熱の火球が、渦を巻く。

「まずい!! 私の陰へ!! 早く!!」

ハイランドが叫ぶ。

「遅いわ!」

盾の魔術陣が展開される、その瞬間。

火球は放たれていた。

部屋中を、豪火が埋め尽くす。

ズガァァァアン!!

爆発。

爆煙が、広がる。

やがて煙が晴れたとき――

勇者一行は、全員、床に倒れ伏していた。



最初に立ち上がったのは、モノだった。

「大丈夫か……みんな……」

「危うく……火葬されるところでしたわ……」

フィリアが、煤まみれのまま肩で息をしながら言う。

「ハイランド殿のおかげでござるな……」

クロスケも、剣を支えにゆっくりと立ち上がる。

「それにしても、変です……」

ハイランドが、自らの手を見つめる。

「いくら力を奪われたとはいえ……ここまで力が入らないとは……」

「流石に気づいたか、ハイランドよ」

魔王竜の顔が、さらに愉悦に歪む。

「お前らは、間もなく死ぬ」

その言葉は、あまりにもあっさりとしていた。

「考えてもみろ。百五十年前の呪いだぞ?」

一歩、魔王竜が近づく。

「それを解いた瞬間、時の奔流が貴様らに襲いかかる」

三つの眼が、ぎらりと光る。

「つまりは――老化だ」

沈黙。

「小娘」

その視線が、ミイナを射抜く。

「全ては貴様のせいだ」

「貴様のせいで、こいつらは死ぬ」

「そんな……」

ミイナの膝が崩れ落ちる。

皮肉なことに――

呪いそのものが、彼らを“時”から守っていた。

それが消えた今。

積み重なっていた時間が、一気に牙を剥く。

老いて、死ぬ。

あまりにも当然の帰結だった。

「私のせいで……みんなが……!」

「いいぞ!」

魔王竜が嗤う。

「その絶望に歪んだ顔……もっと見せてくれ!」

巨体が、ずいっとミイナへと迫る。

「どんな気分だ? ん?」

「お前のせいで、大切な仲間達が死んでいくのは?」

「うるせぇ!!」

ズガァァァアン!!

衝撃。

魔王竜の巨体が、横へと弾き飛ばされる。

モノの“殺戮眼”だった。

ミイナの頭に、ぽんと手が置かれる。

「大丈夫だ。心配すんな」

モノが、ニカリと笑った。

「でも……!」

「そうでござる」

クロスケが、そっとミイナの肩に手を置く。

「ミイナ殿は、何も悪くないでござるよ」

「ええ」

ハイランドも、静かに頷く。

「この程度は、想定内です」

「想定内?」

魔王竜が、ゆっくりと起き上がる。

「馬鹿な。強がりか?」

その言葉に、ふっと笑い声が重なった。

「あらあら……まあまあ」

ゆらり、と。

フィリアが前へ出る。

「私をお忘れではなくて?」

魔王の前に、立ち塞がった。



時は、さらに遡る。

決戦前――最後の夜。

勇者一行は、焚き火を囲んでいた。

ぱち、ぱち、と薪の弾ける音だけが響く。

静かな夜だった。

「ミイナさん」

フィリアが、穏やかな声で呼びかける。

「決戦の時、呪いを解きますでしょ?」

「うん。そのつもり」

ミイナは、迷いなく頷いた。

その答えを聞いて、フィリアはわずかに目を細める。

「その時に――」

一拍。

「私の呪いだけ、そのままにして欲しいんですの」

「え!?」

ミイナが思わず声を上げる。

「なんでですか!?」

焚き火の向こうで、フィリアは静かに微笑んだ。

「……保険ですわ」

「保険……?」

言葉の意味が掴めず、ミイナは首を傾げる。

『ミイナ。よく聞け』

モノが口を開く。

その声は柔らかい。

だが、断定だった。

『この戦いの後、俺たちは多分死ぬ』

「え!? 嫌だよ、そんなの!!」

ミイナが強く首を振る。

『呪いの代償が、何もないとは思えない』

モノの視線が、焚き火の揺らめきの向こうへ向く。

『おそらく、何か仕掛けがある』

『まあ、そう考えるのが普通ですね』

ハイランドも静かに頷いた。

その空気を受けて、フィリアがゆっくりと口を開く。

「だから、そこで私の出番ですの」

「フィリアさん……?」

ミイナの瞳が揺れる。

だがフィリアは、ふっと肩の力を抜いた。

「ふふっ」

くすり、と笑う。

「あとは――本番でのお楽しみですわ」

その笑みは、どこか軽やかで。

けれど。

焚き火の揺らめきの中で――

ほんの一瞬だけ。

何か決意を秘めているように見えた。



「む? 貴様……呪いが解けておらぬだと……?」

魔王竜は、訝しげに眼を細めた。

「ええ。敢えてですわ」

「なんだと?」

「私、この百五十年――とても退屈しておりましたの」

フィリアは静かに語り出す。

「退屈で退屈で……少し、研究をしておりましたのよ」

その言葉と同時に、彼女の身体が淡く紫に揺らぐ。

「“呪い”と“死”の、関係について」

「……何をした」

魔王竜の声が、わずかに低くなる。

フィリアは、ふっと笑った。

「簡単なことですわ」

一歩、踏み出す。

「老いるなら――一度死んでしまえばいいのですわ」

空気が、止まる。

「な……に……?」

ハイランドの声が、掠れる。

フィリアの指先が、ゆっくりと持ち上がる。

「呪いを媒介にして、肉体の時間進行を“死側”へ固定する」

紫の光が、じわりと広がる。

冷たい光だった。

「つまり――」

一拍。

「疑似的なアンデッド化ですわ」

ゾクリ、と空気が冷える。

モノの目が細まる。

「……おい、それ」

クロスケも息を呑む。

「禁忌でござるな」

「ええ」

あっさりと肯定する。

「褒められたものではありませんわね」

フィリアは肩をすくめる。

「ですが――」

その瞳が、ミイナを見る。

「今は、背に腹は代えられませんもの」

次の瞬間。

紫の光が、モノ、クロスケ、ハイランドへと流れ込む。

「ぐっ……!」

身体に走る違和感。

冷たい。

だが同時に――

崩れかけていた何かが、固定される。

「老化が……止まった……?」

ハイランドが、震える声で呟く。

「正確には“アンデッド化”しただけですわ」

フィリアが淡々と訂正する。

「時間の流れから、少しだけ外れていただいている状態ですの」

モノが、拳を握る。

力は戻っている。

だが――

どこか、違う。

「……気持ち悪ぃな」

「当然ですわ」

フィリアが微笑む。

「“生きている状態”ではありませんもの」

沈黙。

「ですが」

彼女は魔王へと視線を戻す。

「これで、あなたの“老化”の札は無効ですわ」

魔王竜は、しばし黙る。

そして――

ゆっくりと、口元を歪めた。

「……狂っているな」

「よく言われますわ」

「自ら死に寄るとはな」

「ええ」

フィリアは、さらりと答える。

「ただし」

その目が、わずかに鋭くなる。

「――死なせるつもりも、ありませんけれど」

フィリアは不敵な笑みを浮かべる。

紫の光が、さらに濃くなった。


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