狩りと万国門
(この後に及んで、嫌になるニャ)
ペルシャは、親父殿と大喧嘩したあの日――
王刀“クセルクセス”を受け継いだ時のことを思い出していた。
「言うことを聞け! この放蕩娘!」
「嫌だと言ったら嫌ニャ! レオ兄に継がせれば良いニャ!」
「レオナルドか……アイツはなぁ……」
「何ニャ!? レオ兄が親父殿の跡を継ぎたがってることぐらい、わかってるでしょ!?」
「アイツはなぁ……優しすぎるんだよ……」
「それの何がいけないニャ!! 優しさが国民に向かえば良い国になるじゃないか!」
「普通の国なら、それで良いんだがなぁ。ここは獣王国だ。代々、各種族を力でまとめてきた歴史がある。レオナルドにそれが務まるか?」
「そんなのアンタら前の世代の理屈ニャ! 優しい王の何がいけない!」
「お前は自分が王になりたくないだけだろ!! 俺はレオナルドが王位について失脚するのをみたくないんだ! それに、ペルシャ。その点、お前なら逞しいし、腕っぷしでなんとかなるだろ!!」
「なっ!? か弱いレディに向かって逞しいとは何ニャ!!」
「本当のことだろうが!!」
「とにかく、私は継がないから!!」
「はっ!! 聞いてるぞ! お前は敵国の勇者に夢中らしいな! 浮かれおって! 俺は認めないぞ!!」
「余計なお世話ニャ!! 認めてもらわなくても構うもんか!!」
「言ったな! お前は俺の娘で王女だぞ!?」
「関係あるか! 馬鹿親父!!」
(ここから取っ組み合いの喧嘩になったっけ……)
「なら、せめてこれを持っていけ……」
肩で息をしながら、親父殿は剣を投げてよこした。
「これは何ニャ……?」
ペルシャは仰向けに倒れながら尋ねた。
「王刀“クセルクセス”だ。俺のレオニダスと対をなす刀だ。
使う者を王へと近づける刀だ。……資質があればな」
「なら、使わないニャ」
「好きにしろ。出ていくんだろ?」
親父殿の声は、笑っていた。
「……うん」
「本当に放蕩娘だな。風邪引くなよ。いつでも帰ってこい」
「うん……ありがとうございます……」
ペルシャは立ち上がると、王刀“クセルクセス”を拾い上げた。
「行ってきます」
そう言って、ペルシャは振り返ることはなかった。
それ以来、獣王国には帰っていなかった。
遠い記憶が、ゆっくりと沈んでいく。
親父殿の声。
レオナルドの背中。
すべてが、遠くなる。
(ああ。感傷的になってるニャア……)
腹部から血が滴る。
視界が揺れる。
それでも――
その瞳は、ライオンヘッドを捉えて離さなかった。
「抜いたか、“クセルクセス”。獣王国に伝わるもう一本の王刀。だが、“レオニダス”の前では無力!!」
ドンッ!
石畳が割れるほどの踏み込み。
一瞬で距離を詰め、ペルシャの首を刈り取りにかかる。
――その瞬間。
空気が、わずかに裂けた。
「グゥッ!?」
ライオンヘッドの肩から血が噴き出す。
刺突のような、細く深い傷。
慌てて距離を取る。
「なんだ!?何をした!?」
「……クセルクセスにも能力があるニャ」
「ふざけやがって!!これでどうだ!!」
今度は四方八方に炸裂するようなステップ。
床、壁、天井。
あらゆる方向から殺気が迫る。
「くらえ!!」
背後――
確実に捉えた一撃。
振り抜く、その直前。
「がうっ!!」
脇腹に走る激痛。
血が滴る。
また、同じ傷だ。
「なんなんだよそれは!!」
「何って?それを敵に聞くのかニャ?」
ペルシャの声は冷たい。
「相変わらず甘ちゃんだな」
ライオンヘッドの顔に、初めて“恐怖”が混じる。
ペルシャはそれを一瞥すると、
クセルクセスを静かに掲げた。
「開け。“万国門”」
何も――起こらない。
だが。
刀身が、揺らいでいる。
存在が、そこに“定まっていない”。
「正面から、力で押し切ってやる!!」
ライオンヘッドの筋肉が膨れ上がる。
牙が伸びる。
爪が裂ける。
たてがみが膨張する。
獣化第二形態。
レオニダスの強化と重なり、
その肉体はもはや暴力そのものだった。
「これで終いだ!!」
――ヒュン。
クセルクセスの刀身が、消えた。
同時に。
ライオンヘッドの眼前に“出現”する。
眉間を、貫こうとする一閃。
「うぉっ!!」
かろうじて反応し、右手で受け止める。
――ヒュン。
消える。
次の瞬間。
胸の前に、再び出現。
「ぐうっ!!なんだこれは!!」
飛び退く。
「何って?これが“万国門”ニャ」
「刀身を飛ばせるのか!?そうなんだな!?」
「さぁ?自分で考えるニャ」
肩をすくめる。
だが――視線は外さない。
一瞬たりとも。
「それならばこれでどうだ!!」
ライオンヘッドの目に血管が浮き上がる。
視覚の強化。
さらに。
額が裂けるように開き――
第三の眼が現れる。
三つの視界が重なり、
空間の歪みを“捉える”。
ヒュン!
ペルシャは即座に足を狙う。
受け流される。
「見える!!見えるぞ!!」
ヒュン!ヒュン!ヒュン!
肩。首。胴。
連続する斬撃。
すべてが捌かれる。
「これで、もう通用しない!!終わりだペルシャ!!」
咆哮。
突進。
勝利を確信した一撃。
その瞬間――
「“万”国門だっつってんだろ!!」
「え?」
――一瞬の静寂。
空間が、歪む。
二本。
三本。
十本。
百。
千。
あらゆる方向から、刀身が“出現”する。
逃げ場は、ない。
肉を裂き、骨を砕き、内側から貫く。
ライオンヘッドの巨体が、宙で止まる。
そして――
串刺しにされた。
(だから、嫌だったんだ。これを使うと決闘じゃなくて狩りになるニャ……)
「さようなら、レオ兄さん」
ペルシャの頬を、一筋の涙が伝った。
*
無数の刀身が、音もなく消えていく。
最初から存在していなかったかのように。
静寂が、戻る。
崩れた石材がぱらぱらと落ちる音だけが、遅れて響いた。
ペルシャは、動かない。
構えも解かない。
ただ、じっと見ている。
串刺しにされたままのライオンヘッドを。
やがて――
ドサリ、と。
その巨体が、地に落ちた。
重い音。
もう、動かない。
「……」
ペルシャは一歩、近づく。
血の跡が、床に点々と続く。
クセルクセスを下ろす。
ゆっくりと。
その刀身は、もう揺れていない。
「……終わりニャ」
小さく、呟く。
返事はない。
当たり前だった。
ペルシャは、その場に立ったまま――
しばらく、何もできなかった。
(……レオ兄)
呼びかける声は、出ない。
代わりに、息が漏れる。
ゆっくりと膝を折る。
床に、片膝をつく。
「……ごめんニャ」
かすれた声。
誰に向けたものか、自分でもわからなかった。
兄か。
親父殿か。
それとも――自分か。
手が、震える。
血で濡れた床に、指先が触れる。
(魔王……!)
思い出す。
レオナルドの言葉。
(……絶対に許さないニャ)
やがて。
ペルシャは、ゆっくりと立ち上がった。
揺れる。
だが、倒れない。
クセルクセスを納める。
その動作だけは、やけに丁寧だった。
ライオンヘッドを、一度だけ見る。
長くは見ない。
「……行くニャ」
それだけ言って。
背を向ける。
足を引きずるように、一歩。
また一歩。
血の跡を残しながら、歩いていく。
崩れた大広間を抜ける頃には――
もう、振り返らなかった。




