王刀と王刀
「クソが! 舐めやがって!」
ライオンヘッドは、ひしゃげたまま固まった大剣を放り投げる。
「どうした? 剣を使えよ。もう一本差してるだろ?」
ペルシャが、煽るように言う。
「お前も差してるじゃねえか! 大層に封印なんかしやがって!」
そうなのだ。
ペルシャは、今までの旅でも必ず刀を二本差していた。
けれど、もう一本は能力で柔らかくした鉄板を巻き付け、抜けないように封印していたのだ。
「使うまでもないニャ。折檻には拳と相場が決まってるニャ」
ペルシャは両手を前に突き出し、ボクシングのファイティングポーズのような構えを取る。
「テメェはいちいちイライラさせてくれるぜ! いいだろう! 俺も拳で相手をしてやる!」
「無理するなよ? ついてこれるかニャ?」
ペルシャは、鼻で笑った。
「舐めるな!!」
鋭い踏み込み。
巨大な拳が、ペルシャの顔面に迫る。
しかし――直線的すぎた。
「馬鹿が」
ペルシャは吐き捨てると、クロスカウンターの要領でライオンヘッドの顎を撃ち抜いた。
ライオンヘッドの膝が折れる。
倒れる前に、ペルシャのショートアッパーが再び顎を撃ち抜く。
顔面が歪む。
柔らかくしたのだ。
そして元に戻る反動で、ライオンヘッドは吹き飛んだ。
顔面から天井に激突する。
天井の石材が崩れ、ライオンヘッドは下敷きになる。
「立てよ。まだやれるだろ?」
ペルシャの声は、底冷えするほど冷たい。
「ガァオ!」
ライオンヘッドの不意打ちだった。
拳を握っていない。
発達した爪で切り裂きにかかったのだ。
斬撃のラッシュが、ペルシャを襲う。
しかし、ペルシャの動きは華麗だった。
紙一重で、すべての攻撃を交わしていく。
パシッ!
そしてライオンヘッドの右腕を掴むと、そのまま一本背負いの要領で投げ飛ばした。
「グゥオっ!」
背中から地面に叩きつけられ、ライオンヘッドは呻き声を上げる。
「立てよ。折檻はまだ終わらないニャ」
ペルシャは、汗すらかいていなかった。
ここに来て、彼女の戦闘センスは極限まで研ぎ澄まされていたのだった。
*
ゆらりと、ライオンヘッドは立ち上がった。
その表情には、不気味な笑みが浮かんでいる。
「思い出したぜ。お前のその、馬鹿みたいに高い戦闘センス」
「褒めても折檻は終わらないニャ」
「正面からやっても勝てないわな。昔からそうだった」
「そうだニャ。兄妹喧嘩は百五十勝、零敗。私の全勝ニャ」
「馬鹿にしやがって! もう、殺す! これを使うぜ!」
ライオンヘッドは、腰に下げていたもう一本の剣を抜刀した。
剣は、異様な赤を帯びていた。
血に濡れたような鈍い紅ではない。
刀身そのものが、内側から焼けるように赤く発光している。
湾曲した刃は、獣の牙のようにえぐれ、先端へいくほど厚みを増していた。
振るうたびに、重心の偏りが唸りを上げる。
刃紋のように刻まれた溝には、黒ずんだ光が脈打ち、
まるで血流のようにゆっくりと巡っている。
「王刀“レオニダス”……!? どうして、レオ兄が……!?」
「そうさ! 正真正銘の王刀“レオニダス”さ! これで貴様も終わりだ! ペルシャ!」
ペルシャの瞳が、わずかに見開かれる。
ライオンヘッドは、剣を肩に担ぎ、嗤う。
「王に選ばれた者だけが扱える剣――だったよなぁ?」
一歩、踏み出す。
「使う者を王へと至らせる“宿命の刀”」
空気が、軋む。
「そして――それぞれに“力”がある」
ドンッ――!!
床が砕けた。
ただ踏み込んだだけで、石床が陥没する。
「レオニダスの力は――“肉体強化”!!」
筋肉が膨れ上がる。
血管が浮き出る。
骨が軋む音すら聞こえる。
「単純明快でいいだろ?」
ニヤリ、と嗤う。
「全部、上がる」
次の瞬間。
姿が、消えた。
「――ッ!?」
遅い。
もう、目の前にいた。
「ドラァ!」
ライオンヘッドは横薙ぎに刀を振り抜いた。
ペルシャは紙一重で躱す。
しかし、その凄まじい剣圧が暴風を呼び、ペルシャの身体を吹き飛ばす。
ドガァ!
壁に激突する。
そこにすかさず、ライオンヘッドの突きが飛んできた。
ズドン!
剣は、ペルシャの腹部を貫いていた。
「どうだ!? ペルシャ! これが今の俺の力だ!!」
ライオンヘッドは、眼をぎらつかせながら叫んだ。
「ぐっ……どうして……その“レオニダス”は親父殿の刀だったのに……」
ペルシャの口の端から血が滴る。
体内から血が吹き出しているのだ。
「どうしてだろうなぁ?」
ライオンヘッドは剣を引き抜き、ニタリといやらしい笑みを浮かべる。
「親父殿が……レオ兄なんかに……やられるわけない!」
「そいつはどうかな?」
ライオンヘッドは、低く笑う。
「お前が国を捨てた後、獣王国で何があったか――考えてみろよ?」
そう言うと、身につけていた襟巻きを掴み、ペルシャに見せつけた。
「見覚えがないか? ん?」
「……あいつらも、泣いてたぜ」
「そ、それは……ソマリとサーバルの……?……尻尾……?……え?」
ペルシャは、困惑の声を上げる。
「美女で野獣隊はどうなったんだろうな? ええ? いい女ぞろいだったもんなぁ?」
ライオンヘッドは、舌なめずりした。
「………断尾したのか」
ペルシャの声は、低い。
断尾とは、古の獣王国に伝わる悪習であり、
尻尾を切ることで運動能力を奪い、束縛する手法を指す。
無論、現代では禁止されている。
「ようやく気づいたか! 薄情な隊長だな! お前の尻尾も千切ってやるぜ!」
強化された剣の一撃が、ペルシャに振り下ろされる。
しかし――
ペルシャは、崩れた体勢のまま地を蹴っていた。
一瞬遅れて、残像が揺れる。
その時にはすでに、ライオンヘッドの背後に回り込んでいた。
「チッ! 流石に速いな!」
ライオンヘッドは舌打ちする。
「もう、いいニャ」
ペルシャの声は、底抜けに冷たい。
「もう終わりにする。それから、本国のことを確かめるニャ」
「ああん? 何を言ってやがる? 俺の方が圧倒的に優勢だろうが!?」
「……黙れ」
ペルシャは、ずっと封印してきた刀の柄に手をかける。
巻き付けてあった鉄板が、ぐにゃりと柔らかく変形し、外れていく。
「王刀――“クセルクセス”」
静かに呟く。
そして――
ペルシャは、自らが受け継いだもう一本の王刀を抜刀した。




