兄と妹
剣が合わさるたび、ペルシャの脳裏に過去がよぎった。
――遥か昔。獣王国で過ごした、子供時代。
ペルシャは、獣王国の王女として生まれた。
母は、ペルシャを産んですぐに亡くなったという。
兄弟は一人。
兄――レオナルド。
父は、名君だった。
国を良く治め、民からは“親父殿”と呼ばれるほど、親しみと信頼を集めていた。
そして――
母を深く愛していたのだろう。
後妻を迎えることは、決してなかった。
良き王であり、良き父。
少なくとも――ペルシャにとっては、そうだった。
兄との関係も、良好だった。
幼い頃のレオナルドは、少しお調子者で――それでも優しく、面倒見が良かった。
ペルシャは、いつもその背中を追いかけていた。
森を探検する時も。
食堂から食べ物をくすねる時も。
市街の悪ガキどもと喧嘩する時も――いつも一緒だった。
喧嘩して帰った夜は、決まって二人とも親父殿に拳骨を落とされた。
それでも――並んで怒られる時間が、嫌いではなかった。
父は、優しくもあり、厳しくもあった。
王族だからと、我が子だからと――特別扱いすることはなかった。
他の獣人の子と同じように接し、年頃になるとレオナルドもペルシャも軍へと入れられた。
軍での生活も、ペルシャにとっては嫌なものではなかった。
初めて――同世代の友ができたからだ。
いや、友というより、仲間だった。
実力は抜きんでていた。
やがてペルシャは、“美女で野獣隊”を結成し、軍の顔として名を知られるようになる。
一方、レオナルドもまた、次期国王候補の筆頭として正規軍を率い、着実に経験を積んでいた。
会話こそ少なくなっていたが――それでも関係は良好だった。
ペルシャは、兄を慕っていた。
そして――兄もまた、そうだと信じていた。
歯車が狂い始めたのは、あの日からだ。
「俺の亡き後、王位はペルシャに継がせる」
親父殿が、そう宣言したのだ。
ハイト王国との戦争のすぐ後だった。
その時のペルシャは、王位なんて煩わしいだけだと思っていた。
何より、異国で会った勇者の少年に夢中だった。
「嫌ニャ」
「なんだと! この放蕩娘!」
親父殿と喧嘩したのは、後にも先にもこの時だけだ。
そして、勢いに任せて国を飛び出した。
レオナルドのことなど、全く考えていなかった。
その結果が、これか。
ペルシャは、唇を噛み締めるしかなかった。
*
「レオ兄……どうして……」
ペルシャの声は、悲痛だった。
「どうしてだぁ? お前がそれを言うのか?」
レオナルド――いや、ライオンヘッドは剣を振りかぶる。
――ガキンッ!!
鋭い剣撃。
速さではなく、“重さ”で押す一撃。
ペルシャが、辛うじて受け止める。
「っ……!」
「軽いな」
一言。
それだけだった。
再び斬撃。
連続。
無駄がない。
感情もない。
ただ、正確に急所を狙ってくる。
「レオ兄……!」
「その呼び方はやめろ」
ぴたり、と言葉を切る。
声は低い。
だが、怒りは感じられない。
それが逆に、不気味だった。
「……もう関係ない」
カン、と剣を弾く。
距離が開く。
だが、すぐに詰められる。
「お前と俺は」
踏み込み。
「とっくに終わってる」
斬撃。
受ける。
火花が散る。
「そんな……」
「何が“どうして”だ」
淡々と。
ただ、事実を確認するように。
「お前が選んだんだろ」
一歩。
距離が詰まる。
「王位を捨てて」
「国を捨てて」
「……俺を捨てた」
最後の一言だけ、ほんのわずかに間があった。
「違う……!」
「違わない」
即答。
感情の揺れが、一切ない。
「お前は、何も残さなかった」
剣が、静かに持ち上がる。
「だから俺も、何も残さない」
振り下ろし。
重い。
だが、静かだ。
「それだけの話だ」
ガキィィィィン!!
受け止める。
だが、押される。
ペルシャの足が、後ろへ滑る。
「レオ兄……私は……」
「言い訳はいらない」
切り捨てる。
完全に。
「今さら何を言っても、変わらない」
一歩、踏み込む。
「ここで終わりだ」
バキィィン!
ライオンヘッドの渾身の一撃が、ペルシャのシャムシールを砕き折った。
「くっ!」
「どらぁ!」
ライオンヘッドは、そのままの体勢で、がら空きになったペルシャの腹部を蹴り飛ばした。
ペルシャは衝撃に吹き飛ばされ、大広間の壁に激突する。
「どうだペルシャ! これが今の俺の力だ!」
ライオンヘッドは、自らの力を誇示するように咆哮をあげたのだった。
*
シャムシールと共に、ペルシャの心は折れたかのように見えた。
その身体は脱力し、だらりと壁にもたれかかっている。
「どうした? 立てよ」
ライオンヘッドは、吐き捨てるように言う。
「……本当に……なんで、魔王なんかに……」
「あ? 魔王のジジイか?」
ライオンヘッドは鼻で笑う。
「力をくれたからだよ」
肩を鳴らす。
「……だが、見てろ。そのうち寝首をかいて、俺が魔王になってやるぜ」
「……そこまで堕ちたか。やるしかないみたいだニャ……」
ペルシャの声色が、低くなる。
「あ?」
ライオンヘッドは眉根に皺を寄せる。
「昔から生意気なんだよ! テメェは!」
ライオンヘッドは怒声と共に、大剣を振り下ろした。
「いい加減にしろ」
ペルシャは左手一本で大剣を受け止めた。
――ガキン。
鈍い音とともに、剣が止まる。
そして、
グニャリとライオンヘッドの大剣がひしゃげた。
ペルシャの竜血特性だ。
彼女は、触れたものを柔らかくする能力を持っていた。
「なっ……!?」
バキィ!
ペルシャは折れたシャムシールを放り投げ、
そのままライオンヘッドの顔面を思い切り殴りつけた。
グニャリ……と顔面が歪む。
そして反動を伴って元に戻る。
瞬間、ライオンヘッドの巨体は吹き飛んだ。
壁に激突し、今度はライオンヘッドが壁にもたれ掛かる。
「立てよ。レオ兄。いや、ライオンヘッド」
ペルシャは、ゆっくりと構える。
「その、腐った性根――叩き直してやるニャ」
ペルシャは、ライオンヘッドを睨み据えるのだった。




