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反動と小休止

風が、吹いた。

赤い砂がさらさらと流れ、先ほどまでの凄惨な光景を、ゆっくりと覆い隠していく。

誰も、すぐには動かなかった。

ただ、そこに立っていた。

戦いが――終わったことを、身体が理解するのに時間がかかっていた。

ミイナは、ようやく息を吐いた。

「……終わった……?」

声は、かすれていた。

誰に聞くでもない問いだった。

『ああ』

モノが短く答える。

それだけで、十分だった。

張り詰めていた何かが、ぷつりと切れる。

ミイナの膝が、わずかに震えた。

力が抜ける。

その場に座り込みそうになるのを、なんとか堪えた。

「よかった……」

ぽつりと、こぼれる。

その言葉に、ようやく実感が追いついた。

終わったのだと。

本当に。

風が、もう一度吹く。

骨も、血も、炎の痕も。

すべてを、均していくように。

まるで最初から何もなかったかのように、砂漠は静けさを取り戻していく。

だが。

完全には消えない。

地面に刻まれたクレーター。

焼け焦げた砂。

そして、空気に残るわずかな鉄の匂い。

確かに、ここで戦いはあった。

クロスケが、ゆっくりと空を見上げる。

『……静かでござるな』

誰も答えない。

それが答えだった。

シャオティエンが、低く息を吐く。

『……終わったか』

その声には、怒りも、憎しみもなかった。

ただ、長いものが一つ終わったような――そんな響きだった。

竜たちは、もう吠えなかった。

ただ、じっとその場に佇んでいる。

まるで、何かを見送るように。

ミイナは、フィリアの方を見た。

フィリアは、少し離れた場所に立っていた。

いつものように、優雅に。

何事もなかったかのように。

だが。

その横顔は、どこか遠くを見ていた。

「フィリアさん……」

呼びかけると、ゆっくりと振り返る。

「あら?」

いつもの声。

いつもの表情。

まるで、さっきまでのことが嘘のように。

「どうかなさいまして?」

その言葉に、ミイナは一瞬だけ言葉を失った。

さっきの姿が、頭から離れない。

あの冷たい瞳。

あの声。

まるで別人のようだった。

「……ううん」

結局、それ以上は聞けなかった。

フィリアは、ふわりと微笑む。

「そうですか」

それだけだった。

ハイランドが、大きく息を吐く。

「はぁ……さすがに、疲れましたね……」

その言葉に、張り詰めていた空気が少しだけ緩む。

「同感でござる」

クロスケも頷く。

「今日はもう、休むべきです」

「そうだニャ……さすがに動けないニャ……」

ペルシャもその場に腰を下ろした。

ミイナは、もう一度モノを見る。

「モノ」

呼びかける。

だが。

モノは答えなかった。

「……モノ?」

一歩、近づく。

その時だった。

ぐらり、と。

モノの身体が、わずかに揺れた。

「っ!?」

次の瞬間。

ドサッ――

音を立てて、モノが崩れ落ちた。

「モノ!!」

ミイナが駆け寄る。

慌てて身体を支える。

重い。

その身体は、力が抜けきっていた。

「モノ!しっかりして!」

呼びかける。

だが、反応がない。

呼吸はある。

だが、浅い。

「これって……!」

ミイナの声が震える。

クロスケが、静かに近づいてくる。

『……反動でござるな』

低い声だった。

「反動……?」

『あの力でござる。無事で済むはずがない』

ミイナは、モノの顔を見る。

苦しそうではない。

だが、完全に意識を失っている。

「そんな……」

胸が、ぎゅっと締め付けられる。

さっきまで、あんなに戦っていたのに。

あんなに強く。

あんなに――

「……モノ」

小さく、名前を呼ぶ。

返事は、ない。

風が吹く。

砂が、静かに流れる。

戦いは終わった。

けれど――

すべてが終わったわけではない。

ミイナは、そっとモノの頭を支えた。


* 


その場で、即席のテントを張り、キャンプをすることになった。

岩場も何もなく、キャンプには向かない場所だが、竜達が風除けの役目をしてくれていた。

テントの中にモノを寝かせると、解呪の効果が無くなり、いつの間にか黒猫の姿に戻っていた。

「……小さくなったね」

ミイナは、ぽつりと呟いた。

さっきまでの戦いが、まるで嘘みたいだった。

あれだけの力。

あれだけの存在感。

それが今は、掌に収まりそうな黒猫一匹だ。

「……本当に、同じ人なんだよね」

返事はない。

ただ、静かな寝息だけがある。

ミイナは、そっと手を伸ばした。

触れるのを、一瞬だけ躊躇う。

けれど、指先でそっと毛並みに触れた。

柔らかい。

温かい。

それだけで、ほんの少し現実に引き戻される。

「……」

テントの外では、風が鳴っている。

砂が擦れる音。

低く、長く続く音。

竜たちが壁のように外を囲っているはずなのに、それでも風は完全には止まらない。

この場所が、どれだけ過酷なのかを思い出させる。

ミイナは、モノの顔をじっと見つめた。

「……ねえ」

小さく呼びかける。

当然、反応はない。

それでも続けた。

「さっきの、あれ……」

言葉を探す。

うまくまとまらない。

「怖かったよ」

正直な言葉だった。

強さじゃない。

勝ったことでもない。

あの目。

あの空気。

あれが、少し怖かった。

「……でも」

ミイナは、少しだけ目を細める。

「助けてくれたんだよね」

矛盾した気持ちが、胸の中に残っている。

怖い。

でも、安心もしている。

その両方が、消えないまま混ざっていた。

「……ずるいなあ」

小さく笑う。

「一人で全部やろうとするの」

指先で、そっと頭を撫でる。

黒猫は、わずかに身じろぎした。

それだけで、少しだけ心が軽くなる。

「……私、ちゃんと見てたよ」

誰に聞かせるでもない言葉。

「ちゃんと、全部」

だから。

逃げられない。

見なかったことにも、できない。

「……次は」

言いかけて、止まる。

まだ言葉にするには、少し重かった。

その代わりに、そっと身体を寄せた。

「……無理しすぎ」

それだけ言った。

テントの外で、何かが動く気配がした。

竜だろう。

低く、地を鳴らすような音。

その存在が、頼もしくもあり、少し遠くも感じる。

ミイナは、ゆっくりと横になった。

モノと、同じ高さに。

視線を合わせるように。

「……おやすみ」

小さく呟く。

風の音が、返事の代わりだった。

しばらく、目は閉じなかった。

ただ、黒猫の呼吸を見ていた。

それが確かに続いていることを、確かめるように。

やがて。

ゆっくりと、瞼を閉じる。

不安も、疑問も、そのまま抱えたまま。

それでも。

ほんの少しだけ――安心して。

眠りに落ちていった。



翌日は快晴だった。

砂漠の日差しが容赦なく降り注いでいる。

モノは呑気に起きてきて、伸びをした。

ミイナは心配して駆け寄る。

「モノ!もう大丈夫なの?」

「何がだ?」

モノは欠伸混じりに言った。

黒猫の姿のまま、のんびりと背を伸ばす。

まるで、昨日の死闘などなかったかのように。

「な、何がって……!」

ミイナは言葉に詰まる。

「昨日、あんなに……!」

「……ああ」

モノは一瞬だけ目を細めた。

だが、それもすぐにいつもの調子に戻る。

「別に、よくあることだ」

「よくあることじゃないでしょ!」

思わず声が大きくなる。

「倒れたんだよ!? 意識なくして!」

「寝てただけだ」

「寝てたって感じじゃなかったよ!」

ミイナは詰め寄る。

黒猫の顔を覗き込むように。

「本当に大丈夫なの?」

今度は、少しだけ声が弱かった。

モノは、その視線を受けて、少しだけ黙る。

それから、ふっと鼻を鳴らした。

「大丈夫だ」

短い言葉だった。

けれど――

「……ほんと?」

「ああ」

今度は、少しだけ真面目な声だった。

ミイナは、じっとモノを見る。

嘘は、言っていない。

でも、全部も言っていない。

そんな感じがした。

「……そっか」

それ以上は聞かなかった。

聞いても、答えないと分かっているから。

モノは、もう一度ぐーっと身体を伸ばす。

「それより腹減った」

「え?」

「飯は?」

あまりにもいつも通りで、ミイナは一瞬ぽかんとする。

「……あるけど」

「じゃあくれ」

当然のように言う。

ミイナは、少しだけ呆れた顔をした。

「ほんとにもう……」

小さくため息をつく。

でも。

その口元は、少しだけ緩んでいた。

「無理しないって約束して」

不意に、そう言った。

モノの動きが、一瞬だけ止まる。

「……は?」

「約束」

ミイナは、真っ直ぐに見る。

逃がさないように。

「昨日みたいなの、もうダメだから」

モノは、少しだけ目を逸らした。

面倒くさそうに、尻尾を揺らす。

「無茶してねえよ」

「してた!」

即答だった。

一歩も引かない。

「……」

モノは、少しだけ考えるように黙る。

それから――

「……まあ、善処する」

ぼそっと言った。

「約束!」

「うるせえな……」

完全に嫌そうな声だった。

でも。

「……わかったよ」

小さく、付け足す。

ミイナは、ようやく笑った。

「よし」

その様子を、少し離れたところからフィリアが見ていた。

「ふふ……」

小さく笑う。

「いい感じですわね」

クロスケが腕を組む。

『締める者がいるのは良いことでござる』

ハイランドも頷いた。

「ええ。放っておくと、本当に限界までやりますからね」

その言葉に、ミイナは少しだけ複雑な顔をする。

でも。

もう視線は逸らさなかった。

「……行こ」

ミイナは立ち上がる。

強い日差しが、砂漠を照らしている。

遠くには――

まだ見えない、魔王の城。

だが確実に、近づいている。

「次で、終わらせてやる」

小さく、呟く。

そして、ただ、静かにミイナの背を追ったのだった。


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