変身と死竜
闘いは激しさを増していた。
モノの剣とドラゴンヘッドの真紅の拳が幾重にもぶつかり合う。
腕が一本ないはずのドラゴンヘッドは、しかし攻撃の速度を増していた。
ギィン! ドォン! ガガガガッ!!
衝突のたびに空気が弾け、衝撃波が砂を巻き上げる。
二人の足元から、赤い砂が爆ぜるように広がっていく。
もはや人の戦いではない。
大地そのものが、二人の衝突に耐えきれず悲鳴を上げていた。
「おらぁ!」
モノが踏み込む。
斬撃が一閃。
だが、ドラゴンヘッドはそれを拳で弾き、逆に距離を詰める。
『甘い!』
ドォン!!
拳が振り抜かれる。
モノはそれを紙一重で躱す。
だが、風圧だけで身体が浮く。
「……っ!」
着地と同時に、さらに踏み込む。
間合いの奪い合い。
一瞬でも遅れれば、即死。
その極限の中で――
モノは、確かに“追いつき始めていた”。
『ほう……』
ドラゴンヘッドの目が細くなる。
『先ほどとは違うな』
「言っただろ」
モノは笑う。
「ここからが本番だってな」
次の瞬間。
踏み込み。
今度は、完全に“読み勝った”。
剣が滑り込む。
ドラゴンヘッドの脇腹へ――
ズバッ!!
初めて。
確かな手応えがあった。
血が、散る。
赤黒い血が砂を染める。
『……良い』
ドラゴンヘッドは、笑った。
傷を負いながら。
心底、楽しそうに。
『ようやくだ、勇者』
その声には、歓喜すら混じっていた。
『この程度では終わらぬだろう?』
「当たり前だ」
モノの瞳が光る。
空色と金色が混ざり合い、揺らめいている。
「まだ、足りねえ」
ドラゴンヘッドの口元が裂けるように歪んだ。
『ならば――見せてやろう』
次の瞬間。
空気が、変わった。
熱が跳ね上がる。
ドラゴンヘッドの拳を覆っていた真紅の炎が――
全身を覆った。
さらに一段、濃くなる。
ゴォォォォォ……
炎が、渦を巻く。
拳だけではない。
全身が、燃えている。
『これが』
低く、響く声。
『竜を喰らい続けた我が力』
踏み込む。
ドンッ!!
さっきとは次元が違う。
速度が、違う。
重さが、違う。
「……!」
モノが反応する。
だが――
間に合わない。
ドゴォン!!
拳が直撃する。
モノの身体が、一直線に吹き飛ばされる。
砂丘を貫き、さらにその先へ。
ズガァァァン!!
地形が削れる。
ミイナが息を呑む。
「モノ!!」
だが。
砂煙の中から、影が立ち上がる。
ゆっくりと。
剣を支えにして。
「……っは」
息を吐く。
口元から血が垂れる。
だが、笑っていた。
「やっぱり、そう来るよな」
『当然だ』
ドラゴンヘッドが歩み寄る。
『貴様も“まだ隠している”』
一歩。
また一歩。
『それを出せ』
圧が、増す。
『でなければ――ここで終わる』
モノは、剣を握り直した。
その手が、わずかに震えている。
「いいぜ。出し惜しみは出来ないらしいか」
モノの空色の目が、満月の様な黄金色に変化した。
勇者の眼。
“殺戮眼”が発動したのだ。
*
ここからの闘いは一方的だった。
ドラゴンヘッドの攻撃はモノまで届かない。
モノの“殺戮眼”の視界に入った瞬間、空中で寸止めする様に静止した。
そこに容赦なくモノの剣が炸裂する。
剣は、ドラゴンヘッドの体を切り裂き、抉り、傷をつけていく。
『なんと!』
『ならば!これではどうだ!』
ドラゴンヘッドは加速する。
さらに、極限まで研ぎ澄ましたステップで残像を生み出した。
『そこだ!』
残像を置き去りにし、背後からモノに蹴りを放った。
「そうくるよな」
モノは蹴りを剣で軽々と受け止めていた。
「見えてるぜ」
振り向きざまに剣を一閃。
ドラゴンヘッドの胸に、一文字の傷がつく。
『ぐっ!馬鹿な!』
ドラゴンヘッドは距離を取ろうと後ろに飛び退こうとした。
しかし、出来なかった。
モノがドラゴンヘッドの足元を見つめていたからだ。
砂がドラゴンヘッドの脚に纏わりつき、拘束していた。
「くらいやがれ!」
モノの全力で振りかぶった剣の一撃が、ドラゴンヘッドに炸裂した。
ドラゴンヘッドは咄嗟に両腕でガードの姿勢を取る。
しかし、剣は両腕を切断し、ドラゴンヘッドの胴を深々と切り裂いた。
「もう一発!」
モノは回転し、そのまま勢いをつけてドラゴンヘッドを蹴り飛ばした。
ドォン!
ドラゴンヘッドはそのまま吹き飛ばされる。
今度は砂丘を突き破り、砂の上に転がる。
「終わりだ」
モノの瞳がギラリと光る。
砂丘が生き物の様に動き出し、ドラゴンヘッドを包み込んで球体になる。
『グォォォっ!』
ドラゴンヘッドは呻き声を上げる。
球体は収縮し、ギリギリとドラゴンヘッドを締め付けていく。
『勇者ぁあぁぁ!』
バキュッ!
砂が収縮し擦れる音と共に、ドラゴンヘッドは動かなくなった。
*
「モノ!」
ミイナがモノに駆け寄ろうとする。
「まだだ!来るな!」
ズガァァアアアァン!!
ドラゴンヘッドの遺体があるはずだった砂の球体が、内側から弾け飛んだ。
それは――変身だった。
砂煙の中から現れたのは、もはや人の形ではない。
巨大な竜。
翡翠竜の三倍はあろうかという巨体。
真紅の鱗に覆われ、鹿のように枝分かれした角を持つ異形の竜だった。
『これほど巨大になれば――全身を視界に収めることなどできまい!』
その声は、地鳴りのように響く。
『さらに!これを見ろ!』
ゴポ……ゴポゴポ……。
砂漠の地面が、不気味に泡立つ。
次の瞬間――
骨が、突き出した。
一本、また一本。
やがてそれらは集まり、組み上がり、形を成していく。
竜だ。
かつてここで倒れた翡翠竜たちの骨が、生前の姿をなぞるように再構築されていく。
『ドラゴンゾンビだ!』
数十。
それ以上の数の骨竜が、音もなく立ち上がり、一行を取り囲む。
『これで勇者の眼は使えまい!全方位からの同時攻撃――逃げ場はない!』
ミイナは戦慄していた。
死者すら利用するのか。
そして――その戦術は、確かに理にかなっていた。
『おのれ!我が先祖を愚弄するか!』
シャオティエンたちが怒りの咆哮を上げる。
だが。
「待て」
モノが、静かに言った。
「もう終わりだ」
「っ!? モノ!?」
ミイナは思わず声を荒げる。
諦めるというのか。
ここまで来て――?
「そうでござるな。終わりでござる」
「ええ……もう終わりです」
クロスケとハイランドも、淡々と続けた。
「みんな!どうしちゃったの!?なんで諦めるの!?」
ミイナの声だけが、取り残される。
「違えよ」
モノが短く言った。
「終わったのは、あいつの方でござる」
クロスケが、静かに刀を納める。
空気が、変わった。
ぞくり、と。
ミイナの背筋を、冷たいものが這い上がる。
「あらあら。まあまあまあ」
フィリアだった。
ゆらり、と歩み出る。
その動きは、いつもの軽やかさとは違う。
静かで。
重い。
そして――冷たい。
「ここまで死者を愚弄するとは、いい度胸ですわね」
声は柔らかい。
だが、底が凍るように冷たい。
その瞳は――完全に笑っていなかった。
『な、なんだ……!?』
ドラゴンヘッドの声に、初めて動揺が混じる。
フィリアは、そっと指を立てた。
祈るように。
語りかけるように。
「皆様」
その声は、命ではなく――
魂に触れていた。
「無念を、思い出してくださいまし」
静かに、指先が動く。
「本当の敵を」
ドラゴンヘッドを、指差した。
その瞬間。
「グォォォオォオオン!!」
「ギャアアァアアァス!!」
骨竜たちが、一斉に反転した。
標的は――ただ一つ。
ドラゴンヘッド。
『な、何をしている!!我が分からぬのか!?』
巨体が後退する。
だが、遅い。
一体。
二体。
十体。
数十。
無数の顎が、爪が、牙が、同時に襲いかかる。
『ぐっ……!やめろ!やめろぉぉお!!』
真紅の炎が爆ぜる。
骨を焼き砕く。
だが――
倒れても、砕けても、骨は再び組み上がる。
止まらない。
終わらない。
『貴様らァァァ!!』
怒号が、悲鳴に変わる。
「あらあら。分かっておりますとも」
フィリアが、微笑む。
冷たいままの笑みで。
「憎き宿敵だと、思い出しただけですわ」
『聖女めェェェ!!』
「では――百年分の恨みを、たっぷりと味わってくださいませ」
フィリアは、踵を返した。
その背後で。
バキッ!
グシャッ!
ゴキィッ!
骨が砕ける音。
肉が裂ける音。
血が撒き散る音。
やがて――
すべてが、静かになった。
風が、砂をさらう。
何事もなかったかのように。
こうして――
竜喰い砂漠の死闘は、幕を下ろしたのだった。




