竜頭男と竜喰い砂漠
次の日の夜明け前、一行は出発した。
竜達はドラゴンロードを進む。
物凄い速度だった。
景色があっという間に流れ去る。
それでも、レスカリオテは遠い。
竜の背で過ごす事数日、遂に難所である竜喰い砂漠へと足を踏み入れたのだった。
かつて、レスカリオテ平原と呼ばれた広大な土地は魔王の手によって砂漠と化した。
さらに、五十年前はここで竜達は全滅していると言う曰く付きの場所だった。
竜喰い砂漠は、果てのない赤い海だった。
地平線の彼方まで続く砂は、血を吸ったように赤黒く染まっている。
風が吹くたび、乾いた砂がざらりと音を立てて流れ、波のように大地の形を変えていった。
空は高く、雲ひとつない。
だが、その青さはどこか冷たく、生命の気配を拒む色をしていた。
かつてここは、肥沃な草原だったという。
レスカリオテ平原――
風に揺れる草と、豊かな水に恵まれた大地。
だが今、その面影はどこにもない。
あるのは、死だけだった。
砂の上には、白く乾いた骨が点々と散らばっている。
小さな獣のものもあれば、人のものもある。
そして――
巨大な骨。
竜のものだった。
砂に半ば埋もれた肋骨が、まるで折れた柱のように地面から突き出している。
長い脊椎は、砂丘の稜線に沿って埋まり、どこまで続いているのかも分からない。
頭蓋骨は、口を開けたまま風に晒されていた。
その空洞の奥から、ひゅう、と乾いた風が吹き抜ける。
まるで、まだ何かを訴えているかのように。
五十年前。
この地で、翡翠竜たちは全滅した。
その記憶が、大地そのものに刻み込まれている。
風が吹く。
ザァ……と、砂が流れる。
その音は、どこか囁きのようにも聞こえた。
踏みしめるたびに、足元の砂が沈む。
熱を帯びた粒が、じわりと重くまとわりつく。
だが、それ以上に――
何かが、いる。
ミイナは無意識に周囲を見渡した。
何もない。
ただ、赤い砂と骨の世界が広がっているだけ。
それなのに。
「……見られてる気がする」
ぽつりと、呟いた。
『気のせいじゃねえ』
モノが低く言う。
その空色の瞳は、鋭く細められていた。
『ここは“アイツ”の場所だ』
風が止む。
一瞬の静寂。
そして、また砂が流れ始める。
まるで、この砂漠そのものが呼吸しているかのように。
竜喰い砂漠。
それはただの荒野ではない。
命を奪い、記憶を残し、そして――
次の獲物を待ち続ける場所だった。
『止まれ!』
シャオティエンの号令で竜達は一斉に立ち止まる。
風が、止んだ。
乾いた砂を運んでいたはずの風が、ぴたりと途絶える。
耳鳴りのような静寂が、砂漠を覆った。
『……来るぞ』
シャオティエンの低い声が、地を這うように響く。
次の瞬間――
ズドンッ!!
空から、巨大な影が叩きつけられた。
衝撃で大地が沈み、赤い砂が爆ぜるように吹き上がる。
視界が、砂煙に閉ざされた。
やがて。
ざり、と砂が崩れ落ちる音だけが残る。
その中心で、片膝をついた影がゆっくりと立ち上がった。
人の形をしている。
だが、その首から上は――竜だった。
鋭い角。
裂けた顎。
無機質に光る双眸。
全身は竜に釣り合うほどに巨大で、筋肉の塊のような躯体が、砂を軋ませる。
『……まだ、生き残りがいたか』
低く、抑えた声だった。
だが、その視線はただ一点――翡翠竜たちへと向けられている。
空気が、凍りついた。
竜たちがわずかに身構える。
それだけで、この異形の存在が何であるかを、全員が理解していた。
『我が名は――ドラゴンヘッド』
ゆっくりと、言葉を刻む。
『竜を喰らいし者だ』
その言葉と同時に、砂の下から乾いた骨が露出する。
竜のものだ。
巨大な顎骨、砕けた肋骨、風化した鱗の欠片。
ここが何であるかを、思い出させるように。
わずかに、視線が横へと動いた。
モノを見る。
『……貴様が勇者か』
一瞬の間。
『ならば、後だ』
興味を失ったように、視線が外れる。
再び、竜へ。
銀の瞳が細くなる。
『来い』
ただ、それだけだった。
宣告でもなく、挑発でもない。
当然のように、戦いを始める合図。
『再び、我が糧にしてくれる』
ドラゴンヘッドは武道家のように拳を前に突き出し、構えをとる。
『焼き払え!』
シャオティエンの声が轟く。
次の瞬間――
翡翠竜たちの喉奥が一斉に発光した。
青白い光が、内側から溢れ出す。
空気が震える。
温度が一気に跳ね上がり、砂がざわりと鳴いた。
そして――
ドォォォォォォッ!!
白に近い蒼炎が、奔流となって吐き出された。
幾条もの炎が重なり合い、巨大な濁流となって砂漠を呑み込む。
大地が焼け、赤い砂が一瞬で黒く変色する。
さらに熱に耐えきれず、砂は溶け、ガラスのように固まり始めた。
空気が歪む。
視界が揺らぐ。
すべてを焼き切る、破壊の光。
それが、一直線にドラゴンヘッドへと叩きつけられた。
――直撃。
轟音とともに、炎が爆ぜる。
砂煙と蒸気が混ざり合い、周囲を白く覆い尽くした。
誰もが、息を呑む。
だが――
ざり、と。
何かが、歩く音がした。
炎の中から。
黒い影が、ゆっくりと前へ進み出る。
皮膚は焼け、煙を上げている。
それでも、その歩みは止まらない。
『……ぬるい』
低く、吐き捨てるような声だった。
次の瞬間、ドラゴンヘッドの足が大地を砕いた。
ドンッ!!
爆発的な踏み込み。
炎を切り裂き、その巨体が一瞬で間合いを詰める。
拳が、振り下ろされる。
ドゴォッ!!
竜の頭蓋が、音を立てて砕けた。
『次だ』
翡翠竜たちが激昂する。
怒りに任せた突進がドラゴンヘッドに炸裂する。
しかし――
ドラゴンヘッドは、その場から一歩も動かない。
片手で、受け止めていた。
『話にならん』
低く、吐き捨てる。
『五十年、やり直してこい』
掴んだまま、竜の巨体を持ち上げる。
そして――
投げた。
巨大な竜の体が、まるで石ころのように宙を舞う。
ズシャン!!
大地が揺れる。
他の翡翠竜の爪が、すかさず脇腹を抉る――
だが。
傷一つ、つかない。
鍛え抜かれた肉体が、すべてを弾いていた。
『遅い』
ドラゴンヘッドは両手に真紅の炎を纏う。
そして――
消えた。
次の瞬間、連撃。
拳、肘、蹴り。
目にも止まらぬ速度の打撃が、竜たちを叩きのめす。
巨体が、次々と吹き飛ばされていく。
そして――
空中で一回転。
加速。
踵が、振り下ろされる。
『蹴り砕く』
その瞬間。
バキィィィン!!
踵が――止まった。
「そこまでにしとけよ」
モノだった。
ミイナに呪いを解かれた、人の姿の勇者。
振り下ろされた踵を、剣で受け止めている。
勇者と魔王軍幹部。
両者の視線が、ぶつかった。
――決戦が、始まる。




