絆と組紐
砂楼の街ハイトは、かつてのハイト王国の生き残りが作った街だ。
魔王の呪いを逃れた人々が、かつての王国の跡地の廃墟に住み着いたのが始まりとなる。
砂楼の街ハイトは、砂に半ば呑み込まれた街だった。
かつてのハイト王国の石造建築は、今もなおその姿を残している。
だが、その多くは砂に埋もれ、二階や三階部分だけが地上に顔を出していた。
かつては荘厳だったであろう尖塔も、今では途中で砂に断ち切られ、まるで地面から生えた石柱のように見える。
崩れた城壁は砂丘と一体化し、どこまでが人工物でどこからが自然なのか判別がつかない。
風が吹くたび、砂がさらさらと音を立てて流れ落ちる。
建物はゆっくりと、だが確実に砂に沈み続けていた。
それでも――人は生きている。
石の屋根の上には布が張られ、即席の住居となっている。
砂に埋もれた窓は掘り起こされ、新たな出入口として使われていた。
街路はすでに地中に消えているため、人々は屋根から屋根へと渡り歩く。
そこには板が渡され、縄が張られ、独自の“上層の道”が作られていた。
まるで、空に浮かぶ街のようだった。
その中心には市場がある。
かつて王都の広場だった場所。
今では巨大な砂の盆地となり、その上に無数の露店が並んでいた。
布で日差しを遮った簡素な屋台。
干し肉、乾燥果実、香辛料、水を入れた壺。
砂漠を生き抜くための品々が、所狭しと並んでいる。
商人たちの声が飛び交う。
「水だ! 新鮮な水だ!」
「乾燥肉三日分! 安くするよ!」
「旅人かい? ならこの店だよ!」
砂に覆われた世界とは思えないほど、そこには活気があった。
人々の顔には疲労も見える。
だが、それ以上に――しぶとさがあった。
滅びた王国の上で。
砂に呑まれながらも。
それでもなお、この街は生きている。
それが、砂楼の街ハイトだった。
ミイナ達は市場を歩きながら、食料を買い漁った。
主に肉だ。
竜達にはこの量では腹の足しにもならないだろうが、感謝の気持ちを伝えたかった。
結局、肉屋の在庫を全て買い占めて、ハイランドが運んだ。
肉、野菜、香辛料、ミルクなど、大量に買い込んでキャンプ地へ戻ったのだった。
*
夕食は、ミイナの希望通りにミルクシチューになった。
ミイナが奴隷じゃなくなった日、モノとペルシャに初めて会った日に食べたものだ。
ペルシャがまた作ってくれることになった。
竜達には、それぞれ肉の塊を焼いて渡した。
量は足りないが、こちらの気持ちが伝わったのだろう。
皆、口々に礼を言ってくれた。
そして、皆でシチューを食べることになった。
クロスケの呪いも解いて、みんなで食べようと提案したのだが、クロスケは――
『ミイナ殿の力は明日まで温存しておくでござるよ』
と言って聞かなかった。
『それに気持ちだけで十分でござる』
心なしか、案山子の顔が微笑んで見えたのだった。
皆で焚き火を囲んで食事をする。
ミイナは、それだけで嬉しい気持ちが溢れてきた。
焚き火の炎が、ぱちりと音を立てて弾けた。
赤い火の粉が夜空へ舞い上がり、すぐに闇に溶けていく。
砂漠の夜は冷える。
昼間の熱が嘘のように消え、乾いた風が肌を撫でていった。
それでも、焚き火の周りだけは温かかった。
ミイナは両手で器を包み込むように持ちながら、シチューを口に運ぶ。
「……おいしい」
ぽつりと、自然に言葉がこぼれた。
ペルシャが少しだけ誇らしげに胸を張る。
「当然ニャ。私の料理ニャ」
『前よりうまいな』
モノが何気なく言う。
「にゃっ……!」
ペルシャの耳がぴくりと動いた。
「そ、それは当然です! 日々精進しておりますから!」
照れ隠しのようにそっぽを向く。
クロスケが、焚き火越しにその様子を見ていた。
『良い空気でござるな』
低く、しみじみとした声だった。
誰も否定しなかった。
風が吹く。
焚き火が揺れ、皆の影が砂の上で伸び縮みした。
しばらくの間、誰も喋らなかった。
ただ、火の音と、器を持つ小さな音だけが静かに響く。
やがて。
ミイナが空を見上げた。
「……きれい」
砂漠の夜空には、無数の星が広がっていた。
空気が澄んでいるせいか、ひとつひとつの光がやけに近く感じる。
まるで手を伸ばせば届きそうだった。
「こんな星、初めて見た」
『そうか?』
モノも空を見上げる。
『昔から変わってねえぞ』
「うん。でも……」
ミイナは少しだけ笑った。
「今は、ちゃんと見えてる気がする」
その言葉に、モノは何も返さなかった。
ただ、静かに星を見ていた。
遠くで、竜の低い唸り声が響く。
警戒ではない。
眠りにつく前の、ゆったりとした呼吸のような音だった。
「そうでしたわ!」
フィリアが急に胸の前でパンと手を叩いた。
「皆様に渡したいものがありましたの」
『渡したいものでござるか?』
「ええ。これですわ」
フィリアは懐から、色とりどりの何かを取り出す。
「市場で売ってましたので、買ってしまいましたの。組紐でできた御守りですわ」
フィリアが、皆に一つずつ手渡していく。
モノは黒。
ペルシャは白。
ミイナは緑。
クロスケは赤。
ハイランドは黄色。
そして、フィリアは紫だった。
『でも、どうして急に組紐なんだ?』
モノがフィリアに尋ねる。
「仲間の絆ですわ。何があっても、これが私たちが仲間であった証」
ミイナは、胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。
「ありがとう、フィリアさん!」
ミイナはフィリアに抱きついて、感謝を表した。
フィリアの身体は、相変わらず冷たい。
けれど、不思議と嫌ではなかった。
「あらあら。喜んでもらえて嬉しいですわ。それに、縁結びの効果までありますのよ! 皆様、いい恋をなさってくださいまし!」
「そ、そっちが本命じゃないですか……」
ハイランドが呆れて言う。
「もちろんですわ! 私は恋の観測者! 皆様の恋愛を観測するのが生きがいなんですのよ!」
一同のツッコミや呆れが、フィリアに飛んだ。
しかし、ミイナは本当に嬉しかった。
仲間だと認められた気がしたから。
戦いの後も、一緒にいていいのだと言われた気がしたから。
ミイナは、緑の組紐をぎゅっと握りしめたのだった。




