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解呪と翡翠竜

『礼を言うぞ。娘』

翡翠竜はミイナに向かって深々と頭を下げる。

「いいの。元に戻って本当に良かった」

ミイナは笑顔で応える。

『それで、生き残りはお前だけなのか?』

『否、この付近に別れて暮らしておる。五十年前、我々は憎しみに駆られ、同胞同士で殺し合いをしてしまった。数は減ったが、苦肉の策として、バラバラに暮らしておるのだ』

「なるほど。それで、他の竜が見当たらないのですか」

メディアナが頷きながら言う。

『うむ。こうして距離を置いておれば、呪いに呑まれたとしても被害は最小で済む』

翡翠竜はゆっくりと首を巡らせ、周囲の岩棚を見渡した。

『だが……それでも憎しみは消えぬ』

銀色の瞳が、遠い山々へ向けられる。

『魔王への憎しみがな』

『……わかるぜ』

モノが小さく呟いた。

翡翠竜の瞳が、再び黒猫へ向けられる。

『お主……黒猫の勇者モノか……』

竜はしばらく黙ってモノを見つめていた。

やがて、ゆっくりと口を開く。

『………百年前ウーティエンと戦った勇者』

岩棚に静かな空気が落ちた。

モノの尻尾が、わずかに揺れる。

『ああ』

それだけだった。

だが、それで十分だった。

翡翠竜は深く息を吐いた。

『我が先祖ウーティエンは誇り高い竜だった』

モノは何も言わなかった。

ただ、視線を落とす。

『あの戦いに出向く前から、我らのちの世代に言い伝えられてる事がある』

翡翠竜は静かに続ける。

『魔王を許すな』

『……』

『そして』

竜の声が、少し柔らかくなる。

『なにがあっても勇者モノを責めるな、と』

モノの耳がぴくりと動いた。

『すまなかった。我らの前の世代はお前を責めてしまった』

竜はモノを見つめる。

『ご先祖様はお主を信じておったのに…』

沈黙が落ちる。

風が岩棚を吹き抜けた。

ミイナがそっとモノを見る。

黒猫は、黙ったままだった。

やがて、モノが口を開く。

『……だから来た』

翡翠竜が視線を向ける。

『今度こそ終わらせる』

空色の瞳が、鋭く細くなる。

『魔王ヘカトキリオスをな』

岩棚の上で、冷たい風が唸った。

翡翠竜はゆっくりと頭を上げる。

『……ならば』

巨大な竜が、翼のない背をまっすぐ伸ばした。

『我らの呪いを解いてくれ』

ミイナが目を見開く。

「えっ……!」

翡翠竜の銀色の瞳が、静かに輝いた。

『我らが正気に戻れば必ずや力になる』

竜は低く言う。

『我ら翡翠竜の憎しみも、そろそろ終わらせねばならぬ』

そして。

竜は空へ向かって、低く咆哮した。

グォォォォォォォォォ……

その声は、たてがみ山脈の峰々へ響き渡る。

遠い岩峰の向こうから――

同じ咆哮が、いくつも返ってきた。

グォォォォォォォ……

グォォォォォ……

デクサが空を見上げる。

「……来ます」

雲の向こう。

岩峰の影。

いくつもの巨大な影が、ゆっくりと動き始めていた。

翡翠竜たちだった。

長い孤独の時を経て。

今、再び――

竜たちが集まり始めていた。



ウーティエンの孫に当たる竜の名は“シャオティエン”と言った。

シャオティエンとモノ、ミイナ達と三姉妹は次々と襲いくる翡翠竜を迎え撃った。

そして、ミイナは一体一体の呪いを解いていった。

飲まず食わず、休みも取らず疲労困憊であったが、翌日の日の出の頃には全ての翡翠竜が呪いから解放されたのだった。

『勇者モノ、そして少女ミイナよ。改めて礼を言う』

シャオティエンは巨大な首をゆっくりと下げた。

その背後には、数十体の翡翠竜たちが静かに並んでいる。

かつては憎しみに駆られ、理性を失っていた竜たちだった。

だが今、その瞳はすべて白銀の光を取り戻していた。

朝日が山脈の峰々から差し込み、翡翠色の鱗が淡く輝く。

ミイナはふらりとよろめいた。

「だ、大丈夫……」

と言いながら、その場にへたり込んでしまう。

『おい!ミイナ!』

モノが慌てて駆け寄った。

ペルシャもすぐに支える。

「当然です。丸一日、呪いを解き続けたのですよ」

メディアナが呆れたように言った。

「むしろ、まだ意識があるのが奇跡」

シニサも腕を組みながら頷く。

デクサは大きく息を吐いた。

「まあ、無茶するとは思ってたけどね」

ミイナは困ったように笑う。

「でも……これで、もう竜さんたちは争わなくていいでしょ?」

その言葉に、翡翠竜たちは静かに顔を上げた。

やがて。

シャオティエンが、モノへ視線を向ける。

『勇者モノ』

『……なんだ』

『祖父ウーティエンの仇』

竜の銀色の瞳が鋭く細くなる。

『魔王ヘカトキリオス』

重い沈黙が落ちた。

山の風が吹き抜ける。

『我らも討つ』

シャオティエンは静かに言った。

『百年』

『我ら翡翠竜は、この日のために生きてきた』

背後の竜たちが低く唸る。

それは怒りではない。

決意の声だった。

『勇者よ』

シャオティエンは首を下げる。

『我らを導け』

モノはしばらく黙っていた。

やがて、ゆっくりと前に出る。

小さな黒猫だった。

だが、その空色の瞳はまっすぐだった。

『導くとか、そういうのは知らねえ』

モノは言った。

『ただ』

モノは北西の空を見た。

遠く、砂の海が広がっている方向。

『魔王をぶっ飛ばす』

その言葉に、ペルシャが笑った。

「相変わらずニャ」

デクサが肩をすくめる。

「シンプルだね」

ミイナは地面に座ったまま、くすっと笑った。

シャオティエンはゆっくりと翼のない背を伸ばす。

そして。

山脈へ向けて、深く咆哮した。

グォォォォォォォォォ……

その声に応えるように、翡翠竜たちも次々と声を上げる。

山が震えた。

たてがみ山脈全体に、竜の咆哮が響き渡る。

百年の時を経て。

今、再び――

竜と勇者の軍勢が動き出そうとしていた。


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