昔話 復讐と竜喰い砂漠
それからまた五十年の時が過ぎた。
その間にこの大陸は様変わりした。
大陸の覇者、ハイト王国が滅んだことにより、サンサーラ王国が力をつけた。
この地域のほとんどがサンサーラ王国の領内となったのだ。
さらに草原が砂漠へと変貌した。
西のレスカリオテから広がった砂漠は、もはや大陸の半分を飲み込もうとしていた。
モノは失意のどん底にいた。
あれからモノはシャクナ族探しの旅を再開したが、一向に手掛かりは掴めなかったのだ。
そんな折、翡翠竜の世代交代の節目が近づいてきた。
それは、翡翠竜の復讐の時が近づいていることを示していた。
モノは再び、竜の巣を訪れることを決めた。
今度は止めるために。
*
『たのむ!どうか、思いとどまってくれ!』
『出来ぬ! 我らの五十年は、この日のためにあったのだ!』
『相手も、襲撃に来ることはわかっているはずだ! また罠かもしれない!』
『それでもだ! 罠など、踏み潰してくれる!』
『それが出来なかったから、前回敗れたんだ! わかるだろう!?』
『我らを侮辱するか!? 猫の分際で!』
『侮辱なんてしてない! ただ、無駄に死んでほしくないだけだ!』
『それが侮辱だというのだ! よいか? 我らは今度こそ、翼と誇りを取り戻すのだ! お主も来い! 責任を取れ!』
モノの言葉は、竜たちには響かなかった。
結局は押し切られ、竜たちは出陣することになった。
モノも竜の背に乗せられ、渋々と同行することになった。
再びの世代交代だった。
竜の卵を次の世代の翡翠竜に託し、竜たちは出撃する。
目指すはレスカリオテの魔王城。
翡翠竜たちは、ただ真っ直ぐに進軍した。
その進路にあるものなど、一切気にも留めなかった。
『おい! 街があるぞ! 避けろよ!』
『聞こえぬな!』
竜たちは進路にあるあらゆるものを踏み潰して進んだ。
村。
街。
砦。
そのすべてが廃墟と化していく。
この出来事を人々は後に――
「竜災害」
と呼ぶことになる。
そして。
――竜たちは、再び敗れた。
今度はレスカリオテにすら辿り着かなかった。
道中に広がる広大な砂漠へ差し掛かったときだった。
砂嵐の中から、一人の男が姿を現した。
竜の頭を持つ男だった。
赤黒い目を持つその男は、翡翠竜とモノを見上げてニヤリと笑った。
「よく来たな。勇者モノ。
そして翡翠竜どもよ」
男は腕を広げる。
「だが、貴様らはこの“竜喰い砂漠”で息絶えることになる!」
『なにを! ほざくな!』
後にドラゴンヘッドと呼ばれる魔王軍幹部と、翡翠竜たちの戦闘は激しさを極めた。
竜の咆哮。
砂嵐。
魔術の爆発。
砂漠そのものが戦場となった。
モノも戦った。
しかし、まるで相手にならなかった。
戦いについていくことすら出来なかったのだ。
そして――
戦いの結末は、あっけなく訪れた。
最後に立っていたのは、ドラゴンヘッドだった。
翡翠竜たちは、すべて倒れていた。
「残念だったな、竜ども」
ドラゴンヘッドは笑う。
「また、竜血を貰うぞ」
竜の亡骸から血が吸い上げられる。
赤黒い血液が宙に浮かび、やがて巨大な球体となった。
そしてその血の球体は、一直線に魔王城の方角へと飛び去っていった。
こうして――
モノは三度目の敗北を喫したのだった。
*
命からがら逃げ出したモノは、また数年かけて竜の巣に戻っていた。
五十年後の悲劇を、あらかじめ止めようと思ったからだ。
しかしモノが目にしたのは、凄惨な光景だった。
「グルルル!」
「ギャァァァス!」
竜の子供たちは共食いをしていた。
『おい! どうしちまったんだ! やめろ!』
モノは体を張って止めようとするが、黒猫の体ではどうにもならない。
話も通じなかった。
そして理解した。
魔王の呪いだと。
今度は、言葉と知性が奪われたのだ。
モノは竜の子供たちが死んでいくのを、黙って見ているしかなかった。
モノの心は折れた。
そして絶望のまま、時を過ごすことになるのだった。
*
「ようやく見つけました」
とあるオアシスの街で、モノは声をかけられた。
『……なんだ』
「なんだとはなんですか。婚約者に向かって」
『……婚約者? だれだ?』
「ペルシャです。獣王国のペルシャ。随分と探しましたよ。まさか、本当に猫になっているとは」
『うるさい。放っておいてくれ』
モノはそっぽを向いた。
「いいえ。放っておけません。今のあなたは、とても不安定に見えます。希望を持たなくては」
『……希望ね。これ以上、俺にどうしろって言うんだ』
モノは俯きながら言った。
「そうですね。まずはこれを読んでください」
ペルシャは古びた古文書の切れ端を差し出した。
『……これは?』
「ペンタグラム大学の歴史研究室から失敬したものです。千年前にカエルにされた王子について書かれてます」
『……それがどうしたって言うんだ』
「読み飛ばしていいですよ。後半のここからです」
ペルシャは、とある一文を指差した。
《シャクナ族には代々、蛇と盃の紋様の指輪が伝わっている。それは、里のありかを示すための魔道具らしい》
『……! これは!』
「そうです。私も貴方の呪いを解くために歩き回りました。そしてシャクナ族にたどり着いたのです。そしてペンタグラムではこんな噂があります。シャクナ族の生き残りの女の子が奴隷商に捕まったと」
『本当か!?』
「ええ。ですから、探すべきは指輪と奴隷の少女なのです」
『ペルシャ! ありがとう!』
「婚約者ですから、当然のことです。私は一度ペンタグラムに戻ります。更なる情報があるかもしれません」
『ああ! 俺は片っ端から奴隷の少女を見張ることにする! 幸か不幸か、部下みたいなのが増えちまったしな』
「聞きましたよ。この街の野良をみんな力でねじ伏せたそうですね。あまり無茶はしないでください」
『俺が猫に負けるか!』
「貴方もその猫なのですよ」
こうして、モノはペルシャと別れた。
それから何年もの間、モノは奴隷商を追い続けた。
――そして、月日は経ってあの日。
「こんにちは、黒猫さん」
モノはミイナと出会ったのだった。




