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昔話 敗北と呪い

結果から言ってしまうと、モノと翡翠竜たちは敗れた。

惨敗だったと言ってもいい。

そもそも、竜の卵を狙い竜の巣を突いたのは、魔王軍の作戦だったのだ。

すべては翡翠竜を誘き寄せるための罠だった。

レスカリオテ上空に侵入した途端、国土全体を覆う巨大な紫の魔術陣が展開した。

翡翠竜たちは、魔術陣に入った途端、力を失い地上に落下した。

巨大な翡翠色の体が、次々と空から落ちる。

翼は動かず、咆哮も弱々しい。

まるで糸を切られた操り人形のようだった。

『……なんだ……これは……!』

モノはウーティエンの背の上で叫んだ。

翡翠竜の体が、急速に重くなっていく。

『……魔術陣……だ……』

ウーティエンが唸る。

『生命力を……吸われておる……』

次の瞬間だった。

巨大な体が落ちた。

山を砕くような衝撃が地上に響く。

土煙が上がる。

周囲を見渡すと、他の翡翠竜たちも次々と墜落していた。

そして——

地上では黒い軍勢が待ち構えていた。

魔王軍だった。

槍兵、魔術師、巨大な魔獣。

赤黒い目を持つ軍勢だ。

何千という兵が、弱った竜たちを取り囲んでいる。

『……卑劣な……』

ウーティエンが低く唸った。

だが翼はもう動かない。

身体も立ち上がれない。

魔術陣はなおも空に輝いていた。

紫の光が、竜たちの命を吸い上げていく。

そして——

魔王軍が動いた。

槍が突き刺さる。

魔術が降り注ぐ。

弱り果てた翡翠竜たちが、一体、また一体と倒れていった。

『やめろ!!』

モノは叫んだ。

だが黒猫の体では、何もできない。

剣も持てない。

魔術も使えない。

ただ見ていることしかできなかった。

『勇者よ……』

ウーティエンの声が聞こえた。

弱々しい声だった。

『すまぬ……』

「謝るな!」

モノは叫ぶ。

「俺が頼んだんだ! 俺が……!」

巨大な翡翠竜は、ゆっくりと首を動かした。

銀色の瞳が、黒猫を見つめる。

『勇者よ……』

その声は静かだった。

『……生きよ』

次の瞬間。

巨大な槍が、ウーティエンの胸を貫いた。

翡翠竜の体が震える。

銀色の瞳が、ゆっくりと閉じた。

「……ウーティエン……?」

返事はなかった。

その頃には、戦いはもう終わっていた。

翡翠竜たちはすべて倒れていた。

生き残った竜はいない。

空にはまだ紫の魔術陣が輝いている。

魔王軍の兵士たちが戦場を見回していた。

「竜、全滅」

「魔王様の計算通りだ」

「死体は回収しろ。素材は貴重だ」

兵士たちが動き始める。

その中を、黒猫が一匹、静かに歩いていた。

誰も気に留めない。

ただの野良猫だ。

モノは振り返らなかった。

振り返れば、すべて壊れてしまいそうだった。

五十年。

やっと見つけた希望だった。

竜も。

仲間も。

全部、失った。

黒猫は歩き続ける。

レスカリオテの荒れた大地を。

ただ一匹で。

そして。

黒猫は、静かに呟いた。

『……ヘカトキリオス!』

空色の瞳が細くなる。

黒猫の勇者は、再び歩き出した。



『無事でござったかモノ!』

戦場を抜けた頃、クロスケが駆け寄ってくる。

ところどころ布が破け、頭には矢が刺さっていた。

『クロスケ……無事だったか……よかった……』

モノはそこでようやく一息ついた。

『……罠でござったな』

『ああ。完全にやられた……』

『あまり、自分を責めるものではないでござるよ』

『………ああ』

そう呟いた時だった。

上空に人影が現れる。

背の高い老人。

ヘカトキリオスだった。

「皆の者! よくぞやってくれた!」

大音量でヘカトキリオスは叫ぶ。

「我が軍は竜を屠り、完全な勝利を手にした!」

「そして、この勝利により我々は竜の力を手にする!」

「奴らを呪うことによってな!」

ヘカトキリオスが両手を掲げると、翡翠竜の死骸が空中に浮き上がった。

そして翡翠竜の体から血が吹き出し、ヘカトキリオスの眼前で“血の球体”を作り上げていく。

「これほどの竜血があれば、我が呪いは竜にまで達する!」

「血の記憶を辿り、奴らの子々孫々まで呪ってやろう!」

“血の球体”はゆっくりとヘカトキリオスを飲み込んだ。

そして数瞬後——

ヘカトキリオスが、新たな姿で現れた。

まず、若返っている。

もはや老人ではない。

額には赤黒い第三の眼が光る。

背が高く、引き締まった手足を黒いローブが包み込んでいる。

そして変化は、それだけではなかった。

背中から、翡翠竜と同じような翼が生えていたのだ。

「素晴らしい……」

「力が漲る」

「これが、竜の力か」

ヘカトキリオスは両手を二方向にかざす。

「どれ、試してやろう」

紫の光が二方向に飛んだ。

後ほど知ったことだが、この呪いの光は——

一つは、たてがみ山脈の竜の巣へ。

そしてもう一つは、モノ達の故郷であるハイト王国へ直撃した。

この呪いにより、ハイト王国の全国民は砂になって消えた。

さらに、たてがみ山脈では竜たちに呪いが降り注いだ。

「素晴らしい力だ!」

「もうこれで、私に敵うものはこの世にいない!」

「勇者モノよ! いつでもかかってくるが良い!」

「もっとも、猫の姿で何ができるとも思わんがな!」

「フハハハハハ!」

ヘカトキリオスは高笑いと共に、レスカリオテの魔王城へと飛び去っていった。

モノとクロスケは、敗北の悔しさを胸に帰路についたのだった。

たてがみ山脈に戻って来れたのは、数年後のことだった。

猫と案山子の脚では時間が掛かったのだ。

しかし、今度ばかりは歓迎されなかった。

『勇者モノ! 貴様らのせいで、ウーティエンは死んだ!』

まだ若い翡翠竜が糾弾する。

『すまない……』

『それだけではない! これを見ろ!』

翡翠竜は背中を見せるように後ろを向いた。

背には何もなかった。

以前あった緑色の美しい翼そのものが、なくなってしまっていた。

『我らは翼を、空を奪われた! 誇りもだ! 生まれてくる子らもそうだ! 皆、翼がない! 呪われたのだ!』

『…………すまない』

モノは言葉が出ない。

かろうじて、謝罪を口にした。

『勇者モノ! もう帰るがいい! 顔も見たくない!』

『我らはまた力をつけ、魔王から翼を取り戻す!』

モノとクロスケは追い出されるように、竜の巣を後にした。

そしてクロスケは元の村に戻り、モノは再び絶望の底に沈んでいったのだった。


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