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昔話 翡翠の竜と猫勇者

モノはシャクナ族を探し求めていた。

気がつくと、モノ達が呪われてから五十年の時が経過していた。

そして山岳地帯を練り歩くうち、たてがみ山脈の北部で、モノは竜の巣に遭遇した。

『止まれ。黒猫。ここは竜の巣である』

最初に話しかけられた時、モノは歓喜した。

言葉が通じるのだ。

「俺の言葉がわかるのか? 竜!?」

『無論通じる。む? 貴様ただの黒猫では無いな?』

そう言うと、竜は物陰からのそりと姿を現した。

物陰から、ゆっくりと巨大な影が動く。

現れたのは翡翠色の竜だった。

その鱗は深い緑の宝石のように光を帯び、半透明の表面に淡い輝きが流れている。

細長い首の上には、鹿の角のように枝分かれした翡翠の角。

銀色の瞳が静かにモノを見下ろした。

背中では巨大な翼がゆっくりと広がる。

薄い翡翠色の翼膜は光を透かし、淡い緑の光を周囲に落としていた。

長い尾が岩の上を静かに滑る。

巨大な体躯でありながら荒々しさはなく、ただ古い威厳だけがそこにあった。

翡翠竜は低く息を吐いた。

『……なるほど』

銀色の瞳が細くなる。

『貴様、勇者か』

「わかるのか!?」

モノは思わず身を乗り出す。

『ああ。それにしても猫とは。差し詰め、“猫勇者”と言ったところか』

「猫勇者?」

『左様。それ以外に言いようもあるまい』

『で、猫勇者よ。この竜の巣に何用か?』

翡翠竜は威厳たっぷりに問いかける。

「竜。俺は呪われて猫になった。この呪いを解く方法を知らないか?」

『知らぬ』

「………そうか。悪かった。邪魔したな」

モノは明らかに肩を落とした。

言葉が通じるだけでも奇跡だったのだ。

これ以上何も求めることはできない。

モノが立ち去ろうと踵を返した時、声がかけられた。

『待たれよ』

「なんだよ?」

『お主のその呪い、魔王によるものぞな?』

「そうだ。ヘカトキリオスとかいうクソ野郎のせいだ」

『吾輩達もその魔王に難儀しておるのだ』

「何? どう言うことだ?」

『その魔王は我々、“竜の卵”を狙っておる』

「竜の卵?」

モノは鸚鵡返しに問い返した。

『左様。竜の卵は呪術的に特別な意味を持つのでな。奴の部下が何度もやってくる。うるさくて敵わん』

「追っ払えば良いじゃねえか」

モノの率直な物言いが気に入ったのか、竜は大声で笑い出した。

『グワハハハハ! 左様! 確かにその通りぞ! だがな、卵を狙われると言うことは、我々の未来を脅かされると言うことぞ。それは許し難い』

『そこで勇者よ。魔王の居場所を知らんか? 我々と共に魔王を討ち滅ぼそうぞ。さすればお主の呪いも解けるかもしれん』

「本当かよ!! 居場所なら知ってる! ありがとう! 竜!!」

モノは飛び跳ねて喜んだ。

『だが、しばし待たれよ。今年は五十年に一度の産卵の年だ。我々翡翠竜は五十年かけて大人になり、産卵を繰り返す生き物だ。今年の産卵が終わるまでは待たれよ』

「ああ! 俺も五十年待ったんだ! もう少しぐらい待てるさ! 待ってろ! 今、仲間を連れてくる!」

『呪われておるのだろう? どれ、竜血をくれてやろう。少しは呪いに対抗できるやもしれん』

翡翠竜はそう言うと、尻尾を一振りした。

すると血液が満たされた小瓶が現れ、モノの眼前に落ちた。

『持っていくが良い』

「何から何までありがとう!……どうしてそこまで良くしてくれるんだ?」

『グワハハハ! 竜と勇者は古の時代より切っても切れない仲なのだよ! 吾輩の名は“ウーティエン”。よろしく頼むぞ勇者』

「ありがとう! ウーティエン! 俺はモノ。勇者モノだ。この恩は絶対に忘れない!」

『うむ。気をつけて行かれよ』

ウーティエンに見送られながら、モノは仲間探しの旅に出るのだった。


* 


ウーティエンの巣を後にしたモノは、すぐに仲間探しの旅に出た。

五十年前、仲間たちと散り散りになったあの日から、時間だけが流れ続けていた。

最初に向かったのは、クロスケを残してきた村だった。

小さな農村だったはずのその場所は、すっかり様子を変えていた。

家は建て替えられ、道も広くなっている。

人の気配も、かつてよりずっと多い。

五十年という歳月は、村を別の場所のように変えていた。

モノは静かに村の中を歩く。

黒猫の姿では、人々はほとんど気にも留めない。

それは都合がよかった。

「……クロスケ」

小さく呟く。

もちろん返事はない。

モノは村外れの畑へ向かった。

そこは五十年前と、ほとんど変わっていなかった。

風に揺れる麦畑。

畦道。

そして——

畑の真ん中に、一本の案山子が立っていた。

赤色のスカーフ。

色あせた着物。

モノの瞳が細くなる。

「……クロスケ」

案山子は、風に揺れているだけだった。

モノはゆっくりと近づく。

五十年、ここに立ち続けていたのだろう。

モノは小瓶を取り出した。

翡翠竜ウーティエンから受け取った竜血。

「……やってみるか」

モノは案山子の肩へと跳び上がる。

そして藁の胸に竜血を垂らした。

赤い血が藁に染み込む。

静寂。

風だけが吹いている。

その瞬間だった。

ぎしり、と音がした。

案山子の首が、ゆっくりと動く。

帽子の影から、空洞の顔がモノを見下ろした。

そして——

「……モノ?」

かすれた声がした。

モノの尻尾が跳ねる。

「クロスケ!」

案山子の腕が、ぎこちなく動く。

藁が擦れる音がした。

「これは……どういうことでござる」

クロスケは自分の手を見た。

木の腕。

藁の身体。

「拙者……動いているのでござるか?」

モノは肩に飛び乗ったまま笑う。

「ああ! 動いてるぜ!」

「何が起きてるでござる!?」

クロスケが叫ぶ。

「竜血だ」

モノは言う。

「翡翠竜にもらった」

クロスケはしばらく黙っていた。

「……なるほど」

クロスケが笑う。

「それなら」

案山子の武士は静かに言った。

「もう一度、魔王を斬りに行くでござるか」

モノの尻尾が揺れる。

「ああ」

黒猫は答えた。

「次は負けねぇ」

風が麦畑を揺らす。

村の外れで、案山子と黒猫が並んで立っていた。

こうして——

勇者モノの復讐の旅に、最初の仲間が戻ったのだった。



しかし、見つかった仲間はクロスケだけだった。

探しても探しても、ハイランドとフィリアは見当たらなかった。

情報すらない。

と言うより、案山子と黒猫では情報の集めようすらなかった。

竜の巣に戻ったモノとクロスケを、ウーティエンとその仲間達は歓迎した。

『よく来た!勇者!』

『案山子とはこれはまた面白い』

『我々に任せておけ。魔王など一捻りぞ』

この歓迎の様子に、クロスケは案山子の目を丸くした。

「……勇者殿」

クロスケは小声で言った。

「竜とは、こんなに陽気な生き物でござったか」

「知らねぇよ。俺も初めて会った」

モノが尻尾を揺らす。

その時、ウーティエンが大きく翼を広げた。

巨大な翼膜が洞窟の空気を揺らす。

『さて』

翡翠竜は低く言った。

『勇者モノ。約束の時だ』

洞窟の奥。

そこには、いくつもの翡翠色の卵が並んでいた。

岩の上に静かに置かれたそれらは、淡い光を放っている。

若い翡翠竜が、その周囲に集まっていた。

『今年の卵は、後の世代に任せる』

ウーティエンが言う。

『我ら成竜は出陣する』

その言葉に、他の翡翠竜達も頷いた。

『卵は任せよ』

『この巣は我らが守る』

『魔王の部下など近づけぬ』

若い竜達が、卵の周囲に翼を広げて陣取る。

ウーティエンは、ゆっくりと洞窟の出口へ歩き出した。

巨大な体が岩の間を抜ける。

『行くぞ、勇者』

外は高い山の空だった。

断崖の上に立つと、冷たい風が吹き抜ける。

眼下には、たてがみ山脈の深い谷が広がっていた。

翡翠竜達が、次々と外へ出てくる。

巨大な影が山肌に落ちた。

クロスケが呟く。

「……壮観でござるな」

モノは崖の先に立った。

尻尾を揺らす。

「いよいよだな」

ウーティエンが翼を広げた。

翡翠色の翼膜が、太陽の光を透かす。

淡い緑の光が山肌を照らした。

『勇者よ』

竜が言う。

『乗るがよい』

モノは迷わず飛び乗った。

クロスケも、ぎしぎしと藁の体を揺らしながらウーティエンの背に登る。

「案山子が竜に乗る日が来るとは……」

『グワハハハハ!』

翡翠竜が笑う。

『面白いではないか!』

そして。

次の瞬間。

翡翠竜は断崖から身を躍らせた。

巨大な翼が風を掴む。

ドォンッ!!

空気を叩く音が山に響く。

翡翠竜は一気に上昇した。

後ろから、仲間の竜達も次々と飛び立つ。

巨大な翡翠の群れが空へ舞い上がる。

山脈の上空を、竜の影が横切った。

モノは風の中で目を細めた。

「待ってろ」

黒猫は呟く。

「ヘカトキリオス」

翡翠竜の群れは、西の空へと飛翔した。

魔王を討つために。



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