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昔話 戦後処理と魔王認定

「またねー。勇者くーん!」

「ほら、姉様帰りますよ!」

「嫌ニャ!モノと一緒にいるニャ!」

「我儘言わないの。“親父殿”に報告しないといけないでしょ?」

「嫌ニャ!報告なんてソマリとサーバルがすればいいニャ!」

ジタバタ暴れるペルシャを羽交締めにして、美人で野獣隊の面々が帰っていく。

数万を超える獣人たちを率いて。

「なんと言うか、嵐の様な人でしたね……」

ハイランドがため息混じりに言う。

「モテる男は辛いでござるな」

クロスケはモノに向かってニヤニヤ笑いをする。

「うるさい。猫アレルギーの俺の身にもなってみろ」

モノは涙と鼻水が止まらない様だ。

「とにかく、約束通り、奴隷解放に向かうぞ」



バキィ!

玉座の間に鈍い衝撃音が響き渡った。

モノが王の顔面を殴りつけたのだ。

「な!何をする!不敬な!死刑ぞ!勇者を死刑にしろ!」

「なんだと?やれるものならやってみやがれ!」

王とモノが怒鳴り合う。

ハイランドはヒヤヒヤしながら事の顛末を見定めていたが、幸いなことに、モノは死刑にはならなかった。

流石の大臣や官僚達も、今回の獣人騒動には相当、肝を冷やしたらしい。

「国王様、勇者を死刑になど出来ませぬ!」

「そうですとも!そもそも、勇者を捕える事のできる軍がおりません」

「ここは一つ寛大なお心で!」

大臣達が口々に言う。

王は顔を真っ赤にして震えていた。

「だ、だからと言ってだな!王を殴ったのだぞ!国法に——」

「うるせぇ」

モノが一歩前に出た。

玉座の間が一瞬で静まり返る。

モノは王を見下ろした。

「誰のせいでこんなことになったと思ってる」

王が言葉に詰まる。

モノは続けた。

「南の砦は五つ落ちた」

「兵は山ほど死んだ」

「王都は一晩で包囲された」

モノの声は低かった。

「全部、あんたの奴隷遊びのせいだ」

貴族達がざわめく。

王の顔が歪んだ。

「国家の利益のためだと言ったであろう!」

「利益?」

モノは鼻で笑った。

「国が滅びかけてたのにか?」

沈黙。

モノはゆっくりと剣を抜いた。

玉座の間に緊張が走る。

クロスケが小さく呟いた。

「……やりすぎでござる」

ハイランドは額を押さえた。

「頼むから殺さないでくださいよ……」

だがモノは剣を振り上げなかった。

代わりに、剣先を床に突き立てた。

ガンッ!

「条件は一つだ」

王を睨む。

「奴隷を全部解放しろ」

王の顔が引きつった。

「な……何だと?」

「獣王国との約束だ」

モノは腕を組んだ。

「守らなきゃ、次は本気で攻めてくるぞ」

貴族達の顔色が変わる。

それは全員が理解していた。

昨日の夜。

数万の獣人軍が王都を囲んだのだ。

王の声が震える。

「し、しかし奴隷制度は国家の——」

「まだ言うか」

モノの金色の瞳が光る。

「また殴られたいのか?」

王は口を閉じた。

玉座の間は静まり返る。

やがて、大臣の一人がゆっくりと頭を下げた。

「……国王様」

「ここは……勇者殿の提案を受け入れるべきかと」

別の大臣も続いた。

「獣王国との戦争は避けねばなりません」

「王都の兵力では到底——」

王は歯を食いしばった。

やがて。

絞り出すように言った。

「……わ、分かった」

玉座の間の空気が少し緩む。

「奴隷制度は……廃止する」

ざわめきが広がる。

モノは鼻を鳴らした。

「最初からそうしとけ」

そう言って背を向ける。

クロスケが小声で言った。

「勇者殿」

「何だ」

「また王を殴るかと思ったでござる」

モノは肩をすくめた。

「一発で十分だろ」

その時。

ハイランドがため息混じりに言った。

「……勇者様」

「何だよ」

「王を殴って奴隷制度を廃止させた人物として」

眼鏡を押し上げる。

「歴史に残りますよ」

モノは顔をしかめた。

「最悪だな」

モノ達は玉座の間を後にしたのだった。

この後、国内では勇者モノは一人で終わらせた英雄として、獣王国では奴隷解放の英雄として名を馳せることになる。

もっとも、獣王国ではもう一人の英雄ペルシャの婚約者としても有名になるのだが、それはまた別の話である。


* 


それから数ヶ月後、ハイト王国に激震が走った。

西の小国レスカリオテが、たった一人の魔人に滅ぼされたと言う報せが届いたのだ。

その魔人の名はヘカトキリオス。

五年前、先代の勇者を殺し、ハイト王国から出奔した元宮廷魔術師長である。

この一報をうけた大陸教会連合は魔人ヘカトキリオスを正式に“魔王”として認定した。

《ハイト王国、黄昏教の勇者“モノ”、および黄昏教の聖女“フィリア”両名に魔王“ヘカトキリオス”の討伐の任を言い渡す》

これが、大陸教会連合からハイト王国に届いた正式な通達の一文だった。

「自分の国の汚点は自分で雪げということですね」

「みたいだな」

ハイランドの言葉にモノが頷く。

会議室には重たい沈黙が落ちていた。

机の中央には、大陸教会連合の紋章が刻まれた羊皮紙が広げられている。

その文面を、誰もが何度も読み返していた。

魔王ヘカトキリオス。

その名前だけで、部屋の空気は冷えていた。

大臣の一人が小さく言う。

「レスカリオテは……本当に滅びたのですか」

ハイランドが頷いた。

「ええ。城も都市も、軍も……すべて」

「一晩で壊滅したそうです」

ざわめきが広がる。

クロスケが腕を組んだ。

「たった一人で、でござるか」

「報告書にはそう書かれています」

ハイランドは書状の一節を指でなぞる。

「都市防壁、王城、守備軍。すべて魔術によって破壊された、と」

部屋の誰もが言葉を失った。

やがて、一人の官僚が震える声で言う。

「それが……魔王」

ハイランドは静かに答えた。

「ええ」

「大陸教会連合が認定した以上、間違いなく“魔王”です」

沈黙が落ちる。

そして、視線が一人の男に向いた。

勇者モノ。

窓際の椅子に座り、書状をぼんやりと眺めている。

クロスケが言う。

「勇者殿」

「何だ」

「どうするでござるか」

モノは少しだけ考えた。

やがて、ため息をつく。

「どうするも何もねぇだろ」

椅子から立ち上がった。

剣を肩に担ぐ。

「命令だ」

ハイランドが静かに言う。

「不服ですか?」

モノは首を振った。

「いや」

空色の瞳が細くなる。

「むしろちょうどいい」

部屋の空気が変わった。

モノは窓の外を見た。

王都の街並みが広がっている。

そして小さく呟いた。

「五年ぶりか」

その声は低かった。

「ヘカトキリオス」

モノは剣の柄を軽く叩いた。

「今度は逃がさねぇ」

部屋の誰もが、その言葉の重さを理解していた。



「お久しぶりですわね。勇者様」

聖女フィリアがモノに向かって優雅に一礼して見せた。

「ああ。そうだな」

「あら?そっけないのですね」

「そうか?こんなもんだろ」

「せっかく、これから共に旅に出ると言うのに、不安になりますわ」

フィリアはため息混じりに言う。

「旅と言っても、楽しいものじゃねぇだろ」

「いいえ。旅は楽しんでするものですわ。どんな目的があろうとも」

そうしていると、ハイランドとクロスケが向こうからやってきた。

「お、フィリア殿お久しぶりでござるな」

「まさか、この四人だけで魔王討伐の旅に出るとは」

そうなのだ。

魔王討伐はこの四人で向かう。

軍の出動を要請しなかったわけでは無い。

王が止めたのだ。

「何故、私の軍をこの様なことに使う必要がある?勇者がいればよかろう」

モノに殴られたことをいまだに根に持っている様だった。

今度ばかりは大臣達の説得にも応じず、モノ達はたった四人で魔王討伐の旅に出ることになった。

「我が王ながら困ったものです。本来なら軍の主力を持って当たる相手ですよ。魔王とはそう言うものです」

ハイランドはため息混じりに言う。

「まぁ、気楽でいいだろ」

モノは肩をすくめて言う。

「今回は“メダリオン”からの討伐隊もきませんのね」

メダリオンとは“討伐隊ギルド”の呼称である。

強大な魔物や、魔王などの討伐に駆り出すのが常であったが、ハイト王国では事情が違った。

「それも、王の仕業でござる。数年前に“メダリオン”の上層部と揉めて、加盟国を脱退してしまったでござるよ」

クロスケはやれやれと言う程だ。

「本当に四人だけですのね。楽しい旅になりそうですわ!」

「なんで、お前はそんなにポジティブなんだよ」

「その方が、楽しいからですわ!新しい恋とか始まっちゃったりして!」

「あれ?フィリア殿って意外と……」

「ええ。薄々感じてはいましたが……」

「面倒くさそうだな……」

三人は顔を見合わせる。

「なにを、しんみりしておりますの?出発ですわ!出発!」

フィリアが両手を叩くように言った。

モノは頭をかきながらため息をつく。

「お前、本当に魔王討伐に行く自覚あるのか?」

「ありますわよ」

フィリアは胸を張る。

「でも旅は楽しくするものですもの」

「……はぁ」

モノは肩をすくめた。

クロスケが笑う。

「まぁまぁ、勇者殿」

「こういう者が一人くらいいた方が、旅も明るくなるでござるよ」

ハイランドも小さく頷いた。

「確かに。暗い顔で魔王討伐に向かうよりは健全ですね」

「お前らまで……」

モノはぼやきながら歩き出す。

四人は城の回廊を抜け、石畳の道を進む。

やがて、王城の正門が見えてきた。

巨大な門はすでに開かれている。

そして——

その先には、大勢の人影があった。

「……なんだ?」

モノが眉をひそめる。

門の外。

広場には人々が集まっていた。

兵士。

商人。

子供。

老人。

王都の住民たちだった。

ざわめきが広がる。

「勇者様だ!」

「勇者モノ様だ!」

「聖女様もいらっしゃる!」

歓声が広場に広がった。

モノは少しだけ驚いた顔をする。

クロスケが小さく笑った。

「勇者殿」

「何だ」

「嫌われているわけではないようでござるな」

ハイランドも穏やかに言った。

「むしろ英雄扱いですね」

モノは鼻を鳴らす。

「勝手に言ってるだけだ」

だが。

子供が前に出てきた。

小さな手を振っている。

「勇者さまー!」

「魔王やっつけてー!」

その声に、広場の人々が笑った。

フィリアがそっと手を振り返す。

「もちろんですわ」

優雅に微笑んだ。

「必ず帰ってきます」

歓声が起きた。

「勇者様ー!」

「気をつけて!」

「魔王を倒してくれ!」

クロスケが門を見上げる。

「……さて」

刀の柄に手を置いた。

「行くでござるか」

ハイランドも頷く。

「ええ」

モノは少しだけ空を見上げた。

青い空が広がっている。

そして。

「……行くぞ」

勇者は門をくぐった。

四人の背中を、王都の歓声が押し出す。

こうして——

勇者モノ一行の魔王討伐の旅が、始まった。


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