昔話 城壁と美女で野獣隊
“美女で野獣隊”の彼女達は速かった。
そして強く、美しかった。
城壁の上からの弓兵の狙撃は、見てから躱す。
もしくは叩き落とした。
瞬く間に城壁に取り付き、爪を立てて登り始めた。
「なんでござるか……めちゃくちゃな身体能力でござるな!」
「言ってる場合ですか! 来ますよ!」
城壁を登り切った彼女達は、城壁の上で犇く兵達に突進した。
槍の列が一瞬で崩れる。
「オラオラ! 相手にならないよ!」
豹の獣人が兵を蹴散らしながら言う。
「歯ごたえがありませんこと」
狐の獣人も涼しい顔で剣を振るう。
「もっと、強い男をだせぇ! 勇者をだせぇ!」
狼の獣人は牙を剥き出しに戦っている。
「勇者様! 被害が甚大です! 御出陣を!」
「うるせぇな」
モノは乱戦を繰り広げる三人の獣人を睨んだ。
金色の瞳で。
次の瞬間だった。
三人は、見えない力に吹き飛ばされる様に城外へ弾き出された。
「うっ!」
「きゃっ!」
「うわっ!」
三者三様に弾き飛ばされた彼女達は、くるりと身を翻し着地する。
「……! なんですか、今のは」
ペルシャが驚いた様に目を丸くする。
「おっどろいたー。あれが勇者!」
「見ましたか? 遠目でしたけどいい男じゃありませんでした?」
「勇者ァァ! 勝負しろ!」
吹き飛ばされた三人は、早くも体勢を立て直した様だ。
「お姉様方だけズルい!」
「アタシたちも勇者君に会いたい!」
「隊長! 止めないで!」
更に前線に獣人たちが躍り出る。
低い唸り声が、夜の戦場に広がった。
弾き飛ばされた三人の獣人が、ゆっくりと立ち上がる。
狼の獣人が首を鳴らした。
ゴキッ、と乾いた音が響く。
「へへ……」
牙を剥き出しに笑う。
「今のは効いたぜ、勇者」
豹の獣人が肩を回した。
「でもさぁ」
にやりと笑う。
「まだ遊びは終わってないんだよね」
狐の獣人が静かに息を吐く。
「少し、本気を出しましょうか」
その瞬間だった。
三人の身体から、ぶわりと獣の気配が噴き出した。
筋肉が膨れ上がる。
毛並みが逆立つ。
瞳が、獣の光を帯びる。
狼の獣人の背が一回り大きくなる。
豹の獣人の爪が、刃のように伸びた。
狐の獣人の尾が大きく広がる。
だが――
変化したのは三人だけではなかった。
城壁の下。
美女で野獣隊の獣人たちが、一斉に唸り声を上げた。
「うおおおおお!」
「行くよ、みんな!」
「勇者はアタシ達のもの!」
次の瞬間。
十数人の身体が同時に膨れ上がる。
毛並みが逆立ち、筋肉が盛り上がる。
瞳が夜の中で光を帯びた。
獣化第二形態。
美女で野獣隊の全員が、同時に変化したのだ。
城壁の上の兵士達がどよめく。
「な、なんだ……!」
「数が増えた……!」
クロスケが刀に手をかけた。
「……これはまずいでござるな」
ハイランドが冷静に言う。
「精鋭部隊の獣化。兵士では止まりません」
その瞬間。
狼の獣人が地面を蹴った。
ドンッ!!
石畳が砕ける。
「行くぞぉぉぉ!!」
豹の獣人が笑う。
「勇者ァ! 逃げるなよ!」
狐の獣人も剣を構える。
「今度は城壁ごと崩して差し上げますわ」
次の瞬間。
美女で野獣隊、全員が跳んだ。
先程とは比べ物にならない速度。
十数の影が、夜空を裂いて城壁へと襲い掛かる。
クロスケが呟く。
「……来るでござる」
ハイランドが静かに言った。
「これは……」
城壁の縁。
モノはゆっくりと立ち上がった。
金色の瞳が細くなる。
「……面白ぇ」
勇者は、静かに笑った。
*
彼女達は一斉に飛び上がる。
そして城壁にたどり着く前に、止まった。
「え?」
「うそ?」
「きゃっ!」
「なに?」
空中だった。
城壁まであと数メートル。
跳躍の勢いのまま飛んでいたはずの身体が、まるで見えない壁にぶつかったかのように静止している。
狼の獣人が腕を振るった。
「な、なんだこれ!?」
爪が空を切る。
しかし身体は一歩も前へ進まない。
豹の獣人が空中で身を捻る。
「動かない!?」
狐の獣人が驚いたように目を見開いた。
「……空間魔術?」
城壁の上。
モノは立ったままだった。
指一本動かしていない。
ただ、見ているだけだ。
金色の瞳で。
ハイランドが小さく息を吐く。
「勇者の眼……」
クロスケが低く呟く。
「空中で止めたでござるか……」
城壁の前。
十数人の獣人レディ達が、空中に並んでいた。
まるで標本のように。
その瞬間だった。
ぎり、と空気が軋む。
見えない力が働いた。
「え——」
次の瞬間。
ドンッ!!
美女で野獣隊の身体が、同時に弾き飛ばされた。
「きゃああ!」
「うわあ!」
「ちょっとぉ!」
影が夜空に散る。
獣人達は弾丸のような勢いで城外へ吹き飛ばされた。
だが。
彼女達は空中で体勢を立て直す。
くるり、と宙返り。
獣の脚で地面に着地する。
「……やるじゃない」
豹の獣人が笑う。
狐の獣人が目を細めた。
「これは……」
狼の獣人が牙を剥く。
「ますます欲しくなったぜ」
城壁の上。
モノは腕を組んだ。
「雑魚が多すぎる」
静かに言った。
「一番強いやつ呼んでこい!」
戦場が、静まり返った。
その言葉を聞いていた白猫の将軍が、ゆっくりと笑った。
*
「やれやれ。結局は私の一騎打ちではないですか」
ペルシャが肩をすくめて言う。
「あ、姉様嬉しそう」
「強すぎて、男が寄ってこないからな。チャンスに巡り会えて嬉しいんだろ」
「うるさいですよ。ソマリ、サーバル」
ペルシャは小さくため息をつくと、城壁の上に立つ勇者を見上げた。
月明かりの中、勇者は城壁の縁に立っている。
金色の瞳がこちらを見下ろしていた。
「……あれが勇者」
ペルシャは小さく呟く。
その声には、先ほどまでの軽口とは違う、わずかな熱が混じっていた。
「隊長?」
ソマリが首を傾げる。
ペルシャは尾をゆっくり揺らした。
「確かに……強そうですね」
「でしょ?」
サーバルがニヤニヤする。
「でも姉様」
ソマリが静かに言った。
「城壁ですよ」
「ええ」
ペルシャは頷く。
「普通なら、攻城戦です」
獣人の軍勢は王都を取り囲んでいる。
兵力は圧倒的。
時間をかければ、城は落ちるだろう。
だが——
ペルシャは空を見上げた。
月は高い。
夜風が平原を吹き抜けている。
そして、城壁の上の勇者は。
逃げようともしない。
ただこちらを見ている。
まるで——
「来い」
と言っているようだった。
ペルシャは小さく笑った。
「いいでしょう」
銀の鎧が、かすかに鳴る。
「勇者モノ」
彼女は一歩前に出た。
「その挑発、受けて立ちます」
ソマリがため息をつく。
「また始まりましたね」
サーバルは楽しそうに笑った。
「姉様、絶対止まらないやつだ」
ペルシャは振り返らない。
「後は任せます」
その一言だけを残す。
そして——
次の瞬間だった。
地面が爆ぜた。
ペルシャの身体が、矢のように跳び上がる。
一直線に。
城壁へ。
クロスケの目が見開かれた。
「……来るでござる!」
ハイランドが叫ぶ。
「モノ!」
しかしモノは動かなかった。
城壁の縁に立ったまま。
ただ、近づいてくる白猫の将軍を見つめている。
金色の瞳が、静かに細くなる。
「……なるほど」
モノは小さく呟いた。
「お前がペルシャか」
月明かりの中。
白猫の将軍が、城壁の高さへと迫る。
そして——
城壁の縁に、軽やかに着地した。
銀の鎧が月光を弾く。
尾がゆっくり揺れた。
ペルシャは剣を抜く。
そして、勇者を見た。
「獣王国軍総大将、ペルシャ」
優雅に名乗る。
「勇者モノ」
「貴方に決闘を申し込みます」
夜風が吹いた。
城壁の上。
勇者と将軍が、向かい合う。
戦場の喧騒が、遠くに感じられた。
モノはゆっくりと立ち上がる。
首を鳴らした。
「いいぜ」
黒猫の勇者が笑う。
「来いよ」
その瞬間。
二人の殺気が、夜を震わせた。
一騎打ちが始まろうとしていた。




