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昔話 白猫と戦争

「あの馬鹿王、またやりやがった!」

モノは玉座の間へと急いでいた。

傍には、宮廷魔術師長となったハイランドと、騎士団のエースに成長したクロスケが控えている。

勇者オゼロの死から、五年が経過していた。

ペンタグラムの敗戦以来、表向き王は大人しくしているように見えた。

しかし裏では、奴隷貿易に手を染め、獣王国の逆鱗に触れていたのだ。

獣王国はハイト王国に宣戦布告。

南から上陸した獣王国軍は、すでに五つの砦を落とし、王都の眼前にまで迫っていた。



玉座の間の扉が乱暴に開かれた。

重々しい音が広間に響く。

赤い絨毯の先、玉座には王がふんぞり返って座っていた。

周囲には貴族や役人が並び、空気は妙に静まり返っている。

モノはそのまま玉座の前まで歩いた。

礼はしない。

ただ、王を睨みつけた。

「説明してもらおうか」

低い声だった。

王は不機嫌そうに眉をひそめた。

「勇者モノ。貴様、王の前だぞ」

「だからなんだ」

広間の空気が凍りつく。

クロスケが小さくため息をついた。

ハイランドは頭を抱えている。

「貴様……口の利き方というものを——」

「奴隷貿易だ」

モノの声が王の言葉を遮った。

「やったのか。やってないのか」

王の表情がわずかに歪む。

「……国家の利益のためだ」

その瞬間だった。

バンッ!!

モノの拳が玉座の間の柱に叩きつけられた。

石が砕け、破片が床に散る。

貴族たちが悲鳴を上げた。

「利益だと?」

モノの声は低く、震えていた。

「獣王国に喧嘩売るのが利益か?」

「五つの砦が落ちてる」

「王都まであとわずかだ」

モノは一歩前に出た。

玉座の前まで歩く。

「何人死ぬと思ってる」

王は鼻で笑った。

「勇者の仕事だろう」

その瞬間だった。

殺気が玉座の間を満たした。

モノの金色の瞳が、わずかに光る。

空気が重くなる。

貴族たちは青ざめた。

クロスケが静かに言う。

「……モノ」

しかしモノは止まらない。

「勇者?」

低く呟いた。

「勇者は便利だな」

「王がどれだけ馬鹿をやっても、尻拭いしてくれるんだから」

玉座の間は完全に静まり返っていた。

モノは王を真っ直ぐ見つめた。

「次はないぞ」

「この国を潰すのは敵じゃない」

「お前だ」

沈黙が落ちた。

そしてハイランドが、深くため息をついた。

「……勇者様」

「とりあえず、軍議を始めましょう」

「敵は待ってくれませんので」



「まず、その“勇者様”ってのをやめろよ、ハイランド。固っ苦しい」

「礼儀や作法というものがあるのですよ、モノ」

ハイランドはため息混じりに言う。

「そうでござるよ。いつもいつも、モノの言動にはハラハラさせられるでござる」

クロスケもそれに倣った。

「うるせぇ。今回はあの馬鹿王が悪いだろ。殴らなかっただけマシだ」

モノの機嫌は治らない。

「で、状況は?」

モノは作戦参謀へ視線を向けた。

作戦参謀は頷くと、机の上に一枚の地図を広げた。

王都周辺の軍用地図だ。

赤い駒が南部に並んでいる。

「敵軍は獣王国の遠征軍。推定三万」

「三万か」

クロスケが腕を組む。

「南部砦はすでに五つ陥落しているでござる」

「守備隊は?」

「ほぼ壊滅です」

ハイランドは淡々と答えた。

モノは舌打ちした。

「クソ王の奴隷遊びのせいで、兵がどれだけ死んだと思ってる」

ハイランドは続ける。

「敵軍の進軍速度は異常です。通常の軍隊の三倍近い」

「理由は?」

モノが短く問う。

ハイランドは指で地図の一点を示した。

「指揮官です」

「指揮官?」

クロスケが眉をひそめる。

「獣王国軍の前線指揮官は一人」

ハイランドは少しだけ間を置いた。

「白猫の獣人——白美のペルシャ」

モノの耳がぴくりと動いた。

「……聞いたことないな」

クロスケは首を傾げる。

「しかし、その名は獣王国でも最近急速に広まっているでござる。若い将軍らしい」

「若い?」

モノが鼻で笑う。

「獣人だろ。どうせ年齢なんて当てにならねぇ」

ハイランドは頷いた。

「戦績は異常です」

指で砦の位置をなぞる。

「五つの砦を三日で落としている」

沈黙が落ちた。

クロスケが小さく呟く。

「……それは、速すぎるでござる」

モノは地図を見つめた。

赤い駒は、まるで一直線に王都へ向かっている。

迷いがない。

「……随分自信家らしいな」

モノが呟く。

ハイランドは静かに言った。

「ええ。どうやら——」

「勇者を狙っているようです」

玉座の間に沈黙が落ちた。

クロスケが低く笑う。

「面白いでござるな」

モノはゆっくりと首を鳴らした。

「いいぜ」

「来るなら相手してやる」

「その白猫将軍とな」



王都の眼前が獣人で埋め尽くされたのは、翌日の夜だった。

昼夜を問わず駆けてきたにも関わらず、獣人達の士気は高かった。

低い唸り声が四方八方から聞こえる。

城壁の上に立つ兵士達は、その光景を見て言葉を失っていた。

獣人は夜目が効くのか松明の火は見当たらない。

夜の平原にはザワつきのみが揺れている。

「……多いでござるな。暗くて遠方までは見えないでござるが」

クロスケが小さく呟く。

城壁の上には、勇者モノと騎士団、そして宮廷魔術師団が並んでいた。

モノは城壁の縁に腰を下ろし、足を外へ投げ出している。

まるで戦場を眺める観客のようだった。

「三万どころじゃねぇな」

低く言う。

「四万……いや、もっといるか」

ハイランドが静かに答えた。

「獣王国の正規軍に加えて、部族兵も動員されています」

「随分、本気じゃねぇか」

モノは夜の軍勢を見下ろした。

狼の獣人。

熊の獣人。

虎の獣人。

巨大な影が、闇の中で蠢いている。

王都を囲むように、ゆっくりと陣形が整えられていく。

「攻城兵器は?」

モノが聞く。

「まだ見えません」

ハイランドが答えた。

「恐らく——」

その時だった。

獣人軍の中央で、影の列が左右に割れた。

まるで道が作られるように。

クロスケの目が細くなる。

「……来るでござる」

松明の光の中を、一人の影が歩いてくる。

小柄な影だった。

だが、その歩みはゆっくりで、迷いがない。

獣人達はその影に道を開けている。

まるで王の行進のようだった。

やがて、その姿がはっきりと見えた。

白い毛並み。

長い尾。

月明かりの下で輝く銀の鎧。

白猫の獣人だった。

「……あれか」

モノが小さく呟く。

白猫は立ち止まった。

王都の城壁を見上げる。

その距離はまだ遠い。

それでも——

モノは分かった。

白猫の視線が、真っ直ぐ自分を見ていることを。

夜風が吹く。

白猫の尾がゆっくりと揺れた。

そして。

その獣人は、はっきりと声を張った。

「勇者モノ!」

戦場に響き渡る声だった。

「獣王国軍総大将、ペルシャである!」

城壁の兵士達がざわめく。

だがモノは立ち上がった。

城壁の縁に立つ。

金色の瞳が夜に光る。

「随分と遠くから呼ぶじゃねぇか」

モノは肩を鳴らした。

「用があるなら、上がって来いよ」

一瞬の沈黙。

そして。

白猫の将軍——ペルシャは笑った。



「隊長!ここまできてそれはないわ!」

「そうです!単騎駆けなんて許しませんわ!」

女の声だった。

モノは後ほど知ったのだが、ペルシャには近衛の兵達がいた。

“美女で野獣隊”。

通称“ビューティービースト”。

女性獣人のみからなるこの部隊は、容姿端麗な美女揃いというだけでなく、勇猛果敢な事でも名を馳せていた。

自分より強い雄を見つけて伴侶にしてもらう為に戦場へ赴いているとかいう、ふざけた噂もまことしやかに囁かれていた。

その“美女で野獣隊”の獣人達が、ペルシャの背後から叫んでいる。

「隊長はいつもそうです!」

「全部一人でやろうとするんだから!」

「今回は私達が先です!」

白猫の将軍は、小さくため息をついた。

「……お前達」

困ったように尾を揺らす。

「ここは私の見せ場なんですが」

「知るか!」

「戦場は独り占め禁止です!」

「隊長ばっかりズルい!」

次の瞬間だった。

ドドドドドッ!!

獣人の軍勢の中から、十数の影が飛び出した。

しなやかな体躯。

鋭い爪。

月明かりを受けて光る鎧。

狼の獣人。

豹の獣人。

狐の獣人。

美女で野獣隊が、一斉に突撃したのだ。

「おい」

ペルシャが呆れた声を出す。

「……誰が行っていいと言った」

しかしもう遅い。

美女で野獣隊は一気に加速した。

まるで獣そのものだった。

城壁に向かって一直線に駆けてくる。

クロスケが目を細める。

「……速いでござる」

ハイランドが静かに言った。

「精鋭ですね」

城壁の兵士達がざわめく。

「来るぞ!」

「迎撃準備!」

弓兵が弓を構える。

魔術師が詠唱を始める。

だがモノは動かなかった。

城壁の縁に立ったまま、ただその突撃を眺めている。

そして小さく呟いた。

「……いい度胸じゃねぇか」

城壁の下。

美女で野獣隊の先頭に立つ狼の獣人が叫ぶ。

「勇者ァァァ!!」

その瞬間。

モノの金色の瞳が光った。


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