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昔話 継承と聖女

それからの話をしよう。

ハイト王国軍は敗れた。

勇者を失ったことが大きかった。

全軍の士気は下がり、全員が諦めたと言っても過言ではない。

その隙に、サンサーラ王国軍は体制を立て直し、ペンタグラムからモノたちを追い立てるように攻めた。

モノたちはオゼロの亡骸を持って退却するしか道がなかったのだ。

この敗戦に王は怒ったが、それよりも勇者の死の方がショックが大きかったようだ。

公の場で、王はオゼロの亡骸に役立たずと罵声を浴びせたし、足蹴にまでした。

しかし、兵達も国民も一人として笑うことはなかったし、国中が悲しみに暮れていた。

オゼロは偉大な勇者だったのだ。

兵器としてだけではなく、国の象徴としても立派に勇者だった。

モノはオゼロの葬儀の日、初めてそれを思い知った。

ハイト王国の国教は黄昏教だ。

黄昏教では、死者の魂は死後、黄昏という生でも死でもない境界に送られ、永遠の安らぎを得るという教義だ。

葬儀のことを“黄昏送り”といい、司祭や巫女などが行う。

だが、特別な勇者の葬儀は、黄昏教の象徴である“聖女”が行うことになっていた。

「はじめまして、黄昏教の聖女フィリアと申しますわ」

陶器のような白い肌を持つ少女がモノに挨拶をした。

「勇者モノ……」

モノはぶっきらぼうに返答した。

「貴方が、次の勇者様なのですね。ご存知かしら? 代々、勇者と聖女は結ばれてきましたの。婚約者みたいなものですわ」

「知るかそんなこと」

「まあ。照れてらっしゃるの? 先代勇者オゼロ様は若い頃に先々代の聖女様と結婚なさいましたわ。ですけど、先々代の聖女様は早くに亡くなってしまいまして」

知らなかった。

この時改めて、モノはオゼロのことを何一つ知らないのだと思い知らされた。

「どうかなさいました?」

どうやら、難しい顔をしていたらしい。

モノは慌てて首を振った。

「いや、なんでもない」

「ですけど、安心なさって。私、恋は好きですけど、自分自身は観測者でいたいタイプですの」

「は? 何言ってんだコイツ」

「勇者様!」

ハイランドが嗜めるように言った。

「ふふっ。良いんですのよ。この後の予定は聞いてらして?」

「……ああ。葬儀の後、継承の儀式だろ」

「その通りです。継承の儀式は負担が大きいのですわ。ですから、聖女と宮廷魔術師の立ち合いの元、行われるのです」

「ああ。さっさと済ませようぜ」

モノは漆喰で固められた棺を見た。

開ける気にはならなかった。

未だに、あの怪物の様なオゼロが死んだということが信じられなかったからだ。

「葬儀の準備が整いました」

礼服を着た役人が言った。

棺はモノや参列者と一緒に、聖堂へと運び込まれて行ったのだった。



葬儀は、つつがなく執り行われた。

多くの参列者が勇者の死を悼み、涙を流した。

だが、モノは泣かなかった。

そして、葬儀は終わった。

そこからは、勇者の継承の儀式だ。

参列者は退席し、その場に残ったのは、勇者モノ、聖女フィリア、そして見習い魔術師のハイランドだった。

「お前、見習いだろ? 大丈夫なのかよ」

モノが揶揄うように言う。

「ええ。これでも、実力は魔術師団で一番だと自負しております」

「じゃあ、なんで見習いなんだよ?」

「世の常です。年功序列とか、色々あるのです」

「面倒くせえな」

「全くです」

「それでは始めましょうか」

フィリアが穏やかな笑みを浮かべて言った。



フィリアが棺の前に歩み出た。

漆喰で封じられた棺には、黄昏教の紋章が刻まれている。

「勇者の継承とは、勇者の“眼”を受け継ぐことです」

穏やかな声だった。

モノは眉をひそめる。

「……眼?」

「はい」

フィリアは静かに頷いた。

「勇者の力は、この眼に宿ります。代々の勇者は、先代の眼を受け継ぐことで、その力を継承してきました」

ハイランドが横から補足する。

「つまり、オゼロ様の勇者の眼を、モノ殿に移植するということです」

モノは一瞬だけ言葉を失った。

「……マジかよ」

「ご安心ください。痛みはほとんどありません」

フィリアはそう言うと、棺に刻まれた紋章へ手を触れた。

淡い光が広がる。

静かな音とともに、棺の封印が解けた。

蓋がゆっくりと開く。

中には、勇者オゼロの遺体が横たわっていた。

葬儀のために整えられているのだろう。

その表情は、まるで眠っているかのように穏やかだった。

モノは思わず視線を逸らす。

「……さっさとやれ」

フィリアは小さく頷いた。

「では、始めます」

彼女は祈りを捧げる。

「黄昏の境界に在りし魂よ」

「この者の役目は、今ここに終わります」

「どうか安らぎを」

祈りが終わる。

フィリアはそっとオゼロの瞼に触れた。

静かに瞼が開く。

その瞳は、死んでいるはずなのに、かすかに金色の光を帯びていた。

モノが小さく息を呑む。

「……まだ光ってやがる」

「勇者の眼は、持ち主が死んでも力を失いません」

ハイランドが言う。

フィリアは慎重な手つきで、オゼロの瞳に触れた。

淡い光が広がる。

そして次の瞬間――

オゼロの金色の眼球が、静かに浮かび上がった。

血は流れない。

まるで光の中から取り出された宝石のようだった。

二つの金色の眼。

それが空中に静かに浮かんでいる。

モノは呆然とそれを見つめた。

「……それが、勇者の眼か」

「はい」

フィリアはモノを見た。

「モノ様。目を閉じてください」

モノは一瞬だけ躊躇う。

だがすぐに言った。

「……やれ」

モノが目を閉じる。

フィリアはゆっくりと手を動かした。

空中に浮かぶ二つの眼が、モノの顔の前に運ばれる。

次の瞬間。

金色の光がモノの瞳へと吸い込まれた。

モノの体が大きく震える。

「ぐっ……!」

膝が崩れ落ちる。

視界が真っ白になる。

無数の光。

無数の剣。

戦場の記憶。

血の匂い。

そして――

モノの瞳がゆっくりと開いた。

その瞳は、金色に輝いていた。

勇者の眼が、モノに宿ったのだった。

モノは膝をついたまま、荒い息を吐いていた。

視界がぐらぐらと揺れる。

頭の奥が焼けるように痛い。

「……大丈夫ですか」

ハイランドの声が聞こえた。

「うるせえ……」

モノは顔を上げた。

そして――目を開く。

その瞬間だった。

世界が変わった。

音が遠い。

空気の流れが見える。

フィリアの髪が揺れる、その一本一本まで、はっきりと分かった。

モノはゆっくりと瞬きをした。

「……なんだ、これ」

視界の端で、燭台の炎が揺れている。

その動きが、やけに遅い。

まるで時間が引き延ばされたみたいだった。

ハイランドが一歩近づく。

その足の運びも、妙にゆっくり見える。

「……成功のようですね」

ハイランドが言った。

モノは自分の手を見た。

指の動きが、はっきり見える。

いや――違う。

見えているのは、動きだけじゃない。

机の上に置かれた短剣。

壁に掛けられた燭台。

床に散った砂粒。

その全ての位置と重さが、頭の中で理解できた。

モノはゆっくりと顔を上げる。

フィリアを見た。

「……全部、見える」

フィリアは静かに頷いた。

「それが勇者の眼です」

モノは眉をひそめた。

「気持ち悪いな」

「慣れますわ」

モノはもう一度瞬きをした。

その瞬間、視界の奥で何かが変わった。

世界の輪郭が鋭くなる。

ハイランドの肩がわずかに動いた。

その次の動きが、はっきりと予測できる。

モノは小さく呟いた。

「……遅い」

ハイランドが眉を上げる。

「何がです?」

モノは答えない。

ただ、自分の視界を見つめていた。

モノの瞳が、ゆっくりと金色に染まる。

勇者の眼が、初めて開いたのだった。


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