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昔話 勇者オゼロと勇者モノ

「なんだよ……その姿……」

モノは怪物へと変貌したキリオスを見て呟いた。

「神々しいだろう? もはや唯のキリオスではない。魔人ヘカトキリオスと呼んでもらおうか!」

ヘカトキリオスの声は、二重に重なったような不自然な響きを帯びていた。

その時、敵軍の増援の兵士達が駆けつけてきた。

遠くから眺めるだけで脚がすくんでいた兵士たちも、あまりの事態に正気を取り戻したようだった。

「なんだ?」

「化け物……!」

「勇者が化け物と戦っているぞ!」

「何がどうなってる!?」

狼狽える兵士達。

それをヘカトキリオスは横目で見た。

「丁度いい。奴等にも貴様らの相手をしてもらおうか」

ヘカトキリオスが六本の腕を伸ばす。

すると、それぞれの掌に赤黒い眼球が出現した。

「なんだ!?」

「うっ……気持ち悪い……」

「グォぉあ!」

赤黒い瞳に見つめられた兵士たちは、たちまち正気を失った。

そして、額に赤黒い第三の眼が出現する。

「勇者……殺す……」

兵士たちは口々に呟きながら、オゼロとモノに向かって襲いかかった。

一人の兵士が剣を振りかぶる。

その速さは、先程までとは段違いだった。

モノはかろうじて剣で受け止める。

だが、凄まじい力だ。

衝撃が地面まで突き抜ける。

「なんて力だ……!」

モノは奥歯を噛み締めた。

次の瞬間、その兵士は両断された。

オゼロだった。

オゼロは表情一つ変えず、兵士達を斬り続けている。

「ジジイ……」

「敵だ。躊躇うな」

しかし、敵の数はどんどん増えていく。

十、二十、三十。

斬っても斬っても、尽きることがない。

そこに、ヘカトキリオスが黒い雷を放った。

兵士達を巻き込んだ雷撃がオゼロに向かう。

だが、オゼロはかろうじてそれを躱した。

「ダメだ! ジジイ! キリオスをなんとかしねえと!」

モノが戦いながら叫ぶ。

「そうだな」

オゼロはそっけなく答えた。

だがモノには、オゼロの息がわずかに上がっているように見えた。

「モノ」

オゼロがモノの名を呼んだ。

「よく見ていろ」

「これが勇者の戦い方だ」

オゼロは剣を持ち直すと、モノを見つめた。

その瞳が、徐々に金色へと変貌していく。

「無駄だ! 私に勇者の眼は効かない!」

ヘカトキリオスが嘲笑う。

その瞬間、戦場が静止した。

正確には、オゼロの視界に捉えられていた兵士達の動きが止まったのだ。

「確かに、お前には効かないらしい」

そう呟いた次の瞬間。

静止していた兵士達が、物凄い速度でヘカトキリオスに向かって投擲された。

三十を超える人間の弾丸だった。

ヘカトキリオスは躱さない。

腕に持つ杖を翳すと、黒い炎が噴き出した。

兵士達は着弾する前に灰となって消滅する。

その時には、勇者はすでに走り出していた。

城壁を蹴り、空中へ飛び上がる。

そのままヘカトキリオスへ斬りつけた。

ヘカトキリオスは腕に持った剣で受け止める。

――だが。

次の瞬間、ヘカトキリオスの腕がすべて切断された。

勇者の眼を使い、戦場に落ちていた剣を操って引き寄せたのだ。

オゼロは、がら空きになった顔面から胴体へと剣を振り下ろした。

「ぐぅおぉお!」

ヘカトキリオスの呻き声が響く。

すぐに再生を試みる。

だがオゼロはそれを許さない。

鋭い剣閃が次々と走った。

細切れにされたヘカトキリオスは、地面へと落下する。

それでも再生しようと、肉片が蠢いた。

オゼロは城壁を見つめる。

「ゲホッ……ゲホッ……!」

血の混じった咳を吐く。

次の瞬間。

城壁が崩れ落ちた。

瓦礫の山が、ヘカトキリオスの肉片を押し潰した。



オゼロはその場に膝から崩れ落ちた。

「ゲホッ……ゲホッ……ゲホッ……!」

咳が止まらない。

抑えた手のひらの隙間から血が滴り落ちる。

「ジジイ!」

モノはオゼロに駆け寄ろうとする。

だが、操られている兵士たちが邪魔をして近づけない。

その時だった。

ヘカトキリオスが下敷きになっていた瓦礫の中から、腕が一本伸びた。

その手には剣が握られている。

次の瞬間、その剣がオゼロの腹を貫いた。

「うぐっ!」

オゼロの呻き声が漏れる。

「危ないところだった」

二重に重なる声。

ヘカトキリオスだった。

瓦礫を押しのけて姿を現したヘカトキリオスは、すでに再生を終え、元通りの姿に戻っていた。

「まさか、あのような戦い方があるとは! ますます、その力が欲しくなったぞ!」

(なんだよアイツ……! どうやったら、死ぬんだよ……!)

モノは愕然としていた。

圧倒的に見えたオゼロの攻撃も、ヘカトキリオスには通用していないように見える。

「不死身ではない」

オゼロが呟いた。

「不死身ならば、回避や受け太刀はしない筈だ」

オゼロはゆっくりと顔を上げる。

金色の眼だけが異様にギラついていた。

「再生できなくなるまで、殺してやる」

オゼロの顔色は青白い。

今にも死にそうなはずなのに、その眼光だけが異様だった。

オゼロはヘカトキリオスの足元の瓦礫を見つめる。

瓦礫が浮かび上がった。

次の瞬間、瓦礫は弾丸のような速度でヘカトキリオスへと殺到する。

「なんの真似だ……!」

ヘカトキリオスが回避を試みる。

だが、その頭上から――

再び城壁が叩きつけられた。

「ぐおおお! またしても! 勇者め!」

だが、今度はヘカトキリオスの番だった。

ヘカトキリオスは口から黒い煙を吐き出す。

煙は瞬く間に戦場を覆い尽くした。

そして――

煙が刃へと変貌する。

無数の刃が、オゼロの全身を貫いた。

「どうだ! 流石の貴様もこれで終いだ!」

ヘカトキリオスの高笑いが響く。

その瞬間だった。

パキッ!

ガラッ!

バキッ!

瓦礫が再び浮かび上がる。

先ほどとは比べ物にならない速度だった。

瓦礫は一斉にヘカトキリオスへと殺到する。

「ぐうおお! 馬鹿な! まだそんな力が!」

瓦礫は空中で組み上がり、球体となった。

そのままヘカトキリオスを閉じ込める。

何本かの腕が瓦礫の隙間からはみ出していた。

「潰れろ」

オゼロが呟いた。

グシャッ!

球体が一回り小さくなり、鈍い音を立てた。

ヘカトキリオスの腕が脱力する。

――そして、また動き出す。

腕が痙攣するように上下する。

「何度でもだ。死ぬまですり潰してやる」

グシャッ!

グシャッ!

グシャッ!

グシャッ!

球体は鳴動を続ける。

そのたびに、ヘカトキリオスは押し潰された。

「……やめろ! オゼロ! 実の弟を殺すのですか!?」

今度はキリオスの声だった。

人間だった頃の声。

「お前のことを弟だと思ったことはない」

無慈悲な一言だった。

グシャッ!

グシャッ!

グシャッ!

鳴動は止まらない。

「やめろぉおおおお!」

ヘカトキリオスの絶叫。

断末魔のようにも聞こえた。

その瞬間だった。

モノの足元で影が揺らめいた。

影が刃となってモノを襲う。

あまりにも突然のことだった。

モノは反応できない。

刃がモノの首筋に迫る。

その瞬間、モノの体が後方へ吹き飛んだ。

オゼロがモノを見つめていた。

金色の瞳。

勇者の眼だった。

視線を外した瞬間、ヘカトキリオスが球体から解放される。

その隙を逃さない。

ヘカトキリオスは六本の腕から剣を突き出した。

その剣がオゼロの胴体を貫く。

「馬鹿め! 最後まで、あのガキに執着しやがった!」

オゼロの口から血が溢れる。

「力を奪って殺してやる!」

ヘカトキリオスの身体が紫の光を帯びる。

オゼロの身体から何かが吸い取られていく。

それが何なのか、モノにははっきりと分かった。

「やめろぉおお!」

モノはヘカトキリオスへ斬りかかった。

「邪魔するな!」

ヘカトキリオスが睨みつける。

その瞬間、モノの脚から力が抜けた。

膝から崩れ落ちる。

「クソっ! クソっ! 動け! 動けよ!」

モノは自分の脚を叩く。

だが、反応しない。

その時だった。

ビュン!

ビュン!

ビュン!

三本の矢がヘカトキリオスの頭を貫いた。

「化け物!」

「勇者様から離れろ!」

「何がどうなっているでござる!?」

勇者直属の騎士団だった。

丘の上から味方の兵士たちを率いて駆けつけてきたのだ。

兵士たちが場内へとなだれ込む。

「ちっ! ここまでか! 今日のところは退散するとしよう! もう少しだったのに!」

「勇者殿を離すでござる!」

クロスケの抜刀術。

ヘカトキリオスはオゼロを放り投げて回避する。

そのまま空中で身を翻した。

「また会おう。貴様らの国に厄災が在らんことを!」

ヘカトキリオスはそう言い残すと、空へと飛び去っていった。

モノはすぐにオゼロの元へ駆け寄った。

「ジジイ!」

仰向けに倒れたオゼロを抱き起こす。

「死ぬな! ジジイ! 頼む!」

知らないうちに、モノの頬を涙が伝っていた。

「モノ……」

「なんだよ、ジジイ」

「戦え」

「アイツを殺せ」

「わかったな?」

「……ああ。わかったよ」

「絶対に殺してやる」

オゼロは微かに頷いた。

「これからは……お前が勇者だ」

オゼロの手がモノの頬に触れる。

信じられないほど冷たい手だった。

そして――

その手から力が抜けた。

オゼロの手は、モノの頬から静かに滑り落ちた。

モノは動かなかった。

ただ、その手を強く握りしめていた。

もう二度と動かない、その手を。



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