昔話 病と罠
城門を開け放ってすぐに、オゼロとキリオスが悠然とやってきた。
丘の向こうには味方の軍勢が見える。
「よくやりました。ハイランド」
キリオスはハイランドに賞賛の言葉を送る。
「ふん」
一方のオゼロは、不機嫌そうに鼻を鳴らしただけだった。
「さて、ここからが本番です」
キリオスが杖で地面を突く。
杖の下に紫色の魔術陣が展開した。
「ハイランド。城門を閉じなさい」
「……え?」
ハイランドは目を瞬かせた。
城門の向こうには、今まさに突入しようとしている味方の軍勢が見えている。
「き、キリオス様……?」
ハイランドの声が震える。
「城門を閉じなさい」
キリオスはもう一度、静かに言った。
「で、でも……味方が……」
丘の向こうでハイト王国軍の旗が揺れている。
兵士たちは今にも突撃しようとしているのだ。
「早く」
キリオスの声は穏やかだった。
だが、有無を言わせぬ圧があった。
「わ、私……そんな命令……」
ハイランドの手が震える。
「キリオス様……な、なにを……」
モノが眉をひそめる。
「おい、キリオス。何やってんだ」
キリオスはゆっくりと振り向いた。
その顔には、いつもの穏やかな笑みが浮かんでいた。
「決まっているでしょう」
紫色の魔術陣が静かに広がる。
「勇者の時代を終わらせるのです」
「ハイランド。もう一度言います。門を閉じなさい」
「出来ません!!」
ハイランドは、最早半狂乱の有様だった。
「そうですか。役立たずめ」
キリオスはハイランドに向かって左手を翳した。
次の瞬間、ハイランドの体が見えない力に弾かれた。
「ぐあっ!」
ハイランドは吹き飛ばされ、城壁に激突する。
そのまま崩れ落ち、動かなくなった。
キリオスは何事もなかったかのように、今度は左手を城門の操作レバーへと向けた。
ガコン。
重い音が響く。
ガラガラと軋む音を立てながら、巨大な城門がゆっくりと閉じていく。
「何してんだテメェ!!」
モノが激昂し、キリオスへ斬りかかった。
ギイィィィィィン!
モノの刃は、キリオスの眼前で弾かれた。
見えない壁に叩きつけられたかのようだった。
モノは歯を食いしばる。
いつの間にか、モノとオゼロの足元には紫色の魔術陣が展開していた。
二人は、その陣の中に閉じ込められていた。
「無駄ですよ」
キリオスは静かに言った。
「……いつからだ、キリオス」
オゼロの声は低く、落ち着いていた。
キリオスはわずかに口元を歪める。
「いつから?」
一拍。
「最初からですよ」
キリオスは楽しむように言った。
「貴方の弟として生まれてから、ずっとね」
*
キリオスの表情は愉悦だった。
愉快そうに杖を弄び、口元には笑みが浮かんでいる。
一方のオゼロは無表情だ。
怒りも、絶望も感じ取れない。
「ジジイ!どうすんだよ!」
モノはオゼロに向かって叫んだ。
「静かにしろ」
キリオスが冷たくモノに言い放つ。
「モノ。貴様が異物なのですよ。貴様がいなければ、勇者の力は私に継承された筈」
キリオスはくすりと笑う。
「その為に、毒を盛って弱らせたのですから」
「テメェ!!」
モノは再びキリオスへ斬りかかった。
しかし、やはり弾かれる。
オゼロは治療と称して、キリオスが処方していた薬を服用していた。
その薬自体が毒だったのだ。
治るはずがない。
「テメェのせいか!テメェのせいでジジイは!」
モノは激昂する。
だがキリオスは高笑いした。
「勇者といえども、不死身ではない!」
「体が弱れば、力を手放さざるを得ない!」
キリオスは両手を広げる。
「さあ……その力を私に!」
キリオスはオゼロへ手を差し伸べた。
「………」
しかしオゼロは、黙したままだ。
ただ、つまらなそうにキリオスを見ていた。
「なんだ……その眼は」
キリオスの笑みがわずかに歪む。
「いいだろう」
杖を握り直す。
「力を渡さないと言うならば——」
「殺してから奪うのみ!」
キリオスはエステラを膨れ上がらせる。
「覚悟せよ!勇者!」
キリオスが杖を地面に一突きすると、魔術陣の外縁が燃え盛った。
そして、その魔術陣がジワジワと狭くなっていく。
モノとオゼロを押しつぶそうとするように。
「……そうか」
オゼロはそう呟いた。
そして勇者の眼を発動した。
金色の眼光がキリオスを射抜いた。
——が、何も起こらない。
「無駄だ!私が勇者の眼の対策をしていないと思っていたのか!?」
「…なるほどな」
そう言うとオゼロは無造作に抜刀した。
「おい、ジジイ……どうすんだよ」
「黙ってみていろ」
次の瞬間、オゼロは炎に向かって剣を投擲した。
剣は弾かれることなく、魔術陣に食い込んだ。
その剣の柄をオゼロは思い切り蹴り飛ばした。
バチィ!
という音が響き、魔術陣が崩壊する。
剣は勢いそのままにキリオスに迫る。
キリオスは身を捩って躱すが、その顔面にオゼロの拳が炸裂した。
バキィ!
更にもう一発、拳が飛ぶ。
グシャッ!
骨が砕ける音。
キリオスの頭は陥没し、地面にめり込むようにして倒れ伏していた。
「すげぇ……!」
モノはオゼロの圧倒的な力に唖然としている。
しかし、頭が潰されたはずのキリオスが、ゆらりと立ち上がった。
「衰えましたね勇者。全盛期ならば今ので終わっていたはずです」
キリオスは潰れた頭を撫でると、元通りの顔に戻った。
「邪神と契約でもしたか…?」
「ええ。私の専門は呪いでしたから。素晴らしい出会いがありました」
ズバン!
キリオスが言い切る前に、オゼロの剣が胴体を両断した。
上半身と下半身が分かれ、その場に崩れ落ちる。
しかし、両断された身体はゆっくりと浮き上がり、空中で元通りになる。
「私が信奉するのは呪いの邪神“ヘカトンゲイル=マグナス”!貴様らを呪い、全てを奪ってやろう!」
その瞬間、キリオスの身体は変貌した。
額に赤黒い第三の眼が出現し、背中から新たに四本の腕が生える。
それぞれの腕に短剣と杖を持ち、構えをとった。
背中から生えた腕は人のものよりわずかに長く、関節の動きもどこか不自然だった。
皮膚の表面には黒い呪紋のような模様が浮かび上がり、脈打つように淡く光っている。
額の第三の眼は瞼を持たず、赤黒い光を宿したまま静かにこちらを見下ろしていた。
その瞳孔は縦に裂け、蛇のように細い。
キリオスの顔そのものは変わっていない。
だが、人の表情のはずなのに、そこに浮かぶ笑みはどこか歪んで見えた。
六本の腕をゆっくりと広げたその姿は、人の形をしていながら、人とは明らかに異なる存在へと変わり果てていた。
まるで、人の身体に無理やり何かが押し込められているかのようだった。




