昔話 城壁と小鬼
ペンタグラムに到着したのは夜だった。
野営地にはテントが立ち並び、野営の焚き火からは濛々と煙が上がっている。
勇者が到着した時、軍の士気は異常に跳ね上がった。
夜にも関わらず歓声が上がり、中には涙を流す者までいた。
よほどの苦境だったのだろう。
兵達には皆、疲労と疲弊の色が浮かんでいた。
モノも兵達の様子を見て苦戦を感じ取っていた。
野営地には灯りのないテントもちらほら見える。
また、顔や腕に包帯を巻いた兵士、明らかに重症を負って横たわっている兵士たちの姿が見えた。
オゼロはモノとキリオス、そしてハイランドを連れて、一番大きな天幕を訪れた。
天幕の中では、青い鎧を身に纏った髭面の男が出迎えた。
この遠征軍を率いてきた将軍だ。
「勇者様、よくぞ。よくぞ、おいで下さいました!」
将軍は片膝をつき、オゼロに再敬礼の仕草をとった。
「よい。状況を報告せよ」
オゼロはにべもなく言い放った。
「はっ!現在、我が軍の残存兵力は二万。そのうち、五千は負傷しております。」
「二万ですか。随分とやられましたね。出陣した時は五万程だったはずです」
キリオスが補足するように言う。
「申し訳ございません……。ペンタグラムの城壁が曲者なのです……。城壁の上から弓兵、魔導兵の攻撃。また城内には四機ほど投石器が備え付けてありまして……」
「そもそも、近づくことができないと?」
「その通りです。さらに、兵糧切れを待とうにも海路で物資や兵が運ばれてくる始末。これではどうにもやりようがありません……」
将軍はほとんど泣きそうな声で弁解した。
オゼロがゆっくりと口を開く。
「城門は俺と、このガキがなんとかしよう。貴様らは城門を開け放ったのち、港を封鎖せよ」
オゼロはモノの襟首を掴む。
「勇者様……こちらの方は?」
「出来損ないだが、俺の後継者だ。安心しろ。そこらの兵よりは役に立つ」
(出来損ないってなんだよ……)
モノは内心で不満を漏らすが、口元が緩むのを自分でも感じ取っていた。
役に立つ。
初めてオゼロに褒められた気がしたからだ。
「たった二人で城壁をなんとかすると!流石は勇者様だ!」
将軍は大袈裟に驚いて見せる。
「いえ、二人では行かせません。勇者殿の体調管理が私の仕事です。私も同行します」
キリオスだった。
「宮廷魔術師長様まで!こいつは百人力ですな!」
将軍がさらに仰け反る。
「私も連れていってください!」
ハイランドが慌ててキリオスに言い寄る。
「ハイランド、とても危険な任務です。貴方にはあとのことを任せたい」
「それでも……」
「連れて行こう」
オゼロだった。
有無を言わせぬ強い口調だった。
「良いな?」
「はい。もちろん。勇者様がそう言うのでしたら」
キリオスは慇懃に畏まってみせた。
「出陣は明朝だ。それまで待機とする」
オゼロはそう言い放つと、踵を返して天幕を後にした。
モノは将軍に一礼してから、慌ててオゼロの跡を追う。
「ジジイ!」
モノがオゼロを呼び止める。
「なんだ」
「俺、明日戦果をあげるよ。胸を張って、ジジイの後継者だって言えるようにさ」
「そうか」
オゼロは振り向きもしない。
「だから、ジジイも無理しないでくれよ」
「わかっている。もう休め」
オゼロはそのまま、自らの天幕へと消えていくのだった。
夜は、こうして更けていく。
モノは一睡もできなかった。
*
翌朝の早朝、オゼロとモノ、キリオスとハイランドは並んで立っていた。
オゼロとモノは軽装の鎧に剣を腰に携え、キリオスとハイランドはローブに杖という出立ちである。
「では、行くぞ」
オゼロが言った。
まるで散歩にでも行くような口調だった。
四人はペンタグラムの城壁に向かって歩き出した。
馬にすら乗らない。
ただ、ゆっくりと歩き始める。
「ご武運を!」
「どうぞご無事で!」
「勇者様に神のご加護を!」
味方兵士達からの激励が飛ぶ。
オゼロは煩わしそうに手を挙げて答えている。
モノは勇者オゼロがこんなに慕われていることを初めて知った。
そして、どこか誇らしげな気持ちが湧き上がってくるのを感じた。
「何をニヤけている。気を引き締めろ」
オゼロからの叱咤が飛んだ。
口元が緩んでいたらしい。
モノはぎゅっと唇を噛み締めると、前方の城壁を見据えたのだった。
「モノ、ハイランド」
オゼロが二人の名を呼んだ。
「なんだよ」
「はっ!ここに!」
モノは面倒そうに、ハイランドはハキと返事をする。
「敵の飛び道具は気にするな。二人で城壁内に侵入し、内側から扉を開けてこい」
オゼロはなんでもないことのように言う。
「ふ、二人でですか?」
ハイランドは顔が真っ青だ。
「できないのか?」
オゼロがハイランドを冷たい視線で射抜いた。
「できらぁ!」
モノが声を張り上げた。
「行くぞハイランド!俺たちの力を見せてやろうぜ!」
モノが城壁に向かって走り出す。
「ま、待ってください!」
ハイランドも慌てて跡を追った。
*
城壁は高い。
近づけば近づくほど、その高さが実感を伴って迫ってくる。
見上げれば、石の壁はまるで崖のようだった。
「止まれ!!何者だ!?」
城壁の上から敵兵が声を張り上げた。
「敵だよ!行くぞハイランド!」
「そ、そんな正直に宣言しなくても!」
モノはその場でしゃがみ込むような姿勢をとり、ハイランドはその背中にしがみついた。
「敵襲!放てい!」
放たれた矢の雨がモノに迫る。
その瞬間――
オゼロの眼が黄金色に輝いた。
勇者の眼が発動する。
矢はモノの眼前で止まった。
空中で静止したまま、微動だにしない。
そして次の瞬間、向きを変えた。
放たれた矢はそのまま城壁の上へと返り、兵士たちを貫いた。
「な、なんだ!?」
「ゆ、勇者がいるぞ!」
「ここで、なんとしても勇者を葬るのだ!」
オゼロに気づいた敵兵たちは、モノからオゼロへと標的を変えたようだ。
無数の矢の雨がオゼロに降り注ぐ。
――だが、効かない。
矢は一本たりとも命中しない。
勇者の眼によって主導権を奪われ、自らが放った矢に貫かれていく。
城壁の上の兵士たちは、瞬く間に全滅した。
「投石!放てい!」
続いて巨大な岩がオゼロに向かって放たれる。
これも同じだった。
岩はオゼロの眼前で止まり、宙に浮いた。
そしてそのまま跳ね返り、正確に投石機へと命中する。
木材が砕け、巨大な装置が粉々に崩れた。
「ハイランド!見てる場合じゃねえ!跳ぶぞ!」
「は、はい!」
ハイランドの魔術で強化された脚の跳躍だった。
二人は一気に城壁の上へと飛び上がる。
城壁の内側が見えた。
敵兵がびっしりと犇めいている。
「な、なんて数!」
「いいから着地するぞ!」
「は、はい!」
モノとハイランドは城壁から少し離れた広場へと着地した。
「なんだ!?」
「誰だ!?」
城内の敵兵が騒めく。
「敵だよ!!」
モノはそう叫ぶと、そのまま敵へ突進した。
混乱する敵兵は、なすすべなく斬り倒されていく。
「敵だ!!」
「敵襲!!」
「隊列を内向きに組み直せ!!」
怒号が飛び交う。
「オラァ!」
力任せに斬り結ぶモノ。
だが敵も徐々に体勢を立て直していた。
「城門を守れ!」
「行かせるな!」
密集する敵を前に、モノは苦戦を強いられる。
「そこをどけ!!」
そこからは乱戦になった。
攻撃を躱し、受け、斬る。
ひたすらにその繰り返しだった。
ハイランドの方には、誰も見向きもしない。
それだけモノの気迫が凄まじかったのだ。
「なんだ、あの子供……」
「鬼だ!小鬼がいる!」
「ガキ一人に何をやってる!さっさと始末しろ!」
怒号が飛ぶ。
「やってみろよ!」
それにモノは、ますますヒートアップした。
モノは暴れ回った。
斬って、斬って、斬って、斬って、斬りまくった。
気づけば、周囲に立っているのはモノとハイランドだけになっていた。
敵兵は遠くから見つめている。
誰もが、足がすくんで動けないようだった。
「城門を開けるぞ。ハイランド、そのレバーを引け!」
「はい!」
ハイランドが装置を作動させる。
すると、ガラガラと重々しい音を立てながら城門が開き始めたのだった。




