05. 私の剣になる人
2026/3/29 加筆修正済
突然現れた近衛騎士団の副団長に目を白黒させる。彼は本来、国王陛下の側を離れないはずの人だ。
そんな人物が、どうしてここにいるのか。
「どうして、あなた様が、こちらに?」
驚きを隠せない私に、アルベルト様は迷いなく片膝を付き、胸に手を当てる。
「お久しぶりです。この度、王命によりルヴェリア公爵令嬢の護衛の任務を賜りました。以後、よろしくお願いします」
「え!?」
「表向きは謹慎処分なんですけどね」
「……え!?」
「そうそう。王命で王太子殿下を殴ったのですよ」
「え!?!」
カイル様の言葉にさらに目を丸くし、オスカー様の言葉に思わず声が強くなり、再度アルベルト様を見上げる。表情は変わらない。つまり、嘘ではない。
「王太子殿下を殴ったぁ!?!?」
* * *
公爵令嬢のエリシア・フォン・ルヴェリアが王太子に余命を暴露され、婚約破棄を申し渡され神殿騎士に王室詐欺罪で勾留された、その日。近衛騎士団にも激震が走った。
卒業パーティーの日は北部の国境で睨み合いを続ける北の帝国との会談で国王は王城を不在にしており、近衛騎士団団長と副団長、アルベルト・グランツも同行していた。
報告が届いたのは、その日の夜。急な伝令として国王と側近達の耳に入った。
会談は中止。国王と同行していた外務大臣のルヴェリア公爵、近衛騎士団は速やかに王都に戻ることになった。
ルヴェリア公爵は娘の令嬢に面会し状況の確認、国王は王太子への聞き取りや神殿との交渉、近衛騎士団は彼女を保護するために対策班を編成した。
その対策班に、副隊長のアルベルトも参加していた。神殿の拘置所に彼女を迎えに行った時、彼女は虫の息だった。
抱えた彼女の体は、パーティーのドレスを着たままにしてはとても軽く、とても熱かった。柔らかな銀にも近い、淡い金色の髪は乱れ、白い肌は上気し汗ばんでいる。
王太子の婚約者として王城を出入りしていた彼女を、アルベルトはよく知っている。呼び出されたのに王太子に放っておかれ、近衛騎士団の鍛錬場に王太子を探しに来るか、諦めて図書館で過ごしていたのを目撃していたのだ。目が合えば、彼女は淡青の瞳を細め、微笑んで会釈をしてくれた。
「私も将来近衛騎士団の方々のお世話になるのです。でしたら、守られるに値する人間にならなければ」
そう、彼女が言っているのを聞いた。ならばアルベルトは、その志に報いようと思った。王太子妃になった暁には、命を賭して守ろうと思ったのだ。
——守ると決めていた相手を、守れなかった。
担架に載せる前、抱えた彼女にアルベルトは奥歯を噛み締める。
彼女は保護された後、王城の一室に匿われ、静養となった。神殿側は聖女を傷付けたことには変わりない。罰を求めると訴えてきた。
「神殿側が求めるのはルヴェリア公爵令嬢の王都追放。公爵令嬢はそれを呑むそうだ」
近衛騎士団、団長執務室。書類を確認しながら、団長がそう告げる。アルベルトは深い灰色の瞳を見開いた。
「何も証拠がないのに、それでもあの方を断罪する資格が、誰にあると言うのです!」
「ああ。王太子の言い分は、余命を黙っていて騙していたことが罪らしいが、それは置いておこう。神殿側は聖女に付けられた傷が証拠と言っているが……真偽は定かではない。神殿側の要求はそのまま受け入れない。先方は神殿の息のかかった修道院に送ることを望んでいるが、公爵令嬢の望みは誰も来ない地に一人でいることだから、そちらに方向転換させるのが陛下の意向だ」
「侍女は」
「連れていかない」
「騎士は」
「共しない。一人で死ぬことを望んでいる」
アルベルトは流石に息を呑んだ。
「何故」
「魔力過多症だ。生成した魔力が体外に発散されず、消費してもしきれない量が生成され続ける。それが溜まりに溜まるとどうなるかは、卿も聞いたことがあるだろう」
「……少しは」
「彼女の魔力の性質は、炎だ。最後は自身の炎が彼女を襲い、全てを燃やし尽くすだろう。彼女は死ぬ所を誰にも見られたくないのだ」
痛々しさに、アルベルトは顔を歪めた。
「治らないのですか?」
「魔力過多症は治りはしないが魔道具で調整することで付き合うことは出来る。しかし、彼女は稀なケースだ。余命が決まっているのは、そういうことだ。……はぁ、うちの馬鹿王太子はそれが分からないらしい」
ため息をついて団長は頭を掻く。
「そこで、卿に王命が下った。公爵令嬢は侯爵領の辺境へと送られる。卿をエリシア・フォン・ルヴェリア公爵令嬢の護衛騎士として任命する。令嬢が最期を迎えるまで、卿はその剣となり令嬢をお守りしろ」
「はっ!」
命令に足を揃え、胸に手を当て返事をする。それを見て団長はふ、と笑った。
「相変わらず頼もしいな。今回の任務は辺境までは近衛騎士団で護衛を付けるが、その後は単独任務だ。辛いものになると思うがやってくれるか?」
「王の御心のままに」
「よく言った。流石卿だ。そこでだ、ここから先は密命となる。近衛騎士団副団長が姿を消すには、それ相応の理由がいる」
「……私の、すべきことは」
「何、単純だ」
団長が、王命の書かれた紙を執務室の机に置いて、手を乗せた。
「王命だ。王太子を一発殴ってこい」
* * *
「それで、回廊で王太子を殴っちゃったんですよ」
「ええっ、回廊で!? ……他の人の目もあったのでは」
「あったからちょうど良かったのです。しかし、何聞かれても『王命だ』としか言わないから警備長が困ってましたよ」
そう言って、オスカー様はアルベルト様を見上げる。
「一発で良かったんですか?」
「……王命には一発としか書かれていなかった」
「ほらね? エリシア様。この人すっごい堅物なんですよ。怒った時なんかここの眉間に皺寄せて、眉吊り上げて怒、痛い痛い痛い!」
カイル様の頭をアルベルト様が片手で掴み、余計なことを話さないよう私から話していく。……しかし、困った。辺境へは私一人で行くつもりだったのに。
「でも、せっかくの王命ですが、辺境に私を置いてもらって帰っていただいても結構です。王都とは違いますし、私一人だけでも何とか……」
「エリシア様、この人は今荷物扱いです。それで俺たちは『馬車に積んだ荷物を全て令嬢へと置いて帰れ』と命令を受けています」
「え?」
「いてて……いわゆる、この人をエリシア様の護衛騎士に任ずることが、国王陛下からのエリシア様への褒賞です。俺たちはそう聞いています」
「でも……グランツ卿がいなくなったら王都の守りはどうするのですか?」
「そこはほら、他の騎士団もいますし、王宮に住まう人々を守ることは俺たちでちゃんとやりますよ。それでいいですよね? 副団長」
オスカー様の問いにアルベルト様は静かに首を縦に振る。
「エリシア様、この人めっちゃ強いですよ。魔物や強盗が来たって一瞬でやっつけちゃいます。女性で一人暮らしって大変だから、男手があった方がいいじゃないですか」
「それは……そうだけど」
こそこそと私に話しかけるカイル様に言い淀む。それを聞いて、アルベルト様が口を開いた。
「何かご不満がおありですか?」
「え? いえ、そうではなく!」
「俺が、側にいるのは迷惑ですか?」
「そうではなく、その……」
考えを纏めるために俯き、視点を彷徨わせる。
「誰にも、迷惑をかけるつもりはないから。あなたが来てしまうと、絶対迷惑をかけるもの。申し訳ないわ」
アルベルト様が立ち上がり、私の側に来た。恭しく跪かれたことで、こちらも居住まいを正す。
「俺は今から、あなた様の剣です。王命に従い、あなた様を最期までお守りしましょう。だから、何も迷惑をかけるなど思わなくて結構です。全ては王の御心のままに」
……つまり、こちらは王命に従って動いているから何も気にするな、と言いたいのか。勝手だなぁ、と少し息を吐き出す。
しかし、王命はこちらも絶対だ。従う必要がある。……それに、どうしてかは分からないけれど、不思議と嫌な気持ちではなかった。
「かしこまりました。私も従いましょう。ただし、謹慎でしたら反省態度次第で早めに王都に戻ることも出来るでしょう。こちらも、卿が早めに帰れるよう尽力させていただきます」
「……誓いを」
手を差し出すと、アルベルト様――いや、グランツ卿が私の手を取り、そっと中指の背に口付けを落とした。焚き木に照られた、深い灰色の瞳がこちらを真摯に見つめてくるので、思わず背すじが跳ねそうになった。
「……いいなぁ。お姫様に誓いの口付け出来るの」
「お前は黙ってろ」
「あいたっ!」
——こうして、私と彼との静かな誓いが結ばれた。
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