04. 星空の下の語らいと、不落の剣
突然現れた近衛騎士団副団長の姿に、言葉を失った。
アルベルト・グランツ卿。本来ならば、国王陛下の側を離れることのない人物だ。
そんな方が、なぜこの護送隊にいるのだろう。
「どうして、あなた様がこちらに?」
私の問いに、グランツ卿は迷いなく片膝をつき、胸に手を当てた。
「お久しぶりです。このたび王命により、エリシア・フォン・ルヴェリア公爵令嬢の護衛を拝命いたしました。以後、よろしくお願いします」
「私の、護衛を……?」
「もっとも、表向きは謹慎処分なんですけどね」
横からオスカー様が、どこか愉快そうに付け加える。
「王太子殿下を殴ったんですよ、この方」
「……え?」
オスカー様の言葉が、一瞬理解出来なかった。本当なのかと、グランツ卿を見上げる。いつもと変わらない厳格な表情は、否定する様子を見せない。
「殴ったの、ですか? 本当に?」
「はい。一度だけ」
あっさりと返された真面目な答えに、私は意識が遠くなるような気分だった。
* * *
——アルベルト・グランツが王命を受けたのは、数日前のことだった。
卒業パーティー当日、国王は北の帝国との会談で王都を離れていた。近衛騎士団団長と、副団長のアルベルトも護衛として同行していた。
報告が届いたのは、その日の夜だった。
王太子による婚約破棄。
エリシア・フォン・ルヴェリア公爵令嬢の拘束。
彼女への王室詐欺罪及び聖女侮辱罪の追及。
国王は会談を早々に切り上げ、急ぎ王都へ帰還した。
アルベルトが神殿の拘置所で見つけたのは、卒業パーティーのドレスを着たまま、高熱に浮かされているルヴェリア公爵令嬢の姿だった。
抱き上げた身体は、驚くほど軽い。
そして、恐ろしいほど熱かった。
王太子の婚約者として王城を出入りしていた彼女を、アルベルトはよく知っている。彼女が誰にも見せまいとしていた傷も、後日菓子缶と共に詰所へ返された一枚のハンカチも、忘れたことはなかった。呼び出されたのに王太子に放っておかれ、近衛騎士団の鍛錬場に王太子を探しに来るか、諦めて図書館で過ごしていたのを目撃していたのだ。目が合えば、彼女は淡青の瞳を細め、微笑んで会釈をしてくれた。
「私も将来は王太子殿下の横に並び立つのです。でしたら、守られるに値する人間にならなければ」
そう、彼女が言っているのを聞いた。ならばアルベルトは、その志に報いようと思った。王太子妃になった暁には、命を賭して守ろうと思ったのだ。
——守ると決めていた相手を、守れなかった。
担架に載せる前、抱えた彼女にアルベルトは奥歯を噛み締める。
彼女は保護された後、王城の一室に匿われ、静養となった。神殿側は、聖女が傷付けられた事実に変わりないとして、エリシアへの処罰を求めてきた。
「神殿側が求めるのはルヴェリア公爵令嬢の王都追放だ。本人も、それを受け入れる意向を示している」
場所は、近衛騎士団長の執務室。書類を確認しながら、団長がそう告げる。アルベルトは目を見開いた。
「証拠すらないと言うのに、何故あの方が処罰を受けなければならないのです!」
「神殿は、聖女が負った傷を証拠だと主張している。無論、要求をそのまま呑むつもりはない。神殿は修道院への収容を望んでいるが、こちらはそれを認めない」
「では、どちらへ?」
「母方の領地だ。北部侯爵家の預かりとなり、辺境の地で一人で暮らすことが決定した」
「一人で? 侍女は?」
「連れていかない」
「騎士は?」
「同行させない。最期まで一人で暮らすことを望んでいる」
アルベルトは流石に息を呑んだ。
「何故」
「魔力過多症だ」
団長の声が、低くなる。
「魔力が増え続け、最後には自身を焼き尽くす。卿も聞いたことがあるだろう」
「……少しは」
「彼女ほどの魔力量なら、最期は本人を焼き尽くすだけでは済まない。周囲を巻き込む可能性がある。誰も傷付けたくないから、一人を望んでいる」
「……だから、一人で」
痛々しさに、アルベルトは顔を歪めた。
「治らないのですか?」
「魔力過多症そのものは治らないが、通常なら魔道具で調整しながら付き合っていける。しかし、彼女は稀なケースだ。余命が決まっているのは、そういうことだ。……はぁ、うちの馬鹿王太子はそれが分からないらしい」
ため息をついて団長は頭を掻く。
「そこで、卿に王命が下った。公爵令嬢は侯爵領の辺境へと送られる。卿をエリシア・フォン・ルヴェリア公爵令嬢の護衛騎士として任命する。令嬢が最期を迎えるまで、卿はその剣となり令嬢をお守りしろ」
「はっ!」
命令に足を揃え、胸に手を当て返事をする。それを見て団長はふ、と笑った。
「相変わらず頼もしいな。今回の任務は辺境までは近衛騎士団で護衛を付けるが、その後は単独任務だ。辛いものになると思うがやってくれるか?」
「王の御心のままに」
「よく言った。流石卿だ。そこでだ、ここから先は密命となる。近衛騎士団副団長が長期間王都を離れるには、相応の理由がいる」
団長は机上の書状を指で叩き、口元を歪めた。
「王太子殿下を殴打したとして、卿を謹慎処分とする」
アルベルトは怪訝な顔で書状を見た後、団長の顔を見る。
「……まだ、殴ってはおりませんが」
「まだ、なら今からだ。ただし一発だけだぞ。陛下からはそれ以上でなければ不問にすると承っている」
団長の言葉にアルベルトは小さく息を吐き、それでも「承知しました」と敬礼した。
* * *
「それで、回廊で王太子を殴っちゃったんですよ」
「まぁ、回廊で? ……他の人の目もあったのでは?」
「あったからちょうど良かったのです。しかし、何を聞かれても『王命だ』としか言わないから警備長が困ってましたよ」
そう言って、オスカー様はグランツ卿を見上げる。
「一発で良かったんですか?」
「……許可されたのは一発だけだった」
「ほらね? エリシア様。この人すっごい堅物なんですよ。怒った時なんかここの眉間に皺を寄せて、眉を吊り上げて——痛い痛い痛い!」
カイル様の頭をグランツ卿が片手で掴み、余計なことを話さないよう私から離していく。……しかし、困った。辺境へは私一人で行くつもりだったのに。
「でも、お気持ちはありがたいのですが、辺境まで護衛していただければ十分です。後は一人で何とかします」
「エリシア様、この人は今荷物扱いです。それで俺たちは『馬車に積んだ荷物を全て令嬢へと置いて帰れ』と命令を受けています」
「え?」
「いてて……いわゆる、この人をエリシア様の護衛騎士に任ずることが、国王陛下からのエリシア様への褒賞です。俺たちはそう聞いています」
「でも……グランツ卿がいなくなったら王都の守りはどうするのですか? 陛下も近衛騎士団も困るでしょう?」
「そこはほら、他の騎士団もいますし、王宮に住まう人々を守ることは俺たちでちゃんとやりますよ。それで問題ありませんよね? 副団長」
オスカー様の問いにグランツ卿は静かに首を縦に振る。
「エリシア様、この人めっちゃ強いですよ。魔物や強盗が来たって一瞬でやっつけちゃいます。女性で一人暮らしって大変だから、男手があった方がいいじゃないですか」
「それは……そう、かもしれませんが」
こそこそと私に話しかけるカイル様に言い淀む。それを聞いて、グランツ卿が口を開いた。
「何かご不満がおありですか?」
「いいえ、そうではありません」
「俺が、側にいるのは迷惑ですか?」
「そうではなく、その……」
考えを纏めるために俯き、視線を彷徨わせる。
「私は一人になるために辺境に行くのです。卿が側にいれば、いずれ私の最期に必ず巻き込んでしまいます。それだけは絶対に嫌なのです」
グランツ卿が立ち上がり、私の側に来た。恭しく跪かれたことで、こちらも居住まいを正す。
「王命により、俺はあなた様の護衛を拝命しました」
焚き火に照らされた深い灰色の瞳が、真っ直ぐに私を見上げる。
「ですが、お守りしたいと思う気持ちまで命じられたものではありません」
グランツ卿の言葉に、私は目を大きくする。
「これより、あなた様の剣となりましょう。王命が続く限り、最期までお側におります。ですが、お守りすることを望んでいるのは俺自身です。俺を巻き込むことまであなた様が一人で背負う必要はありません」
……つまり、自分の意志で側にいるのだから、何も気にするな、と言いたいのか。勝手だなぁ、と少し息を吐き出す。
「絶対に、嫌な思いをしますよ?」
「承知の上です」
「……きっと、王都に戻れば良かったと後悔しますよ」
「まずありません。そうなった際は、遠慮なくお役目から外してください」
勝手すぎる、と息を吐く。
「……王命、なのですね?」
「ええ。そうです」
「……かしこまりました。私も従いましょう。ただし、謹慎でしたら反省態度次第で早めに王都に戻ることも出来るでしょう。こちらも、卿が早めに帰れるよう尽力させていただきます」
「帰れないよう、こちらも尽力します」
どうやら、何を言っても退くつもりはないらしい。諦め半分に片手を差し出す。
「では、あなたの誓いを受け取りましょう。アルベルト・グランツ卿」
「はっ」
グランツ卿は、差し出した私の手を取り、そっと手の甲に口付けを落とした。焚き火に照られた深い灰色の瞳がこちらを真摯に見つめてくる。思わず目を背けたくなった。
……ここまでの忠誠心。私は彼に何かしたのだろうか。
「……いいなぁ。お姫様に誓いの口付け出来るの。まるで物語の騎士みたいじゃんか」
「お前は黙ってろ」
「あいたっ!」
——こうして私は、最期まで側にいると誓う、一人の騎士を得たのだった。
2026/8/11 加筆修正済




