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すべてを失った令嬢は騎士の愛を選ぶ——その愛は、もういりません  作者: 円花なまり
第一章 追放令嬢と護衛騎士の旅立ち

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03. 護送馬車で受け取った、最初の優しさ

2026/6/7 加筆修正済

 馬車の揺れで目が覚めた。

 罪人用の馬車とは思えないほど、座面には厚くクッションが敷かれているから、想像よりは辛くない。


 追放先が決まった私は、罪人用の馬車で護送されていた。

 余程の重罪でなければ、貴族はこの馬車に乗せられないらしい。けれど今回は神殿や聖女の目を掻い潜り、秘密裏に王都から私を逃すための手段だそうだ。

 追放先の選定は、母の実家で辺境を治める侯爵家が名乗りをあげてくれた。


「姪が贖罪を求めているのなら、私もそれに応えなければならない。最も過酷な地で一人最期の時を迎えられるよう、最上の手配をしよう」


 そう、議会で父に片目を瞑りながら伯父の侯爵様がおっしゃっていたと、父から面会の時に聞いた。

 少し前に会いに来てくれた伯父様のことだ。どうして教えてくれなかったんだとおいおい泣いていたから、議会では目を腫らしていなかったか心配をしていた。

 愛されていたのだと、胸が痛くなる程理解した。

 だからこそ、誰にも看取られずに死のうと思った。

 私を愛した人を、悲しませたくはない。


 見送りには、父が来てくれた。私が頼んだ荷物が入ったトランクを地面に置いて、力強く抱き締められる。


「父様、泣かないで。親不孝な娘でごめんなさい」

「どうして、お前が、こんな目に……! お前が一体何を……!」

「とても感謝しています。どうかお元気で。お風邪を引かないよう気を付けてください」

「エリシア……! 戻って来られるよう頑張るから、どうか、どうか……! これを今生の別れにしないでくれ……!」


 父の言葉に静かに首を横に振った。もう一年を切っているのだから、何をしたって遅いのだ。


 護送の馬車は朝霧の中、私を載せて出発した。

 私の座る場所にはこれでもかとクッションを敷いて、さらにはブランケットまで用意してくれた。ありがとうございます、気遣いに感謝致します、と礼を伝えると、御者を務める近衛騎士の方が視線を逸らし、鼻を啜っていた。

 御者は二人とも王家を守る近衛騎士団の所属だ。王城に出入りするうちに、自然と名前と顔を覚えていた。きっと陛下の采配だろう。心遣いに感謝している。

 ただ、一人だけ――私と同じく、荷台に乗られた方だけは、どうしても分からなかった。


 目が覚めてぼんやりしていると、水筒が視界に入ってきた。荷台の入り口付近に陣取っていた、マントを纏いフードを深く被った大きな男性が、私に近付いて水筒を差し出してくれている。


「……よろしいのですか?」


 こくりと首を縦に振ったのを見て、礼を伝えて受け取る。ほんの少しだけ頂いて、口を閉めてお返しした。


「ありがとうございます」


 男は何も言わず、水筒を受け取ってまた荷台の入り口側に移動した。

 優しい人、なのだろうと思う。父との別れの後、御者の中で涙を押さえていたらハンカチを渡してくれた。お借りして拭いた後、洗って返せる事もないから「どうすれば……」とお聞きしたら、持っとけ、と手振りをされた。

 私と同じく罪人で護送中なのだろうか、とも思ったが手や脚に縄や拘束具はない。腰に剣を刺しているから騎士なのかと思ったが、鎧を着ていないから何処の所属かも分からない。知らない人物と共にいる緊張で、クッションの上で居住まいを正す。


「起きました? 体調はどうですか? 辛くないですか?」


 御者台の窓から、御者を務める騎士の方が顔を覗かせる。若くはつらつとした様子に少し顔が緩んだ。


「はい。大丈夫です」

「もう王都は出ましたが、出来るだけ安全に馬を走らせているので、目的地まではまだまだ時間がかかります。途中野営も挟みますから、御用があったらすぐに仰ってください」

「はい。畏まりました」

「用が足したくなったら我慢しないですぐに言ってくださいね!」

「バカお前! 公爵家の姫君になんて事を仰るんだ!」


 やり取りに小さく笑って、壁を伝って立ち上がり、窓辺に近付く。


「御者のお勤めご苦労様です。あの、カイル様にオスカー様、ですよね?」

「そう、ですが……」

「俺たちのことをご存知なのですか!?」


 驚いて振り返られたので、笑って、はい、と首を縦に振る。二人とも近衛騎士団の鎧を今日は外して、王国騎士団の鎧を着ているから、言葉は慎重に選ばなくてはならない。


「以前ボタンをお付けした……」

「そう! あのボタンを付けてもらったのが俺です! 覚えていて下さったんですね!」


 こくりと首を縦に振ると、わー、とはつらつとした若い方――カイル様が顔を片手で覆っている。


「今はどの位置にいるのでしょう?」

「王都を出てもう街一つは通り越したから……次の街は」


 名前を聞いて静かに考える。頭の中の地図と位置が合致した。


「侯爵領に入るまでしばらく掛かりそうですね。道中大変ですがよろしくお願いします」

「こちらこそ。長旅でご不便をお掛けしますが、遠慮なく俺たちを頼ってください。出来る限り手を尽くさせて頂きます」

「あの、エリシア様とお呼びしてもいいですか?」

「え、ええ。いいですよ」


 振り返ったカイル様からの問いかけに目を白黒させながら答える。


「……やっぱり、いい人じゃないですか」

「当たり前だろ。何を言っているんだ」

「噂は信用ならないなぁ。エリシア様、焚き木で炙ったマシュマロが最高なんですよ。後でやりません?」

「お前なぁ。遠足じゃないんだぞ」

「だって、少しでも楽しい方がいいじゃないですか! そういう先輩だって、昨日慌てて買い物に行ってましたよね?」

「………………」


 後ろの鞄を漁ったオスカー様が、小瓶を取り出して鉄格子越しにそれを差し出す。中には色とりどりの飴が入っていた。


「飴だから毒味は出来ませんが、店から買ってまだ未開封です。もしご不安でしたら毒の解析をお掛けください」

「後ろの人に毒味は?」

「飴だから駄目だろ。一個だけ仕込んでるって場合もあるんだ」

「あの」


 話題に出たので、意を決してお二人に聞いてみる。


「後ろの方は一体……」

「ああ、気にしないでください。荷物です。荷物」

「え?」

「いざと言う時はちゃんとエリシア様を守るので、なんっっっにも気にしなくていいですよー!」


 伸びやかにカイル様に言われたのと、小瓶を受け取るようにオスカー様が促したので、礼を言って受け取る。

 その場で開けて口に放り込んだ後、小瓶を鉄格子の外に向ける。


「もらった直後で申し訳ないのですが、お二人もどうぞ」

「いいの!? ありがとうございます!」

「……ありがとうございます」


 小瓶が手元を離れて二人の手に渡った後、また私の手元に戻ってきた。

 口の中に広がる甘さが、疲れた身体に染み込むような、上品な甘さだった。

 馬車の振動で、バランスを崩した。足元をふらつかせて倒れ掛けた所を、フードを被った男性が手を伸ばして支えてくれた。


「あ、ありがとうございます」

「……………………」


 礼を言ったが、返事はない。持っていた飴の瓶を見つめ、彼に差し出した。

 

「良かったら、どうぞ」


 小瓶の口を彼に向けたら、手でいらないと制された。それでも、と押し付けると、渋々一粒受け取られる。

 マントとフードで何も分からないが、わずかに、雰囲気が柔らかくなった気がした。その様子に、不思議と、怖さが無くなったのだった。

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