49. 食事の仕方が分かりません
ベッドの上で過ごす時間は、日に日に短くなっていた。
今では伯父様の屋敷の廊下を歩いても息が上がることはなく、食事も普段通り取れている。医師からも、もう以前と同じように過ごして構わないと許可をもらった。
王都からも連絡が来て、陛下との通信での協議の日時も決まった。
これでようやく、丘の上の屋敷へ帰れる。
「エリーの体調も回復したことだし、公爵が帰る前に明日の夜には晩餐会を開こう」
伯父様がそう宣言した途端、屋敷の中がにわかに慌ただしくなった。
使用人達は料理や食器の相談をしながら廊下を行き来し、騎士達まで何処となく浮き足立っている。貴族は晩餐会を開くのが好きだが、屋敷全体がこんなに楽しそうなのは初めてだ。
「皆楽しそうですね」
「ああ、うちは広間にテーブルを並べて、騎士も領主も使用人も皆同じく食事を囲むんだ。賑やかだし楽しいぞ」
「まぁ、そうだったのですね」
伯父様の言葉に、考える。
ではよくある晩餐会よりももっと気心が知れた物だろう。服もそこまで畏まった物じゃなくても良さそうだ。
「息子達はまだ王都にいるから人数は足りないが、戻って来たらまた開こう。楽しみにしててくれ」
「はい」
「妻は明日は朝からめかし込むはずだから、エリーも磨いてもらっておいで。さらに美人になったエリーに会えるのを楽しみにしているぞ」
「ええ。こちらこそ」
そう言って伯父様は私の部屋を出て行く。追従していた伯父様の護衛騎士がこちらを振り返った。
「そうだアルベルト。お前も客人だから席はお嬢の隣な」
「え」
「向かいはルヴェリア公爵でお嬢のさらに隣は強いご希望でうちの奥様だ。明日慌てないように今伝えておくぜ。頑張れよ」
こちらに手をひらひらと振って、二人が出て行く。
……まぁ、客人扱いなら妥当な席順だろう。そうなるとうちの騎士が父の隣になるのだろうか? それとも親睦を兼ねて侯爵家の騎士と混ぜるのだろうか。その辺りはあちらの采配次第か。
「……エリシア様、少々よろしいですか?」
後ろに控えていたアルベルトが前に回る。血相を変えているが、一体どうしたのだろう。
「どうしたの?」
「俺、こういうのは初めてで……その、まずは何を着ていけばいいのですか?」
「晩餐会に呼ばれたことはなかったの?」
私の問いにアルベルトはこくこくと首を縦に振る。
「陛下の晩餐に付き添うことはありましたが、護衛で控えていました。招待を受けて参加したことがありません」
「そうだったの」
顎に指を添えて考える。
「話を聞く限り格式高いものではないはずよ。近衛騎士の制服まで行かなくても、真新しいシャツとか、綺麗で清潔感のある服装なら問題ないと思うわ」
「公爵様の前で食事をするのに?」
「そう考えたら制服が無難だとは思うけれど……」
ううん、と考えてから、顔を上げる。
「ごめんなさい。私も殿方の服装には疎いの。こうなったら聞いた方が早いわ。侯爵家側やうちの公爵側の騎士に晩餐会の服装を聞いて回ってみたらどう?」
「……………………」
考えるように扉の向こうを見た後、私の方を見る。
「かしこまりました。後で休憩の時に聞き回ってみます」
「そうしてみて」
「それともう一つ」
「?」
アルベルトが真摯な顔でこちらを見る。
「食事の仕方が分かりません」
言葉を変換するのに、少し時間がかかった。
「晩餐会での食事の作法が分からない、ということ?」
「そう、そうです」
「私は特に、あなたの食べ方で気になった所はないけれど……」
最初見た時にぎこちなさはあったが、王族に求められる礼儀作法を叩き込まれた私とは違うから、こんなものだろうな、とは思っていた。
特段アルベルトの食べ方を見て不快になったり気になったことはない。
「あなた様の食べ方を見ながらの付け焼き刃なのです。基本的な所は騎士の養成所で軽く習ってはいますが、それ以上はどうしても……」
「卓を何人かで囲むのなら、料理が一皿ずつ運ばれてくる形式ではなくて、大皿料理が主になってくるはずよ。だからそこまで気にする必要がないとは思うけれど……」
「公爵様の前で食事をするのに、それが許されるのですか?」
アルベルトの言葉に、ちょっと眉根を寄せてしまった。
「あなた、さっきから父のことを気にしているけれど、私のことは今まで気にしていなかった訳?」
「そうではありません! もちろん、エリシア様と初めて食事する時は緊張しました。でもその、料理は家庭的で畏まる必要はなく、気さくでしたし、何も注意されなかったので……」
「だって、本当に気にならなかったのだもの」
「公爵様が同じように思うとは考えられません」
否定しようかと思ったが、少し考える。確かに、父は陛下と従兄弟同士。王族に連なる相手と庶民のアルベルトが一緒に食事をするのは、とても緊張するだろう。
「ねぇ、少しいいかしら」
同室で控えている侍女に声を掛ける。
「今日の食事は私と彼の二人分を客室に運んでもらえる?」
「畏まりました」
「ありがとう。伯父様や伯母様には私から言っておくわ」
アルベルトに向き直ると、彼は目を瞬かせている。
「エリシア様?」
「そんなに気になるのなら特訓よ。付き合うわ」
「……! あ、ありがとうございます!」
「どういたしまして」
嬉しそうなアルベルトに返事はしたものの、少しふて腐れる。……私の時はそこまで気にしなかったのに。
「アルベルトさん、交代の時間です」
扉がノックされたので返事をすると、侯爵家の騎士が顔を覗かせた。もうそんな時間か、とアルベルトは姿勢を正す。
「では少し離れます」
「行ってらっしゃい。聞き込みも大事だけど、ちゃんと休むのよ」
「はい。エリシア様もどうかおくつろぎを」
一礼してからアルベルトが出て行くのを見送ると、小さな笑い声が聞こえた。
見れば先程の侍女がくすくすと笑っている。
「何か面白かった?」
「いいえ。仲がよろしいなと思いました」
そんなに仲が良い会話をしただろうか、と首を傾げる。ひとしきり笑った後、侍女が眉尻を下げてこちらを見た。
「しかし、お二人とももうじき屋敷を離れるのですね。とても寂しいです」
「そう」
「……母からエリシア様のことは聞き及んでいました。こうして親子二代でお世話することが出来てとても嬉しかったです」
侍女の言葉に視線を下げる。
彼女の母親は、私のばあやだった。屋敷を追われて侯爵家へと戻り、現在は引退して故郷の村で過ごしているそうだ。
「また、侯爵家に来たらお世話させてくださいね。約束ですよ?」
「……分かったわ。その時はよろしくね」
そう返すのが精一杯だったのに、彼女は嬉しそうに笑った。……それが何だか、気恥ずかしい。
「そう言えば、明日に向けて一つお願いをしてもいいかしら?」
「何でしょう?」
お願い事を伝えると、彼女は目を丸くした後、楽しそうに了承したのだった。




