48. お父様だと、思ってもいいですか?
本日何度目か分からないため息を吐いた。
目の前にあるのは本日届いた贈り物の山。父がこちらに来る前に、久々に会う私のために家令へ用意するように言付けていた品々だ。
先程客室の一画に積まれた箱の山に唖然とし、こんなには……と言いかけたが、父は騎士から呼ばれて出て行ってしまった。なので一人贈り物の箱と格闘している。
「どうしようかしら……これ……」
何個か箱を纏められないかと開封して確認する。
茶器のセット、高級洋装店の寝巻きや上等な庶民服が数点、舶来品の珈琲豆、高級店の紅茶の茶葉、東の果てにある国の飾り物、高価な宝石をあしらった髪飾り……素直に嬉しい物もあるが、そもそもこの荷物があの屋敷に入るだろうか? 家の中の収納を考えてみる。……きっと、入るとは思うが、箱が邪魔だし向こうで開封しても処分に困るだけだろう。
「アルベルト、明日もお休みかしら……」
息を吐きながらそう呟く。飽きるまで休んでいいと言ったのだから、明日もきっと休むだろう。……かもしれない。そんな相手に家のことを相談するのは忍びない……いや、どうせ隣の部屋なのだから、戻って来た時に声を掛けるのは悪くないだろう。……いやでも、しかし、顔を見ないこと、と申し伝えていたのに、私から顔を合わせようとするのは如何だろうか。
そんなことをひたすら考えていると、ドアがノックされた。
「はい」
「公爵様のお戻りです」
「どうぞ」
ドアの外で待機している侯爵家の騎士からの呼びかけに応答する。返事をすると、父が客室に戻って来た。
「エリー、ただいま」
「おかえりなさい」
努めて明るく、父へ挨拶を返す。
「何かあったのですか?」
「いや、特に何もない。少し確認しに行っていただけだ」
「そうですか」
「……贈り物は気に入ったか?」
「ええ、とても。ありがとうございます。大切にしますね」
にこりと、父に言うが、父の表情が晴れない。……何かあったのだろうか。
「エリー」
「はい」
「……何かして欲しいことはあるか」
父の問いに目を丸くしたまま、ゆっくりと首を横に振る。
「いいえ。ありません」
「苦労は、してないのか」
「今まで侍女に世話をしてもらっていたことを自分でやるのですから、多少の不便はありますが、他は特に何も……」
「……私に、頼れないか頼りたくないのではないか」
目の前に座る父が、膝の上で拳を握る。……一体、どうしたのだろうか。
「父様?」
「お前はあの日からずっと、私のことを嫌っているのではないか?」
「……え?」
「事件があって家に帰ったあの日から、お前は私に甘えなくなった……距離を取って、何かあっても自分で考えて処理することが多くなって、私に報告することもなくなった。だから、お前にあんな酷い仕打ちをした私のことが嫌いになったのだと思ったのだ」
父の言葉に、目を見開く。目の前にいる父は、今にも泣きそうに、顔をくしゃりと歪めている。
「エリー、聞いてもいいか? いや、寧ろ聞かせてほしい。——私のことを、どう思っている?」
父の問いに瞳が揺れる。
視線を落とし、複雑な心境を言葉にするために、口を開いた。
「嫌いだとは思っていません。……でも、どう思っていいのか、今も分からない状況です」
父が話を聞くために私の隣に座る。客室の中は、私と父の二人きり。他に音がしているのは、暖炉だけだ。
「私が恩寵持ちなのは、ご存知でしょう?」
「ああ」
「私が……幼かったエリーを押しのけて恩寵が目を覚ましたのは、あの日、死に瀕した時でした」
誰もいない、がらんとした空き部屋。扉を叩いても返事をしてくれない。食事も水も、持ってきてくれない。喉が切れるほど大声を出しても、誰も来てくれない。
もう駄目だ、と力尽きる直前にエリーは思った。とてもとても、深い悲しみに襲われた。
そして、目が覚めた時には私が——現代日本人だった『私』が、エリシアとして覚醒していた。
「何とかエリーを助けようと夢中でした。私はエリーではないから、助けて、解決したらエリーに戻ってもらうと思っていたのです。……それなのに、幾ら呼び掛けても、エリーは戻って来てくれませんでした」
最初はよくある転生か憑依だと思っていた。
だから、エリーがいるなら戻って来てもらって、私は再び寝るかいなくなれば問題ないと思っていた。
でも——現実は、物語のようには上手くいかなかった。
「私の中には、今まで大切にされていたエリーの記憶も、以前大人だった私の記憶もありました。私の自我がはっきりしていれば良かったのですが、……感情が、混ざってしまってどうにも上手くいきませんでした」
息を吐いてから、父を——公爵を見る。
「公爵様が帰って来られないのは、分かっていたのです。お仕事が忙しくて、最愛の人である母を……奥様を亡くされたから、深い悲しみの内にあることも、重々承知していました。……頭では分かって言い聞かせても、駄目なんです。心が……幼いエリーの心が、ずっと、叫んでいるんです。寂しいって。父様に側にいてほしいって、泣き叫んでいるんです」
「……………………」
「現状、感情のままに動いても何も変わらないから、私はエリーの心を押し殺して、平気な振りをしていました。当たり前なんだから仕方ないって、中身は大人なんだから、冷静に振る舞わなきゃ、って」
「……では、私を嫌っていたのではなくて……」
唇を引き締め、視線を下げる。視界が、滲む。ずっと押さえ込んでいた感情が、溢れる。
「……寂しかった。側に、居て欲しかった」
気付いたら、父にしっかりと抱き締められていた。……私はエリーではないと告げたのだから、そんな資格はないと離れたくても、離れられない。
「すまなかった」
「公爵様、私は……」
「そんな風に言うな。私はお前の父親だ」
「……でも」
「気付いてやれなくて、すまなかった。苦しかっただろう」
「……でも、公爵様」
熱くなる目元からこれ以上涙が出ないように、堪える。
「私は、エリーじゃない。別の人間です」
「……そう思っていたのか」
「前世があるだなんて、信じられる訳がありません」
「恩寵はそういうものだと聞いている」
「それに私は……」
「エリーが恩寵持ちなのは、もっと前から知っていた」
公爵の言葉に目を丸くする。どうして、と言葉を発せずにいると、腕を緩めて公爵がこちらを見た。
鏡で見るエリシアと同じ、淡青の瞳が向けられている。
「エリーが言葉を発するようになった頃、知らない単語を口にしていた。それをまだご存命だった、同じく恩寵者である私の祖父が聞いて、二人で知っている単語を話して遊んでいた。だから、恩寵が覚醒する前から、私はお前を知っていたのだ」
そう言って、公爵が私の頭を撫でる。
「それに、私の娘はあの日までのエリーではない。難しい本を眉間に皺を寄せながら読むようになったことも、令嬢として背筋を伸ばして努力していたのも、好物の時は分かるほど喜んでいた姿も、空腹の時は澄ました顔で食べる速度だけ早くなることも、私は知っている。あの日以降もずっと、お前は私の娘だ」
公爵は目元を潤ませながら、再び私を抱き寄せる。
「そうだった。エリーは寂しがり屋で、よく妻のベッドに潜り込んで一緒に寝ていた。どうしてそんな大切なことを、忘れていたのだろう」
その言葉に、私の中のエリーが報われた気持ちになった。
涙を零しながら、公爵の背中に手を回す。
「お父様だと、思ってもいいですか?」
「ああ。当たり前だ。私の娘なんだから」
「……父様」
父の背中の服を掴むと、頭を撫でられた。
「これからはもっと甘えていい。今以上に甘えていいから」
「だって……父様忙しくてあまり帰ってこない」
「それは本当に悪かった。……合間を見つけて、またこちらに来よう。次はお前の屋敷に行ってもいいか?」
「……嫌だ」
そっぽを向いた私に父が肩を跳ねさせる。
「エリー」
「だって、父様また来たらこんなに贈り物を持ってくるのでしょう? 要らないです。一個か二個で充分です」
「……公爵家の令嬢なら、これくらいが普通だぞ」
「要りません。片付ける場所とか悩むんです。来てくれるのは嬉しいですが贈り物は減らしてください」
「贈り物が入らないほど屋敷が小さいのか。侯爵に建屋の選定を任せていたが……。ならば増築するかもっと広い屋敷に引っ越すか?」
「違うんです。そうじゃないんです! 元々の性分であんな量の贈り物や高価な物は苦手なんです! あんなにもらっても、どこに仕舞うとか、片付けや箱の処分をどうしようか悩むから少なめで……」
「それは屋敷が小さいと言うことでは?」
「だーかーらー!」
元の言い方が出てしまった。はっと父を見ると目が合い、思わず二人とも噴き出して笑ってしまったのだった。




