46. 休み方が分からない
「休み……ですか?」
「ええ、そうよ」
思わず聞き返すと、テーブルで手紙を書いていたエリシアが頷いた。
公爵が王都の友人から預かっていた贈り物を届けてくれたため、その礼状を書いているらしい。今朝はベッドを出られる程度には体調も戻っていた。
「殿下も帰って心配事が一つ無くなったわ。今は伯父様の屋敷で侯爵家の騎士もいるもの。ゆっくり羽を伸ばしたらどうかと思って」
「……休むつもりでしたが、それは辺境の屋敷に帰ってからでも……」
「そう? 屋敷に帰ったらまた私に付きっきりよ? 私の護衛を気にせずゆっくり出来るのは、今くらいでしょう?」
エリシアの言いたい事は理解出来る。……しかし、休むのなら辺境の屋敷の自室で十分で、いつものように彼女と共に過ごすのも、肩に力が入らずのんびりとしている。
……休みならそれでいい。そう伝えようと口を開いたが、「もう伯父様にも伯母様にも話をしていてね」とエリシアは続ける。
「侯爵家の騎士と私の家の騎士も交代で付けてもらうわ」
「……しかし、何かあったら」
「大丈夫よ。伯母様にお茶に誘われているし、父も側に居てくれるわ。伯父様からも遊戯に付き合ってもらえないかと言われているの」
そう言って、エリシアは微笑む。
「だから急だけど、明日からあなたが飽きるまで休みを出すわ。朝も思いっきり寝坊してね。二度寝だって、何してもいいわよ。その代わり、私の顔は出来るだけ見ないこと」
「それは……」
「休みの日に私の顔を見たら休まらないでしょう? ……休むのなら今のうちだから、ゆっくりしてね」
そう、エリシアに言われてしまい、困ったアルベルトは言い淀みながらも、了承したのだった。
* * *
「そうは言われても、な」
エリシアの部屋の隣に用意された騎士の部屋で、アルベルトはため息と共に呟く。
本日から休みだった。寝る前はエリシアに言われた通り、少し遅めに起きてみよう。ぐっすり寝てみようと思っていた。——しかし、いつも通り早朝に起きてしまった。
朝食まで余裕があったから、部屋で鍛錬をして剣の手入れを行う。そうして、本日のやることが終わってしまった。
いつもなら、騎士服に着替えたらそのままエリシアの側に付き、侯爵家の騎士と交代で食事や休憩を取っていた。
休みならば、この後の予定が全く無くなる。
侯爵邸でやりたいこと……考えつくのが、エリシアを誘って庭を散歩するかヴィオラに会いに行くこと、もしくはちらりと見た図書室が豪華だったから、同じくエリシアを誘って本や詩集を見繕ってもらうこと、だった。
しかし、顔は出来るだけ見ないこと、と言われてしまったら、それらの選択肢は外されてしまう。
「……………………」
辺境に来る前の近衛騎士団での休暇は、どうしていたか……割と最近の話のはずなのに思い出せない。
とにかく、そろそろ騎士の食堂が開くはずだ。まずは腹拵えしてから考えよう。……エリシアの顔を出来るだけ見ないように、とは言われているが、絶対ではなかったはずだ。
だったら本を見繕う相談をしてもいいだろうと、そう考えてアルベルトは部屋から出たのだった。
「やぁ、おはよう」
「おはようございます」
食堂で朝食を取っていると、前の席に男が座った。顔見知りになった相手にアルベルトは挨拶を返す。
彼は、北部侯爵家の騎士団長だ。
「今日は休みなんだってな」
「はい。エリシア様から指示されました」
「こっちも話は聞いている。うちが交代でお嬢の護衛をするつもりだったが、公爵家も混ぜてくれと話があった。……と言うか、こちらが護衛するからうちは引っ込んでろと言いたげだった」
はぁ、と向かいに座った男はスープをかき混ぜながら息を吐く。
「そっちは何か言われているか?」
「いえ……」
そう言って、アルベルトは顔は動かさず、視線だけ向ける。
少し離れたテーブルに座った公爵家の騎士が、こちらを見ている。まるで品定めをしているような、文句があるような視線だ。
「今の所は、何も」
「向こうの奴、睨み付けているな。ぽっと現れたあんたがお嬢の護衛をしているのが気に食わないんだろ。だったら、お嬢が辺境に行くのが決まった瞬間に是が非でも同行しようとすれば良かったのに」
男はスープを口に運び、パンをちぎって口に放り込む。
「そちらは?」
「うん?」
「俺のことはどう思っているのですか?」
食事から顔を上げ、咀嚼をして口の中の物を呑み込んでから、相手は口を開く。
「別に。特に何も」
「そう……ですか」
「何だよ。何か思われたかったか? きゃー近衛騎士団副団長様格好いいー! とか?」
「やめてください」
「冗談だよ。お前は真面目で謙虚だから、うちの侯爵様も評価してるぜ。向こうから何か言われてもうちとお嬢のお墨付きだって堂々としとけ」
「……………………」
小さな声で、アルベルトはありがとうございますと口にする。
その様子に、男は小さく笑って食事を再開した。
「しかし、その様子だと副団長への抜擢は性格よりも実力ってところか?」
「……恐らく」
「何だ、自信がないのか?」
「王国騎士団所属の者と比べると、華々しい功績がないから、俺でいいのか、と……」
「まぁ、王国騎士団と近衛騎士団じゃやることも戦う相手も違うからなぁ。……そうだ」
男が顔を上げる。
「あんた、今日は暇は?」
「はい。今の所」
「だったら、この後若いのと鍛錬するから付き合えよ。何だったら公爵家の連中も巻き込んじまおうぜ」
面倒な奴実力で黙らせてやれ。
そう小さく呟かれ、アルベルトは戸惑いながらも、頷いたのだった。
* * *
正直に言えば、久々の手合わせは楽しかった。
ここ最近の鍛錬は身体作りと素振りが主で、防具を着け模擬の剣を手に騎士と手合わせするのは、随分久しぶりだった。
しかも相手はいつも手合わせをしていた近衛騎士ではなく、北部で実戦を経験してきた騎士達だ。
構えも振りも戦い方も何もかもが違って新鮮で、つい手合わせした後に色々と聞いてしまった。
聞けば、北部の騎士は傭兵出身者が多く、肥沃な穀倉地帯を狙う隣国との小競り合いや、盗賊・武装集団への対応も多いようだ。
さらには冬には人里に降りてきた空腹の獣や魔物を相手にするとなると、戦い方も変わるだろう。
だから違うのか、と感心していると、手合わせをした侯爵家の若い騎士達が目を輝かせながらアルベルトに尋ねる。
「それにしてもお強いですね。一撃一撃が重くて受けるのがやっとでした」
「そうか」
「視野も広くて二対一でも全く隙がありません。何かコツがあるのですか?」
騎士達に重い一撃を与える方法や、視野の取り方を教えていると、背後から声を掛けられた。
先程食堂でアルベルトを睨み付けていた公爵家の騎士が、こちらに向かってくる。
「失礼。私と手合わせしてくれないか」
「……ああ、もちろん」
「もし、私が勝ったら……エリシア様の護衛を辞退してくれないか?」
随分な物言いにアルベルトは眉根を寄せる。
「それは出来ません」
「……何?」
「俺がエリシア様の護衛に就いているのは陛下のご命令です。勝敗で決められることではありません」
そこで一度言葉を切り、アルベルトは模擬の剣を構える。
「ですが、手合わせならお受けします」
「……随分と自信があるんだな」
「いいえ。ただ、負けるつもりは毛頭ありません」
相手も剣を構える。侯爵家の騎士が慌てて審判となり号令を出した。
結果は、アルベルトの圧勝だった。
相手も背後にいる人を守るための戦い方だった。それならば、国王やエリシア——絶対に傷付けてはならない相手を背にして戦うことなら、近衛で何度も叩き込まれていた。自分が落ちれば、その背後に刃が届く。だからこそ、負ける訳にはいかない。
「なるほど。『不落の剣』だっけか? 異名は伊達じゃないな」
「……やめてください」
様子を見ていた侯爵家の団長に話しかけられ、アルベルトは少し嫌そうにする。『不落の剣』だなんて存在するはずがない。周りが勝手に言っていることだから大袈裟すぎて正直恥ずかしい。
「ありがとう。あなたも充分強かった」
素直に礼を言って手を伸ばせば、相手は苦虫を噛み潰したような表情で俯いていた。
余程、自分の方が実力が上だと思っていたのだろうか。——それともエリシアに思い入れがあるのだろうか。
自身よりも少し年齢が下に見える彼に声を掛けようと口を開いたが、耳に届いた拍手の音にアルベルトは顔を上げる。
見れば、エリシアの父であるルヴェリア公爵が観戦していた。すぐにアルベルトは敬礼をする。
「いい。楽にしてくれ。——見事だった。グランツ卿」
「はっ。ありがとうございます」
「少し話がしたい。付いてきてくれるか」
ちらりと、アルベルトは手合わせをした公爵家の騎士を見る。顔を上げない彼をもう一度だけ見て、アルベルトは剣と防具を若い騎士に渡し、公爵に従ったのだった。
たいっへん遅くなりました!!!
来週も土曜日には更新出来るように頑張ります!!




