44. 元気そうでよかった
部屋に入ると離れ離れになっていた親子が再会を果たしていた。
ベッドで上半身を起こしているエリシアを、公爵が両腕でしっかりと抱き締めて、額を寄せている。
……護衛として室内に入ったが、出来るだけ邪魔しないように、アルベルトは扉の側で待機した。公爵家の騎士は公爵の側で待機している。
「エリー、よかった……もう会えないかと思った……!」
「父様……!」
お互いに涙を流しながら抱き締め合い、そっと公爵が身体を離すと、エリシアの顔を両手で包む。
「殿下が連れ戻しに向かったと聞いて気が気ではなかった。何もされなかったか?」
「……まぁ、色々あったけれど、ちゃんと戻らないと答えたわ。もう大丈夫よ」
「色々? 何があったんだ?」
「それは……私よりも伯父様や伯母様が苦労されていて……」
端的に、何があったのかをエリシアは公爵に説明する。話を聞き終わると、公爵は深く息を吐いた。
「全く。だったら最初からエリーを大切にして離さなければ良かったではないか」
「今更よ。もう遅いわ。……父様にも、迷惑をかけてごめんなさい。忙しいのに北部まで来るのは大変だったでしょう?」
「お前の方が大事だ。エリー。無事で本当によかった」
公爵の言葉にエリシアは目を伏せる。その姿にアルベルトは胸に引っかかりを覚えた。
「身体の調子はどうだ? こちらでの暮らしは? 苦労していないか?」
「ええ。こちらに来てから目眩も減ったの。伯父様や伯母様もよくして下さって、グランツ卿がいるからとても助かっているの」
「……………………」
公爵が、アルベルトの方を振り返る。今度は別の意味で背筋が伸びた。
「……お前を辺境へ送り出した後で、陛下が護衛騎士を遣わしたと聞いたんだ」
「私も、一人で過ごすつもりだったらとても驚いたわ」
「何か不都合はないのか? 今からでも侍女を送るぞ」
目を瞬かせたエリシアが、アルベルトを見る。
「何か不都合はある?」
「……今の所はございません」
「ですって。どうしてもの時は、相談してもいい?」
「それは……構わないが……」
戸惑いながらも公爵がエリシアとアルベルトを交互に見る。
「本当に問題はないのか。見たところ、王都にいた頃よりは元気そうだが……」
公爵がエリシアの頭の横に手を添えるが、当のエリシアはきょとりとしている。
「そう?」
「顔色が良い。頬も以前ほどこけていない」
「太った……のではなく?」
「いいや。まだ痩せているくらいだ。でも髪の艶や目も表情もまるで違う」
未だによく分かっていない表情のエリシアを、そっとアルベルトは改めて見る。
確かに、王都にいた頃も美しいと思っていた銀に近い白金の髪は、窓からの光で艶を帯びて輝きを増していた。
護送馬車に揺られていた時の青白い肌は、この間倒れたばかりでまだ調子は悪そうだが、今は血色を伴っている。
王都を出た頃は服越しにも折れそうな程細かった身体も、以前よりはしっかりとしている。頬も、言われてみれば柔らかな丸みを取り戻していた。
「王太子妃になる予定がなくなって、忙しくなくなったからかしら?」
「静養は出来ているのか?」
「ええ。もちろん」
「食事は? どうしているのだ?」
「グランツ卿が作ってくれるの」
「…………卿が?」
公爵の声が低くなったのに、エリシアは気付いていない。そうなの、と嬉しそうに続ける。
「私の体調に合わせて用意してくださるの。とても優しい味で、つい多く食べてしまうわ」
「……………………」
「他にも、掃除や洗濯もしてくれるし、あの緑色のじゃがいもも、頼んだら畑に植えてくれたわ。あともう少しで収穫よ。いっぱい獲れたら家にも送るわね」
「…………あ、ああ……」
「他にもね、具合が悪い日は気を使ってくれてとても助かっているの。それにね」
嬉々としてエリシアが近況を話し始める。
母に憧れて馬に乗り始めたこと、アルベルトに助けられて練習していること、今度近くの湖に行く予定のこと、街の市まで一緒に行ったこと——。
如何に楽しかったかをエリシアは公爵に語り、アルベルトは内心落ち着かない気持ちでエリシアと公爵を交互に見る。
……何故だろう。嬉しそうなエリシアに対して、公爵の纏う空気の温度が、下がっている気がする。
「あ、そうだわ。父様。お願いがあるの」
思い出したと、エリシアが顔の前で手を合わせて公爵に尋ねる。
「実はこの間燃えかけて、グランツ卿のマントを焦がしてしまって」
「……燃えかけた?」
公爵の声が一段と低くなった。アルベルトの背に緊張が走る。
「何故? 無事だったのか? 火傷は?」
「……殿下とのやり取りで少し負荷がかかってしまったの。でも、グランツ卿が周りを巻き込まないように対処してくれたから問題なかったわ。私も、護符があったから火傷はしていないわ。その時に、私が燃えないように包んでくれたマントを焦がしてしまって……」
公爵の瞳が、鋭くなった。しかしアルベルトの方に身体を向けた時には、少し眼差しが柔らかくなった気がした。
「君、火傷は?」
「……問題ありません。閣下」
「治療はしたのか?」
「医師から軟膏を貰いました。痕も残りません」
実際に、数日は赤くなってひりついたが、冷やして軟膏を塗ったお陰ですぐに回復した。今は何ともない。
「本当に大丈夫?」
心配そうなエリシアの声に、アルベルトは身体を向ける。
「大丈夫です」
「その後も休まずに私を守ってくれていたでしょう? 火傷まですぐに気付かなくてごめんなさい」
「い、いえ。俺も特に酷くなかったので報告していませんでした」
「殿下も帰ったことだし、落ち着いたらちゃんと休んでね」
「かしこまりました」
「それでね」
娘の問いかけに、公爵は身体をそちらに向けた。
「グランツ卿に新しいマントを贈りたいの。手配をお願いしてもいい?」
「……君」
呼びかけにアルベルトの背筋が伸びる。……嫌な予感がする。
「どんな物がいい?」
「……どんな、と仰いますと……」
「娘を助けてくれた礼だ。一級品を贈ろう。そうだな……最低でも耐火と耐熱、それに火炎魔法への耐性も必要か。高位の魔術師に付与を依頼すれば、さらにそれ以上が……」
「いいえ、閣下! あれは騎士団の支給品ですので替えがあります! 贈り物は不要です!」
「……騎士用なら衝撃耐性や防御力の強化が必要だな」
「閣下!」
「卿よ、替えがあっても娘を守るには心許ない。今回の行動に報いるためにも、これからのためにも必要な代物だ。受け取りなさい」
「しかし……」
困った、とエリシアを見たが、本人はベッドの上でにこにことしている。
「貰える物は貰っておくべきよ。受け取って?」
……取り付く島も、何処にもない。
内心、アルベルトは息を吐き出したのだった。
仕事で潰れて遅くなりました。
次の更新は9/5(土)の予定です。




