43. 父様が来た
近衛騎士団長の到着を出迎えるために、アルベルトは侯爵邸の玄関前で待機していた。
エリシアは客室で休んでおり、護衛は侯爵家の騎士に代わってもらっている。
最初はエリシアの側に付き添おうとしたのだが、エリシアから「団長様がいらっしゃるのでしょう? 久しぶりに会うのだからいってらっしゃい。私は父様も来るのだから、大人しく寝て休んでおくわ。きっと今日は忙しくなりそうだから。侍女も騎士もいるから大丈夫よ」と促されてしまった。
辺境に来てからずっと、エリシアの側を離れたことがないから、これだけでも少々不安になる。
——ちゃんと休んでいるだろうか。騎士や侍女の前では、公爵令嬢として気を張っている時間が長い。無理をしていないか心配だ。
「……グランツ副団長」
同じように騎士団長の到着を待つ王太子が、アルベルトに声を掛けて来た。目を向ければ端正なその顔は疲れ、目は腫れていて酷い状況になっている。
「……エリシアは」
「休まれております」
「そう、か……私の、ことは……」
「何も申しておりませんでした」
端的に伝えれば、王太子の顔はさらに暗くなった。アルベルトはそれ以上話かけず、ただ静かに門の方角を見て団長の到着を待つ。
様子を見かねてか、玄関に現れた侯爵がアルベルトを呼び寄せた。……近衛騎士副団長として本当は思ってはいけないだろうが、王太子と離れたことで少し気が楽になる。
「おはよう、グランツ卿」
「おはようございます、閣下」
「……殿下に何か話かけられたか?」
ちらり、と殿下に視線を向けられた後、尋ねる侯爵にアルベルトは姿勢を正したまま「特に何も」と短く答えた。
辺境での暮らしやエリシアの体調、ヴィオラについて侯爵と話をしていると、ようやく門が開き、一団が到着した。
先頭は馬に乗った近衛騎士団長、続くのは団長直属の第一部隊の面々。団長と目が合い、アルベルトは敬礼をした。それを見て団長が馬上で敬礼をする。
さらに続くのは馬車が二台。一つは王家の馬車。その後ろに続くのはルヴェリア公爵家の馬車だ。
——あの馬車に、エリシアの父である公爵が乗っている。
そう考えるだけで、アルベルトの背筋に自然と力が入った。
「北部侯爵閣下。出迎えありがとうございます。まずは陛下に代わり、この度の件についてお詫び申し上げます」
到着した近衛騎士団が馬から降り、団長が侯爵に敬礼をした後頭を下げる。ふん、と侯爵は鼻で息をした。
「遠路はるばるご苦労。貴卿も大変だな。中で休むのなら茶でも出そう」
「いいえ。これ以上閣下や夫人、令嬢に迷惑はかけられません。殿下と合流したらすぐに王都へ引き返すよう陛下から命じられております。また正式な謝罪は王城で行うと陛下が仰せです。急ぎではありませんが王都に戻られましたら登城をお願いします」
「……分かった。しかし、私も姪の監視が忙しくてな。すぐには行けないと伝えてくれ」
「かしこまりました」
団長の視線がアルベルトに移り、アルベルトは敬礼を行う。
「卿も久しぶりだな。こちらでの謹慎はどうだ?」
「問題ありません、団長」
「そうか。閣下、部下はよくやっていますか?」
「何も問題ない。ちゃんと大人しくしているさ」
そう言って、侯爵がアルベルトの肩を叩くのだから背筋が伸びてしまった。
……表向きの謹慎に合わせてくれているのは分かるが、どうにも落ち着かない。
「ならよかった。引き続き励みたまえ」
肩を叩いてきた団長だが、詳細は後ほど、と小声で伝えられてアルベルトは厳しい顔で一つ頷いた。
続いて団長が王太子へと声を掛けに行く。それを視線で追っていたが、侯爵家の騎士が正面を向いて敬礼をしたので、アルベルトもすぐに身体を正面に向けて敬礼した。
ルヴェリア公爵家の荘厳な馬車から、公爵が降りてきた。
銀色の髪を後ろで一つに纏め、眼鏡の下から淡青の瞳が鋭い眼光を放っている。
王城で何度も目にしているはずなのに、こうして間近で見ると、その目元は令嬢として振る舞うエリシアによく似ている。ああ、親子なのだとアルベルトは内心思ってしまった。
「よく来たな、公爵。待ちくたびれたぞ」
「遅くなってすまない。エリシアは?」
「客室で休んでいるぞ。会いに行くか?」
「勿論」
鋭く冷たい眼光が、アルベルトに向けられる。……国王に会う時とはまた違う緊張が、全身を駆け巡る。
「……卿が、陛下から遣わされた護衛騎士か」
「はっ!! アルベルト・グランツと申します。陛下よりエリシア様の護衛を拝命しております」
「……………………」
眼光が、さらに鋭くなる。
暑くもないのに、アルベルトの背中に汗が伝う。
「そう警戒するな。此奴は貴公と同じく真面目な男だ」
ぽん、と侯爵に背中を叩かれてしまった。侯爵を見れば、こちらを見て片目を瞑っている。
「……どうだか。娘と二人で暮らしている男を信用出来るか?」
「見境もないと? 貴公がそれを言えるか? 次期侯爵だった我が姉を口説き落としたのは誰だったか」
ぐ、と公爵が言葉を呑み込む。
「ここで話す内容でもない。折角貴公が来たのだから、エリーが回復したら晩餐会を開こう。そこで詳しく話そうじゃないか」
「そんな時間は……」
「グランツ卿、私はここで殿下を見送る。ルヴェリア公爵をエリーの客室まで案内してくれ」
「かしこまりました。閣下」
こちらです、と公爵を案内する。……一瞬だけ、公爵が団長と話をしている王太子に視線を向けた。しかし、王太子の様子に目を細めると、一瞥しただけですぐにアルベルトの案内に続いた。
「エリーは無事か」
案内のため先導するアルベルトは、公爵からの問いに短く答える。
「無事でございます。閣下」
「殿下に何かされなかったか」
「お怪我はございません。毅然とした態度で対応されていました」
「……そうか」
会話はそれ以上は続かない。
客室の前に到着し、アルベルトがドアをノックする。
どうぞ、と聞こえた声が少しうわずっていた。扉を開けて促すと、公爵が一呼吸してから、その中へと入っていった。
「エリー!」
「父様!」
嬉しそうな声が室内から聞こえてくる。
少しだけ口元が緩んで、アルベルトは中に入ったのだった。




