42. また会いましょうね
——王太子とエリシアのやり取りがあった、その翌日の早朝。
エリシアの滞在する客室の入り口で護衛に当たっていたアルベルトだが、その耳に廊下を歩く足音が届いた。
視線を向けて警戒するも、現れた姿に肩の力が抜ける。
「おはようございまーす」
小さな声で挨拶しながらやってきた彼の部下であるカイルにアルベルトは息を吐く。
「本当に来たのか」
「当たり前じゃないですか。これ逃したら次いつ会えるか分からないんですよ?」
「……向こうの部隊長には」
「交代の合間に副団長に挨拶してくると伝えました。ほら、嘘はついていないでしょう?」
ため息を吐いたアルベルトが、ドアをノックする。向こう側から、どうぞと返事があった。
「エリシア様から侯爵夫妻に話を通してある。まだ病み上がりだから長くは話せないぞ」
「ありがとうございます!」
こくりと頷いたカイルが、ドアを開けて覗き込む。そして中を見てぱっと表情を明るくした。
「エリシア様!」
「カイル卿」
ベッドで上半身を起こし、肩にストールを掛けたエリシアがカイルを見て表情を和らげる。傍らでは侯爵家の侍女が飲み物を用意していた。
「またお会い出来て本当によかった……! こんな早朝になってすみません。どうしても殿下の目を盗んでくるとなるとこの時間になってしまって……!」
「いいのよ。私もまた会えて嬉しいわ。こんな格好でごめんなさいね。紅茶でよろしくて?」
「いえ! どうか俺のことは気にせず休んでください! 少し話が出来たら俺も戻りますから!」
ベッドの傍らで小声で話すカイルに、侍女が紅茶を渡す。礼を言ってからそれを受け取って、優雅に口を付けた。流石に貴族出身だな、とアルベルトは思う。
廊下の警護は話を通していた侯爵家の騎士に任せ、アルベルトも室内に入った。カイルとは反対側、扉に近い位置でエリシアの側に控える。
「ご体調はいかがですか? 崩されたのはこちらでも聞いていました」
「少し燃えかけただけよ。大丈夫」
「燃えかけただなんて、相当酷いじゃないですか! 俺と話していいんですか?」
「ええ。今は落ち着いているの。こうやって話すのは問題ないわ」
にこやかに話すエリシアに、カイルの肩の力が抜ける。
「辺境での生活、大変じゃないですか?」
「そうね。自分のことを自分でしないといけないのは大変だけど、王都と違って時間の流れがゆっくりだから過ごしやすいわ」
「副団長はどうですか? 堅物すぎて言うこと聞かないとかないですか?」
「まさか。とてもよくしてくれるわ」
ね、と話を振るエリシアに、アルベルトは表情を変えない。
そのエリシアとアルベルトを、カイルは交互に見た。
「お二人とも仲良くなっています?」
「そうね。そうかもしれないわ」
「……カイル、つまらない話をするならつまみ出すぞ」
「世間話ってやつですよ! ちょっとくらいいいじゃないですか!」
反論するカイルにエリシアはくすくすと笑う。それを見てカイルの目が細くなった。
「エリシア様、雰囲気が変わりましたね」
「そう?」
「護送中の時は生き急いでいるような、切羽詰まってるような感じでしたが、今の表情、だいぶ穏やかで明るくなっています」
「そうかしら?」
顔に触れて戸惑うエリシアに、カイルは慌てる。
「だからって、今までの威厳がなくなったとか、そんなんはないですよ! 殿下と応対した時のエリシア様、めちゃくちゃ格好良かったです! 特に扇で口元を隠された時なんか——」
「カイル卿、今回どうして殿下の側にいたの? 所属は違うのではなくて?」
エリシアの問いにこくこくとカイルは首を縦に振る。
「そうなんです。殿下が王都を出立する際に御自身に従う近衛騎士に声を掛けたんですが、ちょうどそれを俺が聞いたんですよ。これは誰か付いて行った方がいいと思って立候補して、すぐに団長にも連絡入れました!」
「よくやったな」
「通信具越しに団長からも褒められました!」
ぐ、とカイルがアルベルトに親指を立てる。
「あ、もうじき団長が到着するって話ですけど、今回の件や任務の今の状況や報告を副団長から直接聞きたいって言ってました」
「ああ、オスカーから聞いている」
「ならよかった。団長も殿下を回収したら、そのまま王都に帰るそうです。俺たちもそれに伴って帰ります」
「……そう」
少し寂しそうなエリシアに、カイルは胸が詰まった様子で、その手を取って両手で包む。
何事かと、アルベルトは目を見開いた。
「エリシア様、俺とオスカー、休みが残っているのでもう少ししたらまとまった休暇を取ろうって計画しているんです。その時にエリシア様に会いに行ってもいいですか?」
「ええ、もちろん」
そう答えたエリシアの表情が明るくなる。
「でも、うちに客室は一つしかないわよ?」
「街で宿を取りますのでご迷惑はお掛けしません!」
「そこまで気にしなくても……」
困ったようにエリシアはアルベルトを見上げる。
アルベルトは表情を出来るだけ変えないようにした。
「部下二人なら問題ありません」
「そう? ならその時に相談しましょう」
エリシアとアルベルトのやり取りに、ぱっとカイルの表情が明るくなる。
「では日取りが決まったら連絡します。エリシア様、また会いましょう? 楽しみにしています!」
カイルの言葉に目を丸くしたエリシアだったが、すぐに表情が柔らかくなった。
「ええ。私も楽しみにしています。また会いましょうね」
——彼女の口から自然と、未来の約束が零れていた。以前なら考えられなかったそれに、アルベルトはそっと胸を撫で下ろす。
手を握り合った後、時間だとカイルはエリシアに一礼して客室を出た。アルベルトも見送るためにそれに続く。
客室を出た所で、カイルがアルベルトの脇腹を肘で突いた。
「オスカーから色々聞いてますよ? めっちゃ仲良くなっているじゃないですか」
「……………………」
「お二人の愛の巣を邪魔する気はないんで、遊びに行かせてくださいね」
「カイル卿」
「はっ」
「怒るぞ」
アルベルトの短い言葉にカイルは直ぐに離れ、びし、と敬礼する。アルベルトも短く敬礼すると、カイルは態度を和らげ、手を振ってその場を後にしたのだった。




