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すべてを失った令嬢は騎士の愛を選ぶ——その愛は、もういりません  作者: 円花なまり
第四章 救うのは、愛

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35. 手を、握って

 倒れたエリシアをマントで包み、アルベルトはそれをひたすらに抱きかかえ、医師が来るのを待っていた。

 腕の中のエリシアは、とても熱い。包んだマントの中から見えるその顔はいつもより白く、じっとりと汗を掻いている。

 体内に溜まった魔力が漏れているのだろう。華奢な彼女を固く抱き締めて、この熱が自身に移ってくれないかと願う。


 先程の王太子と相対していたエリシアは、とても毅然としていた。

 感情に任せて怒鳴るのではなく、背筋を伸ばし、扇で口元を隠し、冷静に対処していた。

 これだから自分の主(エリシア)は格好良くてたまらないのだと、胸が梳く思いだった。

 だから、エスコートで彼女の手に触れた瞬間、とても熱かったそれに驚いてしまった。

 体調の悪化をひたすら耐えていたのだろう。もう大丈夫だと告げると、アルベルトの名前を呼んでふつりと糸が途切れてしまった。

 エリシアはここまでして頑張ったのだ。ここからは、アルベルトの番だ。


「お待たせしました! 状況は!?」


 呼びに行った侯爵家の騎士が医師を連れて戻って来てくれた。それにようやく、アルベルトは少し息を吐く。


「意識を失っています。魔力が漏れ出たようでとても熱いです。袖口が焦げています!」


 駆けつけた医師がアルベルトの側に座ってエリシアを覗き込む。いつもの眼鏡を付けたその顔は、エリシアを見て眉根を寄せる。


「思ったより状況は落ち着いていますね。グランツ卿、このマントは?」

「俺の近衛騎士団のマントです。防火の付与がされています」

「咄嗟の判断としては上出来です。こちらで耐火・耐熱を付与した布を用意しました。これでエリシア様をお包みください」


 騎士達が布を広げたので、その上にエリシアを寝かせる。布に包みその上から触れると、伝わってくる熱が格段に下がった。騎士の一人が医師の指示で布の隙間から冷気を流し込んでエリシアを冷やしていく。


「これで様子を見ましょう。熱気が落ち着けばベッドに寝かせられます。あと少しの辛抱です」


 医師の言葉の通り、エリシアの熱は徐々に下がってきた。しばらくそうしたのち、医師の判断でエリシアは先程の客室に戻ってきた。

 侯爵家の侍女が彼女の着替えや介助を行い、入室が許可された時には、エリシアは身綺麗になって寝間着姿で眠っていた。

 それでも、まだ表情は辛そうだ。


「……エリシア様は」


 アルベルトが医師に尋ねると、医師は難しい顔でこちらを見る。


「魔力の暴走は収まりました。しかし今はその反動で生命浸食が始まっています。それにエリシア様が耐えられるのを祈るばかりです」

「……………………」


 アルベルトが目を伏せ、静かにエリシアが眠るベッドに近付く。


「今までこんなに酷くなることはなかったのに」

「本当、そうです」


 あっさりと言った医師にアルベルトが顔を上げると、医師はエリシアを見ながら息を吐く。


「魔力は精神力と繋がっていると言われています。だからエリシア様のように膨大な魔力をその身に秘めた方は、感情の起伏で簡単に魔力が漏れ出る事は多々あります」

「……つまり?」

「今まで漏れ出ず安定していたのが凄いと言うことです。応急的な薬の服用量も減っていました。それほど、この辺境での暮らしは穏やかな物だったのでしょうね」


 アルベルトは眠るエリシアに視線を向け、再び医師を見て尋ねる。


「ここ最近、エリシア様は顔色が良くなっているように見受けられました。あれは……」

「治ってはいませんよ。でも、容態は確かに安定していました」


 そう言って、医師は眼鏡を外す。


「心身が安定した事で魔力の波が落ち着き、生命浸食が抑えられた事で体力が回復しつつありました。なので辺境に来たばかりの頃でしたらこの状況からの回復は難しかったでしょう。今でしたら乗り切れる可能性が高いです」

「では、余命は伸びたのですか?」


 アルベルトの問いに、医師はゆっくりと首を横に振る。


「体調は安定しても、魔力が暴発する可能性があるのには変わりありません。今後も溜まり続けていますから、暴発する可能性も、体調を崩す頻度も増えていくでしょう」

「……俺に出来る事は何ですか?」


 再び眼鏡を付け、医師はじっとエリシアを見つめる。


「……手を、握ってあげて下さい」


 医師の言葉に、アルベルトは目を見開く。


「今出来る治療は終わりました。後の時間を穏やかに過ごすのは、エリシアの心次第です。……手を握って、側にいてあげて下さい。後出来る事は、それだけです」


 眼鏡を外して胸ポケットに仕舞い、医師は息を吐いた。


「私はこれで失礼します。侯爵夫人にご報告しなければ。きっと殿下の相手をしながらエリシア様の状況をやきもきしていることでしょう」

「……………………」

「火傷の薬をここに置いて行きますから、必要であれば使って下さい。……エリシア様を抱いていた所が赤いままです。もしエリシア様が目を覚ましたら、心配されますよ」


 鞄から出した小瓶を台の上に置き、アルベルトの肩を叩いて、部屋から出て行った。

 アルベルトとエリシア。二人になった室内の温度が更に下がったように感じる。

 ベッドに眠る彼女は、まだ目が覚めない。


「………………」


 アルベルトはベッドの側に膝を付き、そっと、エリシアの手を握って自身の頬に当てる。

 温度は先程よりも下がっていた。ただ冷やされていたせいか、とても冷たく感じる。


「……………………」


 名前を呼ぼうとした時に、これまで共に過ごした時間が脳裏に過ぎった。

 ヴィオラに甘えられて嬉しそうな姿。市でアルベルトの腕に手を添え、楽しそうに歩く姿。日にやられないように頭に布を被り、鼻歌混じりに洗濯物を干す姿。自分がルールだと気取ったような姿。……抱き上げたら、顔を赤くする姿。エリーと呼んで、アルベルトと呼ぶから、と馬上で言っていた、あの姿。


「……エリー」


 消え入りそうな声で、アルベルトは呼んだ。返事は、聞こえない。目に涙を溜めて、アルベルトはエリーの手を両手で祈るように包んだのだった。

次の更新は7/4(土)です。夜は所用があるので午前中のどこかで更新します。

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