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すべてを失った令嬢は騎士の愛を選ぶ——その愛は、もういりません  作者: 円花なまり
第四章 救うのは、愛

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34. 愛という名の傷

「エリー!」


 応接室で王太子殿下到着の報告を聞き、席から立って出迎えをすると、扉が開いて現れた殿下が私を見た瞬間、顔に喜びを浮かべて私の元に真っ直ぐに来た。

 恐怖に身体がびくりと強張り、反射的に一歩下がりそうになったが、ほぼ同時に後ろで控えていたグランツ卿が私と殿下に立ちはだかって壁となった。


「なっ! お前は、グランツ副団長!? どうして卿がここに居るんだ! 私を殴って謹慎中ではなかったか!」

「……国王陛下の命により、ルヴェリア公爵令嬢の護衛の任を受けております」


 殿下が渋い顔で私とグランツ卿の顔を交互に見ている。


「そこを退け、副団長! 私はエリーに会いに来た!」

「いいえ。退きません。今日は追放刑に処されたルヴェリア公爵令嬢との面会でお越しになったと伺っています。御身をお守りするためにも、まずは席にお着きください」


 忌々しげに、殿下が下がって用意された席に着く。殿下を案内した伯母様が小さく息を吐いたのが見えた。

 私は、目を丸くしてグランツ卿を見る。

 ——どうして、陛下からグランツ卿が護衛の任を命じられたのかが、よく分かった。

 グランツ卿は、近衛騎士団の中でも屈指の実力者だ。加えて殿下の顔を一発殴らせた事で、相手が畏怖を抱いて近付きにくくなる。

 さらに庶民出身のグランツ卿は、現在貴族の関係がなく、言い換えれば()()()()()()()()()()()

 殿下が連れているのは近衛騎士団だ。貴族出身者が多く相手が懐柔を迫ってきても撥ね除ける事が出来る。

 グランツ卿が下がる前に私に一礼をした。


「御身の前を失礼しました」

「構わないわ、グランツ卿。——あなたがいてくれて良かった」


 私の言葉に小さく頷いたグランツ卿が、再び私の後ろに戻る。

 対面には殿下、その後ろには近衛騎士団の面々。右手の席には伯母様が侯爵家の騎士を従えて席に着いた。


「ルヴェリア嬢は当家預かりですので、当主に代わり私が面会に同席します。エリシア、挨拶を」

「畏まりました」


 ドレスではない、一般的なスカートの端を摘まんでカテーシーを行う。自身が一番綺麗に見える角度は忘れていない。


「ご機嫌麗しゅうございます、王太子殿下。追放の身でありながら、このような機会を賜りましたこと、恐悦至極に存じます」

「顔を上げてくれ、エリー。そんな他人行儀な真似はよしてくれ」


 カテーシーを終えて顔を上げて、にこりと表情を顔に貼り付ける。どの口がそれを言うのか。


「エリシア、座って」

「ありがとうございます。失礼します」


 伯母様に礼を言ってから、席に着く。私の前には、武器となるノートと数冊の書籍を積んでいる。感情で来るのなら、こちらは理屈で幾らでも迎え撃とう。

 さて、どう来るのか。


「エリー、久しぶりだな。元気そうで安心した。私が居なくて寂しかっただろう?」

「ご心配ありがとうございます、殿下。私は残り少ない時間を健やかに過ごしておりました。——差し出がましいですが、私に神から与えられた時間に限りがあるため、本題に移らせて頂いても?」

「ああ、構わない。エリー。私はその為にこんな場所まで来たんだ」


 伯母様が眉根を顰めた。殿下の目は輝いている。


「先日、女神からの神託があったんだ。エリー、君の病気は治るぞ!」

「……神託の内容を伺っても?」

「エリーは愛によって救われると出たんだ!」


 殿下の言葉に首を傾げる。色々と可笑しい。


「まず、殿下が神託を知っている状況も気になります。それに、神託はその性質上個人名が出る事はまずありません。神託は誰から聞いたのですか? それに状況も教えてください」

「それは……」


 視線を向けられた年若い近衛騎士が、背筋を伸ばす。


「はっ。自分が同席した神託の会議で耳にしました。楽園、を意味する音律に女性を表す音が続いたため、「楽園の乙女」と解釈でき、そこから王国内の高位の女性であるエリシア様が該当するのでは、と推論されていました」

「神託の全文は?」

「——楽園の乙女を救うのは、愛。だと」


 眉根は寄せたまま、神託の書籍を手に取って開く。似たような神託はあっただろうか。


「愛にも種別があるわ。どの音で表されていたの?」

「え? ……そこまでは……何も……」

「そう。分かったわ」


 一旦調べるのを止めて顔を上げる。


「グランツ卿。知ってしまったからにはもう遅いわ。神託の内容について陛下と相談出来るよう段取りを。私を示していると推論出来るのなら、聞く権利はきっとあるはずよ」

「畏まりました。すぐに王都に連絡を取ります」

「——だからな、エリー!」


 殿下が嬉々として口を開く。


「君は愛によって救われるんだ! 今すぐ私が注いだっていい! 私が今までのように君を深く愛そう!」


 こちらに両腕を広げる殿下に、視線を下げてから、再び向ける。一体何を言っているんだ。


「——その理論では、私が殿下に愛されていなかった証明になります」

「は?」

「愛によって救われるのでしょう? では、今まで愛を受けていたのなら救われていたはずでは? その点についてはどうお考えですか?」

「それは……」

「それに、愛と言う不確かな物だなんて。まだ蛙の体内に希望あり、と言われた方が現実的ですわ」

「何を言っているんだ、エリー。魔女やお伽噺でもあるまいし、蛙の体内に病を無くす元があるわけないだろう。エリーは面白い事を言う」


 はっはっは、と笑う殿下が近衛騎士も促し、反対側から乾いた笑い声が聞こえる。

 ……実際はそちらの方が根拠があると思うけれど。まぁいいや。


「それに、私と殿下の婚約は破棄されました。仮に治ったからと言って追放刑は無くなりません。この辺りについては……」

「婚約なんて、あれは一度解消しただけだろう? また結び直せばいい話じゃないか」


 殿下の言葉に半眼になるのが分かった。

 人前で余命を晒して、不適格だと罵って、あと数日で王太子妃になる予定だった座から引きずり落として?

 ——この人は一体、何を言っているのだろうか。

 怒りの感情が沸き上がってくると同時に、魔力が波打ち始めるのが分かった。静かに、呼吸を整えて自身を落ち着かせる。

 

「そもそも、エリーが私に嘘を吐いていたのが悪いのではないか。しかし、私は許したのだから何も問題はない。それに、追放刑については聖女から言質をもらった!」

「聖女様から?」

「ああ!」


 自身を持って、殿下が言う。


「神託は間違いないと! エリーが治るのなら、追放を取り消すように動いてくれると約束した!」

「————————」


 怒りが、一瞬にして沸点を越えた。

 治ったら、追放を取り消す? ——つまり、治らなければ?

 身体が震えそうになるのを、声を荒げそうになるのを、押さえる。

 波打つ魔力が暴れ始めるのを、抑え込む。


「——本当、踊らされているのですね」


 吐き捨てるように出た言葉は殿下に届いたようで、首を傾げている。


「エリー?」

「どこまで人を馬鹿にすればいいのですか?」

「エリー、何を言って」

「神託は救われる、と出ましたが治るなんて一言も言っておりません。愛で確かに私のこの惨めな心は救われるのでしょう。でも、病が治る確証なんてありません。つまり聖女は、治るなんてあり得ないからそんな約束が出来るのですよ」

「エリー、それは幾ら何でも後ろ向きだ。聖女は君の事を思って」

「思って? 思ってそんな馬鹿げた事を?」


 魔力の波が荒立って溢れた。皮膚が熱くなるのを感じて必死に、必死に抑え込む。

 ……ここには、グランツ卿も伯母様もいる。暴走を起こして全員を危険な目に遭わせる訳にはいかない。


「……エリシア様」


 背後から、グランツ卿の心配そうな声が聞こえていた。小さく何度か頷いて、大丈夫だと伝える。


「……人前で私を散々虚仮にしたのに、よくも思っているなんて言葉が口から出るのですね」


 公爵令嬢の仮面を、何とか被り直せた。扇があったら、口元を隠して目で笑ってやるのに。

 

「エリー、君は嫉妬で目が曇っているだけだ。彼女を傷付けた事は、代わりに私が謝って」

「——嫉妬? 嫉妬?」


 思わず鼻で笑ってしまった。喉の奥から、くつくつと笑みが溢れてくる。


「……エリー?」

「あなた方は、本当に、私を思っているといいながら、何も見ていなかったのね」

「……エリシア」


 静観していた伯母様が、持っていた扇を私に差し出してくれた。ありがとうございますと告げて、少しだけ立ち上がって扇を受け取る。

 ……視界が揺れた。頼むからまだ倒れるな。

 扇を握る指先が熱いのを、軽く摩って和らげた。

 椅子に座って、姿勢を正し、口元を扇で隠して目で笑ってみせた。

 ——公爵令嬢、エリシア・フォン・ルヴェリアは、こうでなくては。


「私があんな小娘に嫉妬するとでも?」

「エリー、でも君は、私を愛して」

「その前提が既に間違っていると言うのです。私からのあなたへの愛は、当の昔に冷え切っているのですよ」


 目を丸くする殿下に、私は目だけでにこりと笑う。


「鶏ガラ、冷血、血も涙もない、陰険、抱き心地が悪い、本当は一緒に踊りたくない」

「……は?」

「デビュタントの日に、あなたがご友人にそう話しているのをお聞きしました。それに、学園でもご友人にそう触れ回っていたでしょう? ご存じ? 人の口に戸は立てられないのです。あなたがご友人に言ったこと、全てが私の耳に届いています」


 応接室にいる全員の視線が、殿下に向けられる。殿下の顔が、青ざめていく。


「それは、君を守るためで……」

「守る? 一体何から? 私を傷付けて守ったおつもりでしたの?」

「違う。あれは君に悪い虫がつかないように、遠ざけていたからで——」

「その結果、私は王太子妃に相応しくない、王太子殿下からも冷遇されていると囁かれるようになりました。私の名誉も立場も蔑ろにして守っていたとは、どの口が言うのでしょうか」

「エリー、でも君が分かっていれば」

「何も分かりません。ただ傷付いて疲弊して、将来の王太子妃という責務を全うしようとしていました。……挙げ句の果てには、この通りです。王太子妃の座から引きずり落とされ、こうして幾ばくもない命を過ごしています」


 そう言って、私は視線を少し下げる。

 ……情が全くなかった訳ではない。だから、少し心が痛い。


「だから、私を思うのなら、このまま放っておいて下さい。——もう私は、あなたの顔など見たくありません」

「……エリー」


 呆然とした殿下の声が、耳に届く。振り払うように、伯母様に顔を向けた。


「侯爵夫人。これ以上聞く事はないように思います。面会はこれにて終了でよろしいでしょうか?」

「ええ。許しましょう。ルヴェリア公爵令嬢には退室を願います」

「ありがとうございます。扇も貸して下さり感謝いたします。グランツ卿、手を」


 差し出された手を乗せた瞬間に、グランツ卿が目を見開いた。何も反応する余裕がなく、そのまま立ち上がる。


「エリー! 待ってくれ、エリー!」

「お待ちください、殿下! 相手は罪人なのでこれから先は行かせられません!」

「何を言う! 彼女は私のものだ! エリー! エリー!! エリー!!!」


 殿下が名前を呼ぶのを後ろで聞きながら、応接室を出て廊下を歩く。私とグランツ卿の後方を、侯爵家の騎士が二名付き従う。護衛と建前上の監視だろう。

 小さく浅い呼吸を繰り返し、グランツ卿に少し凭れながら廊下を歩いていると、曲がり角でグランツ卿が立ち止まった。

 どうしたの、と聞く余裕もなく、グランツ卿が近衛騎士団の制服から外したマントで私を覆う。


「グランツ、卿……」

「よく頑張りました。このマントには防火が施されています。もう、大丈夫です」

「アルベルト……私……」


 気が抜けたら、もう駄目だった。

 身体が傾ぐのを、アルベルトが受け止める。

 近くで「お身体がすごく熱い……! 魔力が漏れているんだ! 早く医者を! 俺は安全のために一度外に運びます!」と指示しているのを聞きながら、意識が途切れたのだった。

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この王子、キモチワルイ…
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