第96話 違和感
北方同盟・前線都市ヴァルグリム。
静かだった。
あれほど荒れていた空間は、今は穏やかに揺れているだけ。
崩壊は止まっている。
人が、人を支えている。
それは確かに――機能していた。
アルカが観測器を見ながら言う。
「……安定しています」
カルディアが頷く。
「維持構造、正常」
ミヒャエルが腕を組む。
「ひとまずは成功だな」
ラグスが笑う。
「大勝利ってやつだ」
沈黙。
*
アルトは答えなかった。
ただ、人々の様子を見ている。
助け合う人々。
声をかけ合う。
手を伸ばす。
確かに、世界は変わった。
(……だが)
違和感がある。
*
その時。
アルカが小さく声を上げた。
「……あれ」
全員がそちらを見る。
一人の女性。
地面に座り込んでいる。
周囲に人はいる。
だが――
誰も近づかない。
*
ラグスが眉をひそめる。
「どうした」
アルカが言う。
「……誰も触れない」
カルディアが静かに言う。
「恐怖です」
ミヒャエルが低く言う。
「……まだ残っているか」
*
女性は震えている。
「……こわい」
かすれた声。
「こわれる」
誰も動かない。
目を逸らす。
距離を取る。
*
アルカが一歩踏み出そうとする。
だが止まる。
「……私」
躊躇。
ラグスが言う。
「行けよ」
アルカは唇を噛む。
「……でも」
カルディアが言う。
「失敗すれば巻き込まれます」
沈黙。
*
その一瞬。
女性の身体が揺れる。
光が滲む。
崩壊の兆し。
アルトは見ている。
(……選ばれない)
*
次の瞬間。
一人の少年が走った。
迷いなく。
女性の手を掴む。
「大丈夫!」
「俺がいる!」
*
ドクン。
光が揺れる。
崩れない。
女性が涙を流す。
「……あ」
「……ああ」
戻る。
完全ではない。
だが確実に。
*
アルカが息を吐く。
「……助かった」
ラグスが笑う。
「やるじゃねぇか」
ミヒャエルが頷く。
「機能してるな」
カルディアも言う。
「問題ありません」
沈黙。
*
アルトは言った。
「違う」
空気が止まる。
*
「今のは」
一拍。
「運だ」
沈黙。
*
アルカが振り返る。
「……え」
アルトは続ける。
「誰も行かなかった」
「たまたま行った」
「だから助かった」
一拍。
「行かなければ終わっていた」
沈黙。
*
ラグスが顔をしかめる。
「それは……」
ミヒャエルが低く言う。
「事実だな」
カルディアが言う。
「確率問題です」
*
アルカが震える。
「……じゃあ」
「全部助かるわけじゃない」
アルトは答える。
「そうだ」
*
静寂。
さっきまでの“成功”が、
急に軽くなる。
*
その時。
別の場所で、悲鳴が上がる。
全員が振り向く。
一人。
崩壊。
だが――
誰も近づかない。
一瞬の躊躇。
一瞬の恐怖。
*
ドクン。
静寂。
その人は――
消えた。
*
アルカが目を見開く。
「……あ」
ラグスが歯を食いしばる。
「……くそ」
ミヒャエルが目を伏せる。
カルディアが静かに言う。
「……これが現実です」
*
アルトはその場所を見ている。
(……完全じゃない)
分かっていた。
だが――
実際に見ると違う。
*
その時。
リシアが言った。
「……当たり前だよ」
全員が彼女を見る。
*
リシアは静かに言う。
「怖いもん」
一拍。
「みんな」
沈黙。
*
「できる人もいる」
「できない人もいる」
「そのまま」
空気が変わる。
*
アルトはリシアを見る。
(……そうか)
理解する。
問題は“仕組み”じゃない。
“人”だ。
*
アルトは小さく言った。
「……まだ足りない」
ラグスが聞く。
「何がだ」
アルトは答える。
「強制しない限り」
一拍。
「揺らぐ」
沈黙。
*
ミヒャエルが言う。
「だが強制すれば」
カルディアが続ける。
「定義が崩れます」
アルカが言う。
「……どうするんですか」
*
アルトは空を見る。
歪みは消えかけている。
だが――
完全ではない。
(これが限界か)
*
その時。
空間がわずかに揺れる。
ラグスが笑う。
「来るな」
カイネスの気配。
だが現れない。
*
代わりに――
声だけが響く。
「言っただろう」
「人は追いつかない」
沈黙。
*
アルトは静かに言った。
「……まだだ」
一拍。
「終わっていない」
*
違和感は、消えない。
むしろ――
はっきりと見えるようになった。
*
物語はここから、
「不完全な世界の答え」に入る。
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