第86話 現場介入
北方同盟・前線都市ヴァルグリム。
空は割れていた。
正確には――歪んでいる。
光がねじれ、空間が波打つ。
その中心に、一人の男が立っていた。
いや、“立っているように見える”。
身体の輪郭が崩れかけている。
右腕は光に侵食され、
左半身はまだ人間のまま。
叫び声。
「うあああああああああ!!」
兵士たちは距離を取っている。
誰も近づけない。
近づけば――飲まれる。
*
アルトたちは、その場に転移していた。
ラグスが周囲を見回す。
「……ひでぇな」
アルカが即座に観測器を起動する。
「深度値……測定不能」
「でも、これは――」
カルディアが言う。
「中途接続者」
ミヒャエルが低く呟く。
「間に合うか」
沈黙。
*
男がアルトを見た。
いや、見ていない。
視線が合っているようで、
焦点が存在しない。
「た……す……」
かすれた声。
次の瞬間。
ドクン!!
周囲の空間が歪む。
地面が裂ける。
兵士が吹き飛ばされる。
ラグスが叫ぶ。
「近づくな!」
アルトは動いた。
*
一歩。
踏み込む。
視界の端でUIが展開される。
【対象:中途接続者】
【状態:崩壊進行】
【還流率:0%】
(ゼロか)
アルトは男に向かって言う。
「聞こえるか」
男の身体が震える。
「……あ……」
わずかに反応。
アルトは続ける。
「戻るか」
沈黙。
男の顔が歪む。
「もど……」
一瞬だけ、
人の表情が戻る。
だが次の瞬間――
「うあああああああ!!」
再び崩壊。
*
アルカが叫ぶ。
「意識が保てない!」
カルディアが言う。
「選択が成立していない!」
ラグスが歯を食いしばる。
「どうする!」
アルトは言う。
「支える」
*
アルトは手を伸ばす。
世界核の時と同じ。
だが今回は違う。
“現場”。
人間一人。
崩壊寸前。
UIが更新される。
【個体境界補助:可能】
【必要負荷:高】
(足りるか)
アルトは迷わない。
「やる」
*
触れた。
その瞬間。
世界が流れ込む。
男の意識。
恐怖。
痛み。
崩壊。
アルトは歯を食いしばる。
(……重い)
だが、離さない。
*
アルトは言う。
「選べ」
男の意識に直接届く。
「消えるか」
「戻るか」
沈黙。
*
男の中で、何かが揺れる。
崩壊の流れ。
そこに、細い線が生まれる。
アルトの作った“還流”。
アルカが叫ぶ。
「還流率、発生!」
カルディアが言う。
「でも弱い!」
ミヒャエルが呟く。
「持たない」
ラグスが叫ぶ。
「アルト!」
*
男が叫ぶ。
「……こわい」
アルトは答える。
「当然だ」
「でも」
一拍。
「戻れる」
沈黙。
*
男の身体が揺れる。
光が引き戻される。
ほんの少し。
ほんの少しだけ。
人の形が戻る。
アルカが叫ぶ。
「還流率、10%!」
カルディアが言う。
「足りない!」
*
その時。
男の意識が崩れかける。
恐怖が強すぎる。
アルトは理解する。
(これだけじゃダメだ)
一拍。
(支えが足りない)
*
アルトは叫んだ。
「ラグス!」
ラグスが即答する。
「任せろ!」
迷わず踏み込む。
光が身体を焼く。
それでも止まらない。
男の肩を掴む。
「戻れ!」
「死ぬ気で戻れ!」
*
アルカが震えながら言う。
「私も……!」
カルディアが制止しない。
「行きなさい」
アルカも手を伸ばす。
ミヒャエルも前に出る。
「全員でやるぞ」
*
四人の手が、男に触れる。
世界核の時と同じ。
だが今回は違う。
“複数”。
アルトのUIが更新される。
【補助接続:複数成立】
【還流率:上昇】
ドクン!!
男の身体が強く震える。
「う……あ……」
顔が戻る。
目に焦点が戻る。
「……帰りたい」
アルトは言う。
「帰れ」
*
次の瞬間。
光が一気に引き戻される。
ドクン!!
空間の歪みが消える。
静寂。
*
男が、地面に崩れ落ちた。
完全な人間の姿。
呼吸。
意識あり。
アルカが泣きそうな声で言う。
「……成功?」
カルディアが静かに答える。
「はい」
一拍。
「初の実証です」
ラグスが笑う。
「やったな」
ミヒャエルが息を吐く。
「本当に戻った……」
*
アルトは手を離した。
少しだけ、ふらつく。
ラグスが支える。
「大丈夫か」
「問題ない」
だがUIは正直だった。
【負荷:高】
【個体境界:不安定】
(……重いな)
*
その時。
遠くで、笑い声がした。
「……面白い」
全員が振り向く。
そこに、一人の男が立っていた。
細い体。
狂気を帯びた目。
カルディアが低く呟く。
「……カイネス」
ラグスが目を細める。
「こいつが」
男は笑う。
「救うのか」
アルトを見る。
「無駄だ」
沈黙。
「人は壊れる」
一歩前に出る。
「それが完成だ」
*
アルトは静かに言った。
「違う」
カイネスが笑う。
「証明してみろ」
空気が変わる。
ここから――
「維持」の戦いが、
本当の意味で始まる。
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