第87話 崩壊の証明
北方同盟・前線都市ヴァルグリム。
救われた男は、地面に横たわっていた。
呼吸は安定している。
意識もある。
確かに――戻った。
アルカが震える声で言う。
「……成功です」
ラグスが笑う。
「だな」
ミヒャエルが頷く。
「証明された」
だが――
カルディアは黙っていた。
アルトも。
*
カイネスが、ゆっくりと拍手した。
「素晴らしい」
その声には、明確な嘲りが混ざっている。
「確かに戻した」
一歩前に出る。
「だが」
沈黙。
「それで何人救える?」
空気が凍る。
*
ラグスが睨む。
「……何が言いたい」
カイネスは笑う。
「単純な話だ」
指を一本立てる。
「一人」
次に二本。
「二人」
そして肩をすくめる。
「では、百人は?」
沈黙。
*
アルカが言葉を失う。
ミヒャエルが低く呟く。
「……数の問題か」
カルディアが静かに言う。
「違う」
一拍。
「“持続性”の問題です」
カイネスが頷く。
「そう」
アルトを見る。
「お前の方法は」
一拍。
「人間に依存している」
沈黙。
*
アルトは答える。
「それが前提だ」
カイネスは笑う。
「非効率だ」
一歩、踏み出す。
「遅い」
さらに一歩。
「弱い」
その瞬間――
空間が歪んだ。
*
ドクン。
だがこれは世界核ではない。
“歪みそのもの”が鼓動している。
アルカが叫ぶ。
「別反応!」
カルディアが言う。
「強制接続!」
ラグスが剣を構える。
「来るぞ!」
*
街の反対側。
三人の人間が、同時に崩れ始めた。
悲鳴。
身体が光に侵食される。
「やめ……ろ……!」
兵士たちが逃げる。
だが逃げ切れない。
空間が巻き込まれる。
ミヒャエルが叫ぶ。
「複数同時か!」
アルカが震える。
「無理……!」
*
カイネスが笑う。
「これが現実だ」
アルトを見る。
「一人ずつ救うのか?」
沈黙。
*
ラグスが叫ぶ。
「アルト!」
アルトは動かない。
目は三人を見ている。
(……三人)
UIが展開される。
【対象:3】
【同時補助:可能】
【負荷:極大】
(やれるか)
一瞬。
だが、次の瞬間には決まっていた。
「やる」
*
アルトは走る。
ラグスが並ぶ。
「俺も行く!」
アルカが叫ぶ。
「私も!」
カルディアが言う。
「分散してください!」
ミヒャエルが指示を飛ばす。
「一人一人に対応!」
*
三つの崩壊。
三つの恐怖。
三つの意識。
アルトは中央へ。
ラグスは右へ。
アルカとカルディアは左へ。
*
アルトが一人に触れる。
同時に、別の意識も流れ込む。
(……多い)
頭が割れそうになる。
だが止まらない。
「選べ!」
*
ラグスが叫ぶ。
「戻れ!」
アルカが泣きながら言う。
「大丈夫だから!」
カルディアが冷静に言う。
「意識を固定して!」
*
ドクン!!
三箇所で同時に光が揺れる。
アルカが叫ぶ。
「還流率、発生!」
カルディアが言う。
「でもバラつきがある!」
ミヒャエルが叫ぶ。
「一人、崩壊が速い!」
*
アルトは理解する。
(間に合わない)
一人は助かる。
一人も。
だが――
三人目。
崩壊が早すぎる。
*
その男が叫ぶ。
「いやだあああああ!!」
光が一気に広がる。
境界が消える。
アルトは手を伸ばす。
届かない。
*
次の瞬間。
静寂。
一人が、消えた。
完全に。
何も残さず。
*
アルカが崩れ落ちる。
「……あ……」
ラグスが歯を食いしばる。
「くそ……!」
カルディアが目を閉じる。
ミヒャエルが低く言う。
「……間に合わなかった」
*
残りの二人は、戻った。
だが、完全ではない。
震えている。
意識も不安定。
アルトは静かに立っている。
カイネスが笑う。
「ほら」
一拍。
「証明された」
沈黙。
*
「救えない」
「追いつかない」
「維持できない」
カイネスの言葉が、静かに突き刺さる。
アルトは答えない。
ただ、消えた場所を見ている。
*
カイネスは続ける。
「ならば」
一拍。
「壊した方が早い」
ラグスが怒鳴る。
「ふざけんな!」
カイネスは笑う。
「救う苦しみも」
「失う痛みも」
一歩下がる。
「最初から無ければいい」
*
アルトは、ゆっくりと顔を上げた。
「……違う」
カイネスが目を細める。
「何がだ」
アルトは言う。
「足りないだけだ」
沈黙。
*
「数が」
「構造が」
「人が」
一拍。
「全部足りない」
カイネスが笑う。
「言い訳だな」
アルトは答える。
「違う」
一歩前に出る。
「これから増やす」
沈黙。
*
カイネスは、しばらくアルトを見ていた。
そして笑う。
「面白い」
一拍。
「なら見せてみろ」
振り返る。
「その“維持”とやらを」
空間が歪む。
次の瞬間、消える。
*
静寂。
ラグスが吐き捨てる。
「……クソ野郎が」
アルカはまだ震えている。
カルディアが静かに言う。
「これが現実です」
ミヒャエルが頷く。
「戦いになるな」
*
アルトは言った。
「なる」
一拍。
「だが」
消えた場所を見る。
「無駄にはしない」
ドクン。
世界の鼓動が響く。
それはもう、遠くではない。
人のすぐ隣で、
鳴り続けている。
物語はここから――
「救えない現実」との戦いに入る。
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