第80話 観測不能
第三階層・世界核外殻。
それは、そこに“いた”。
だが――
誰も、それを正しく見ていない。
ラグスが剣を構えたまま、動けない。
「……何だ、あれ」
問いの形をしているが、
答えを求めていない声だった。
アルカは観測器を見つめている。
だが画面は、意味を成していない。
「数値が……出ない」
「いや、出てる……でも読めない」
カルディアが低く言う。
「観測系が崩壊しています」
ミヒャエルが呟く。
「対象が異常なのか……?」
カルディアは首を振る。
「違う」
一拍。
「“観測するという行為”が通用していない」
沈黙。
*
それは形を持たない。
だが、存在は感じる。
空間の一部が、ほんのわずかにズレている。
そこに、いる。
アルトの視界の端で、UIが明滅する。
【対象:不明】
【分類:不能】
【干渉:失敗】
(……失敗?)
初めてだった。
“対象があるのに干渉できない”。
アルトは一歩前に出る。
「……お前が」
言葉を向ける。
「原初存在か」
沈黙。
応答はない。
だがその瞬間――
世界核の光が、一斉に歪んだ。
ドクン。
いや、違う。
“鼓動がずれた”。
*
アルカが叫ぶ。
「待って!」
「振動パターンが崩壊してる!」
カルディアが装置を操作する。
「双方向接続が……」
「巻き戻されている」
ラグスが顔をしかめる。
「は?」
アルトのUIが更新される。
【構造変化検出】
【変更方向:初期状態】
(戻している……?)
*
ゼノスが静かに言った。
「それは」
全員が彼を見る。
ゼノスの表情は、初めて“確信”を帯びていた。
「設計ではない」
一拍。
「法則だ」
沈黙。
*
アルカが震える。
「法則……?」
カルディアが続ける。
「人類が設計したものではない」
「人類が触れられるものでもない」
ミヒャエルが呟く。
「じゃあ……あれは何だ」
ゼノスが答える。
「世界が世界であるための前提」
ラグスが吐き捨てる。
「意味が分からねぇ」
「分からなくていい」
ゼノスは静かに言った。
「理解する対象ではない」
*
その時。
“それ”が、わずかに動いた。
いや――
“世界の側が動いた”。
アルトの足元の結晶が、形を変える。
空間の座標がずれる。
上下の感覚が、一瞬で狂う。
アルカが叫ぶ。
「位置が固定できない!」
カルディアが歯を食いしばる。
「空間基準が書き換えられている!」
アルトは、ただ一人、目を細めていた。
(……干渉されている)
だがそれは、攻撃ではない。
敵意もない。
ただ――
“正しい形に戻そうとしている”。
*
アルトは言った。
「お前は」
一歩進む。
「世界核を元に戻そうとしているのか」
沈黙。
応答はない。
だがその瞬間。
UIが、かすかに反応した。
【原初層応答:検出】
(……応答した?)
*
アルトはさらに踏み込む。
「これはお前の世界か」
「それとも」
一拍。
「お前が世界か」
沈黙。
その問いに対して、
初めて“変化”が起きた。
世界核の光が、一瞬だけ完全に止まる。
ドクン――
消失。
次の瞬間。
“それ”の位置が、ほんのわずかに明確になる。
アルカが息を呑む。
「……見えた」
カルディアが低く言う。
「いや」
「“見えるようにされた”」
*
それは。
“点”だった。
空間のどこにも属さない点。
大きさもない。
色もない。
だが確実に存在している。
ラグスが呟く。
「……あれが?」
ゼノスが静かに答える。
「エイドス」
沈黙。
*
アルトは、その点を見つめた。
理解できない。
だが、感じる。
これは敵ではない。
味方でもない。
ただ――
「前提」
アルトは呟いた。
その瞬間。
“点”が、わずかに揺れた。
*
UIが反応する。
【干渉可能性:再評価】
アルトの目が細くなる。
(……触れるか?)
カルディアが叫ぶ。
「やめてください!」
「それは人類の領域ではない!」
アルトは答えない。
ラグスが言う。
「やる気か」
アルトは静かに言った。
「確認する」
一歩。
また一歩。
世界の前提へ、近づく。
*
ゼノスは、その姿を見ていた。
そして、初めて――
わずかに、笑った。
「なるほど」
一拍。
「あなたは」
「本当に設計者だ」
*
アルトの手が、“点”に触れようとしたその瞬間。
世界が、完全に静止した。
ドクン――
無音。
次の瞬間。
全員の意識が、同時に“切り替わる”。
そこは。
どこでもない場所だった。
世界の外側。
時間も空間もない領域。
そして目の前に――
“それ”があった。
エイドス。
原初存在。
ついに、
人類は“世界の前提”と対面した。
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