第79話 異質反応
第三階層・世界核外殻。
新しい鼓動は、確かに安定し始めていた。
ドクン。
ドクン。
双方向接続によって生まれた“還流”。
三百年前に失われたはずの“戻る道”。
アルカが震える声で言う。
「還流率……四十二%」
「まだ不安定ですが……成立しています」
ミヒャエルが呟く。
「歴史が変わるな……」
ラグスが笑う。
「もう変わってるだろ」
カルディアは静かにアルトを見ていた。
「あなたは」
一拍。
「文明の構造を書き換えました」
沈黙。
だがその空気を――
次の瞬間、すべてが塗り替えた。
*
ドクン――
違う。
今のは違う。
鼓動ではない。
“音”ではない。
アルカが凍りつく。
「……え?」
観測器が、あり得ない挙動を示していた。
波形が崩れている。
周期がない。
数値が意味を失っている。
「なに……これ」
ミヒャエルが顔を上げる。
「振動か?」
「違う……」
アルカの声が震える。
「これは振動じゃない」
一拍。
「定義できません」
沈黙。
*
カルディアが即座に動いた。
「測定対象を切り替えて」
「深層、さらに下層へ」
アルカが操作する。
だが――
「……反応がない」
「いや、ある」
「でも」
ラグスが苛立つ。
「はっきり言え」
アルカは言った。
「“位置が存在しない”」
沈黙。
*
ゼノスの表情が、初めて明確に変わった。
「……早い」
アルトが問う。
「何がだ」
ゼノスは、世界核のさらに奥を見ていた。
その視線は、今までとは違う。
理解している者の目ではない。
警戒する者の目だ。
「原初接続者ではない」
沈黙。
「これは」
一拍。
「もっと古い」
*
ドクン。
いや、違う。
それは“鼓動”ではない。
空間が一瞬だけ歪んだ。
音もなく。
前触れもなく。
ただ――
“世界のルールがズレた”。
アルトの視界の端で、UIが暴走する。
【未知領域検出】
【分類不能】
【干渉不可】
(干渉できない……?)
初めてだった。
アルトの能力が、“対象を定義できない”。
*
ラグスが一歩前に出る。
「来るぞ」
誰も何も見ていない。
だが全員が理解している。
“何か”がいる。
カルディアが低く言う。
「これは……存在ではない」
アルカが震える。
「じゃあ、何なんですか」
カルディアは答えなかった。
答えられなかった。
*
世界核の外殻が、ゆっくりと歪む。
光が乱れる。
双方向接続で整い始めていた流れが、
一瞬で“意味を失う”。
ゼノスが呟いた。
「……干渉されている」
アルトが言う。
「誰に」
ゼノスは答えた。
「“設計者ではないもの”に」
沈黙。
*
その時。
アルトの意識に、何かが触れた。
言葉ではない。
意思でもない。
ただ――
「……?」
認識しようとした瞬間、消える。
だが確実に存在する。
“観測できない存在”。
UIが一瞬だけ反応する。
【原初層 接触】
【警告:定義不能存在】
(原初……)
*
アルカが叫ぶ。
「世界核の構造が崩れています!」
カルディアが否定する。
「違う」
「崩れていない」
一拍。
「書き換えられている」
ラグスが歯を食いしばる。
「誰がそんなことできる」
アルトは静かに言った。
「……俺じゃない」
沈黙。
*
ゼノスがゆっくりと息を吐いた。
「来てしまった」
アルトが問う。
「何だ」
ゼノスは、初めて明確な言葉で言った。
「原初存在」
空気が凍る。
アルカが呟く。
「……それは」
カルディアが低く言う。
「世界核の“元”」
ゼノスが続ける。
「人類が触れてはいけなかった領域」
ドクン。
世界核が歪む。
新しい鼓動。
いや、違う。
“鼓動ではない何か”。
*
アルトは静かに言った。
「出てこい」
沈黙。
応答はない。
だが――
世界が、わずかに“ズレた”。
その瞬間。
全員の視界に、同時に“それ”が映った。
形はない。
色もない。
だが、確実に“そこにある”。
理解できない。
認識できない。
それでも分かる。
「……いる」
ラグスが呟く。
アルカは言葉を失う。
カルディアは目を見開く。
ゼノスは、静かに言った。
「エイドス」
沈黙。
世界のさらに奥。
文明のさらに外側。
存在の定義すら超えた“何か”が、
今、目を覚ました。
物語はついに――
“人類の外側”へ踏み込んだ。
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