254プレイ目 グルタ
東の大陸の東の端のトシュメッツ国のグルタの街は、数十年前にできた首都を除けば国内でもっとも大きな街である。
貧しい山地ばかりのトシュメッツ国はいくつかの部族が集まった国で、部族ごとに集落はあるが街はない。
唯一の例外が極東の島国ヤマトとの交易拠点の港街グルタだった。
数年ほど途絶えているヤマト国との交易船を再開するために、東の海に居座る怪物退治をすることが決まった。
そこで冒険者たちに参加を呼びかけ始めたのだった。
というのが前回のあらすじである。
椛も混雑が減った頃にグルタの街に来て、冒険者組合で参加登録した。
少し前に新調した装備も完成したので時期が良かった。防具に合わせて服も替えてみた。オーダーメイドではないのだが。
自分の服より召喚獣たちの見た目装備を注文したかったのだから仕方がないのだ。
「もう決戦の日が決まってるんだ」
「1週間後って早いな」
前はどうだったかな、覚えてないな、と一緒に来ていたクランのメンバーたちと話しながら、まだ人の多い組合から出る。
戦闘職のプレイヤーが全員来ているだろうから、組合前広場にもプレイヤーたちが群がっているような状態だ。
「この街、1回来ただけでほとんど見て歩いてないんだよな。美味しい店とか分からん」
「ランスロット様が捕まえに来たヨって現れた店には行けない…」
「その話は忘れろよ…」
「屋台で飲んだカニのスープが美味かったことしか覚えてない」
「串に刺して焼いたむきエビが美味かった気がする」
「焼き鮭を見て『米え!』ってなった覚えしか…」
港街なので魚介料理の話ばかり出て来たが、聞いていたら食べたくなったので、ぞろぞろと港のほうに向かった。
ここは街の南東部が港で、そちらは商店街になっている。港から魚市場、商店街と繋がる賑やかな場所だ。
魚市場の周辺には魚介類の屋台が多く、美味しそうな匂いに支配されていた。
「ところで、頼闇は1人でどこかに行ったけど、バニーちゃんってそんなに魔性の存在だったかな…」
「あの界隈、掲示板でも異彩を放ってるから…」
「逆にやべーって近付かない奴が増えて、ますます謎に包まれてる」
兎の国のランダムクエストの話で食いついた初期のプレイヤーたちが、何故か兎の国に棲み着いて帰って来ないらしい。
頼闇だけではないのだ。
なので外のプレイヤーにはうかがい知れない国と化している。掲示板に出没しても詳細は書き込まないらしいのだ。
検証クランは行ったはずだが、データ以外は持ち帰らなかったらしいし。
全年齢対象の健全なゲームだからおかしな事はないはずだが、良く分からないので敬遠しているのだ。
椛もますます近付きたくなくなった。
その件には触れないことにして、美味しそうな匂いに招かれるままに屋台に近付き、クラメンたちと食べ歩いた。
虜になるのなら、美味しい物の虜になりたい椛だった。
三陣の新規プレイヤーはここまで来るの大変じゃない?1ヶ月半だとどのくらいのレベルかな、と椛たちが買い食いしながら話していたら、プレイヤー同士が言い合う場面に遭遇してしまった。
「…互いにそれ寄越せって言ってる場合、判定はどうなるものなの?」
「喧嘩両成敗」
「ドロー」
何を取り合っているのか不明だが、互いにそれ寄越せと言っているのだ。
他所でやって欲しい。
関わりたくないので別の道に行こうかと引き返しかけた所で、第三勢力が乱入した。
喧嘩はやめろ!と正義の味方っぽいが、少し聞けば分かる。
「どこかで見た光属性…」
「理由も確かめないで頭ごなしに決めつける所が光属性…」
「ああいうタイプもいたんだ、このゲーム」
「装備のレベルが低そうだから新規じゃねえの」
どちらにしろ関わりたくないので、黙って引き返した。ちょっと離れた所にいたモブ集団には興味がなかったようで、何も言われずにその場を離れられた。
なんだったんだとは思うが、知りたい訳ではない。
そんなことより美味しそうな物を発見したので、すぐに忘れてしまったのだった。
レイド戦まで1週間あるので、椛たちは各々ダンジョンに行ったりエリアボスと戦ったりと好きに過ごしていた。
検証クランは忙しそうだったので、向こうから何か言って来ない限りそっとしておいた。
椛はそのつもりだったのに、ロウガイに教えてもらった隠れ家風のカフェでのんびりしていたら、シラベから連絡が来た。
静かな所で話したいと言うので、カフェの場所を教えてやった。
未読のトンデモ本を読んでいて、ついシラベのことを忘れて没頭していたら、いつの間にか来たようだ。
一緒に読書中だったロウガイはまだ本に夢中だ。
「そんなに面白いの?」
「これが、これこそが、現代魔法と古代の叡智の結晶である!いでよ、この世のありとあらゆる災厄をその身に宿した我が希望!って言われて気にならない?」
「ありとあらゆる災厄に《七つの災厄》は含まれますか」
「どうかな…」
作者の人、そこまで考えてないと思うよ案件だと思う。
椛はどんな怪物かな、現地に行って戦いたいな、と思うだけだ。
そういえば本の追体験イベントもやりたかった。
「それより、話って?わたしこのイベントはノータッチだから何も知らんよ」
「それは知ってる」
シラベは疲れた様子で息をつく。いつの間にか注文していたらしいコーヒーが届いたので、それを一口飲んでから話し始めた。
このあたりでロウガイも気付いて顔を上げた。
「新規に面倒くさいのがいて、面倒くさいこと主張して来るんだけど、対処法が分からない…」
「わたし、そういうのは通報するか無視する以外は知らん」
「イベントに全員参加できないのはおかしいとか、他のプレイヤーに相談もなく進めるなんておかしいとか」
「ああ、勘違い系光属性…」
「面倒くさい…」
何日か前に見たアレか、他にもいるのか。
「まず、王都カナリアのように全員が体験できる形式のイベントを作るように運営に訴えて下さい!って言っておく」
「あ、そうだね。イベントの形式は運営が決めたんだから」
「全員参加させるなら生産職も連れて来い!仲間外れにしてるのはキミも同じだ!ってそれらしいこと突きつけておく」
「…聞くかな…」
「イベントについては掲示板で呼びかけた!ヤマト国解禁は全プレイヤーの悲願だ!誰でも良いからイベントを進めて欲しいと願っていた!とかなんとか言っておけば?」
あとは通報したら、どこかでNG行動に引っかかって警告が入るかもしれない。
自滅してくれたら儲けものだ。
「昔、PK天国で狩りまくったなあ、光属性…」
「聞く人を間違えた気がして来た…」
「疲れてたんだよ。マトモに相手するものじゃないよ、光属性」
リアルだと避けられないことも多いが、ゲームの中でまで相手にするものではない。
「ごく普通にプレイしていただけなのに不当に責められたって運営に言っておきなよ。また会ったらと思うとストレスしか感じないって」
「通報は…」
「通報以外の手段など取らんのじゃよ、ワシら」
ロウガイが「通報以外に何があると思ったのじゃ」と呆れている。
椛は見逃すパターンもあったと思うが、話の通じない光属性は自分が正義のつもりで面倒臭いので、結果的に通報エンドしかなかった気もした。
だが通報することを忌避するプレイヤーもたまにいる。シラベはそのタイプだったらしい。
検証クランのメンバーたちも通報は嫌がるようだ。恨まれそうだから矢面に立ちたくないらしい。分からなくはない。
しかし相談されても通報しろ以外のアドバイスなんて持ち合わせていなかった。
「ロウガイが代わりに通報してあげれば?」
「誰が通報したのかではなく、検証クランが被害者枠の時点でそちらに目が行くだけじゃよ。通報者は匿名のはずじゃからの」
ロウガイならニヤニヤ嗤いながら通報しそうなものだが、これは光属性の面倒さが骨身に染みている人の反応だ。
椛も近寄りたくないので頷くだけに留めた。
そして通報の話で思い出した連中の事を聞いてみた。
「そういえば家の前で明け渡せだのそのリボン寄越せだのって喚いてた連中、最近見ないけど垢BANされたのかな」
「聖女騎士団のこと?まだいるらしいよ」
「…聖女」
「他のゲームでも有名な害悪姫プレイ集団なんだって」
あんなやり口では垢BANまっしぐらな気がするが、まだ生きているらしい。
ロウガイも「まだ残っておったのか」と驚いているから、どこかで遭遇したようだ。
「通報したくない人って多いのかな」
「そうかもしれない…」
まさに出来ないシラベが項垂れながら、害悪集団が健在な理由に思い至ったようだった。
トリコになるのなら、美味しい物の虜になりたい椛だった。
という部分を書いてしばらく経ってから推敲していて、自分で書いたのに「トリコってあの有名コミックの…?アニメ化もしたアレ…?お前は何を言っている?」と素で思ったので、変更しておきました。
虜をなんとなくカタカナで書いただけだった、たぶん。




