241プレイ目 ギュレム
イズダス帝国のレナスの街から船に乗って神代の昔に隕石の落下によって出来たと伝わるムビア内海を渡り、古サマリータ王国の海岸線に沿って南西に進む。
次の目的地は古サマリータ王国の南西端の、少し突き出た地形の港街ギュレムだ。
ここの航路は前にも通ったのだが、途中下船しなかったのでギュレムは通り過ぎただけだったのである。
あの時はバニーちゃん狂から一刻も早く逃げ…遠ざかりたかったので仕方がない。
椛はそう思うことにしていた。
あれ以来バニーちゃん狂が兎の国に引きこもっていて音沙汰なしなので、逃げ遅れていたらどうなっていたのだろう…
いや、全年齢対象のゲームなので、どうにもなる訳がないのだが。
「うーん、砂漠の入口マリンシアとは別の国みたい!」
「あそこは砂漠のすぐ側だからな。マリンシアから来たのかい?」
「前に行ったことがあるだけで、今回は帝国から船で来たところだよ」
船に乗ってログアウトして、翌日にログインしたらギュレムの港に着いていた。
こういう仕様は便利でありがたい。
国境越えの手続きは船に乗る前にしてあるので、そのまま近くの市場に寄って屋台のおじさんと話す。
魚市場ではなく、貿易船で運んで来た品物が売られているようだ。
「イズダス帝国か…あんまり良い噂は聞かないねえ」
「帝都はね。レナスは良い所だったよ」
世間話を少しすると、屋台のおじさんはちょっと周囲を窺ってから言った。
「初めて来たなら獣人には気をつけな。ヒューマンは特に目をつけられやすいから」
「どういう意味で?」
「なんだろうなあ。獣人たちは優良種族で、ヒューマンは劣等種族だとか、そんな事を言ってるんだよ」
エルフとドワーフもいるが、ヒューマンよりは上の、中間扱いだそうだ。
そう言うおじさんはドワーフである。
そういえば種族差別がどうこうと、掲示板で読んだ気がしなくもない。
この国を回っていたタグたちは、何か言っていただろうか。
…思い出せなかった。
「…美味しいカボチャの話しか思い出せない!」
「カレーも美味いよ」
真っ先にオススメして来るので、カレーはこの国の国民食なのかもしれない。
獣人たちより美味しいカレーに気を取られてしまった椛だった。
つい美味しいカレー屋を探してしまったが、うろついている間にデカい態度の獣人たちがヒューマンに絡んでいる場面を目撃した。
椛はモブ顔冒険者なので近寄らなければ気付かれていないようだったが、気合いを入れて美形にしていたら絡まれていただろう。
まさにそんなアバターのプレイヤーたちが絡まれていたので。
そしてデカい態度で言い返していた。
助けに入るべきか否か迷う必要がなかった。
あれは放っておいても大丈夫な連中だ。
衛兵とか出て来ても自業自得で片付く連中である。
椛はそっと離れた。
カレーの前に冒険者組合に行こう。聖堂で転移門に登録だ!
「玄幽がいれば勘違いして絡まれないかな…いや、自分で装備するほうが早いな」
狼侍な召喚獣を連れて歩くより、獣人なりきりアクセサリー(見た目装備)を使えば簡単だ。
犬派なので狼耳と尻尾にしたいところだが、進化した狼や虎人は目立つのだ。モブでいたいのなら使わないほうが良い。
兎…は思い出したアレのせいで使いたくなかったので、無難に猫にした。狐は転売ヤー…商人気質らしいので却下しただけだ。
ちょっと路地裏に入り、人目のない場所で変身。
髪型とメイクと服も変えたので、すっかり別人になった。
「ナンパな猫人の男、に見えるハズ」
ついでなので性別を偽装する。
これで見抜かれたら諦めるしかないだろう。
冒険者組合に入って椛が受付嬢に気障っぽく声をかけると、組合内いた職員以外の男たちに睨まれた。
ヒューマンも獣人も関係ない。
受付嬢に馴れ馴れしくする男は排除される世界がそこにあった。
「ふふっ、お芝居ですか?」
「そんなところ」
受付嬢には椛の冒険者カードを照合した時にネタバレしているので、ちょっと笑って終わりである。
ちなみに犬人の美人だが、椛がヒューマンでも気にした様子はない。
「救援クエストがあるって聞いて来たんだ。あるよね?」
「はい、ございます。お受けになられますか?」
「お受けしますとも!」
ちょっと芝居かがった返事をすれば受付嬢は笑うが、男どもは怒りのボルテージを上げて行く。
やりすぎには気をつけよう。
クエストの確認をして受けてから、酒場のマスターに声をかけた。
「あ、マスター!赤い猪と青い猪、どっちがカレーに合うと思う?」
「そんな猪がいるのか?」
「じゃあ1体ずつ売っておくから、美味しいカレーをよろしく。クエストから戻る頃には完成していて欲しい…!」
酒場のメニューにも、もちろんカレーがある。
酒場のマスターに頼んでから買い取り窓口のおじさんに2種類の猪を出して渡した。
おじさんとマスターは猪を鑑定して「おおっ」と小さく歓声を上げていたものだ。
「この鑑定結果なら、赤いほうがカレーに合う気がするんだが…」
「灼熱ベリー級の辛さをさらに跳ね上げてくれるぞ、こいつは!」
「やめて下さい。中辛までにして下さい」
「安心しろ。灼熱ベリー級なんて食う奴は少ない」
その少ない人材らしい買い取り窓口のおじさんが小躍りしそうな様子で猪を解体していた。
この国でもカレーは中辛あたりがメジャーだそうだ。
他に甘口ではなくピリ辛と辛口があり、灼熱ベリー級は激辛枠だった。
というか、灼熱ベリーは激辛の象徴なんだなと思った椛だった。
カレーが目当てでこの街に来た訳ではないので、椛は街の外に出て草原フィールドに来ていた。
風が爽やかな清々しいフィールドである。
推奨レベルも低いので、流星が月牙にじゃれて遊ぶついでに出て来た魔物を倒して終わるくらいだ。
せっかくなので契約したばかりの【豆電球狸】のソラを連れている。
名前の由来?ソラ豆ですが何か?
椛のネーミングセンスはともかく、ソラは手のひらサイズの狸で頭の上に帽子みたいに豆電球を付けている。着脱不可だ。
ハムスターとほぼ同じ大きさなので、狸というより狸のぬいぐるみに見える。
豆電球がたまにピカッと光るので、余計に生き物というよりオモチャのぬいぐるみっぽい。
豆電球は余分だった気がしてならないが、可愛いことは可愛い。
ソラはのんびりさんらしく、すぐにお昼寝モードになるからぬいぐるみ味が増すし。
光属性の召喚獣で、これでもバトルで活躍するはずだ。たぶん。きっと。
光属性はブリリアントホースがいるからマスコットでいいかなとか、少ししか思っていない。
そんなソラはゆったりと寝そべる月牙の頭の上でお昼寝を始めた。
もふもふなので月牙の頭の上は寝心地が良いのかもしれない。
コミュニケーションを取る余地もないので、椛は幻獣探しである。
ここのクエストも「いたずら幻獣を1体でいいから減らして」タイプだ。
そのクエストで仲間になった子がいたずらだった覚えがないのだが、召喚獣たちにも個性があるので全員いたずらっ子ではないのだろう。
どこかのフクロウは全員気難しいと評判だけど。
草原フィールドにぽつぽつと自生している大きな木を見て回り、椛は木の枝に停まる緑の丸い物体を発見した。
四大精霊をモチーフにしている【シルヴェストル】という幻獣である。
グノームとオンディーヌも丸い物体だったが、シルヴェストルも真ん丸だ。
「そこの幻獣くん、わたしと契約してくれないかな!」
性別は分からないが、なんとなくで呼びかける。
緑と言っても淡い色合いのグリーンで、可愛いくちばしは悪目立ちしないトーンのイエローだ。
閉じていた小さな目を開けて椛のほうを見ると、身体のサイズとは合わない小さな翼をパタパタさせて降りて来てくれた。
リアリティより可愛いを優先しました。
そんなアニメちっくな真ん丸バードである。
「おおおー、もふもふというより、ふかふか!ふわんふわん!」
椛の手の上に乗ったシルヴェストルは、とても軽い。羽でふっくらして見えるだけで、中身はスマートかもしれない。
フクロウさんも着痩せするタイプだが、撫でさせてと言えないので羽毛の感触が新鮮だった。
サイズはグノームとオンディーヌと同じくらい。ぽよぽよもこのサイズという、バレーボール大だ。
「あのね、名前はウイングとかフェザーなんてどうかな」
まだ契約していないが、考えて来た名前を提案すると、ちょっと考える仕草の後、契約が成立していた。
名前はフェザーがお好みだったようだ。
確認したら男の子だった。
ソラにさっそくフェザーのふかふかボディを自慢したら、気にいってしまったらしく張り付いていた。
背中に乗っているのではない。張り付いているのだ。
フェザーは気にしていない様子だが、最高のオフトゥンと出逢った人みたいになっている。
「…まあ、フェザーは最高の手触りだから、うん…」
「うおん」
月牙が慰めてくれた気がしたものだ。
羽毛布団…




