236プレイ目 メルツ?
椛はアルヴィーナ王国の東の端の街イスタルまで転移門を登録していたので、国境を越えるところ以外はさっさと進めた。
あからさまなのにヒントが分かりにくいが、プレイヤーたちはトシュメッツ国の首都メルツに集結しつつあった。
イベントなら最初から言えっての。闘技場で覇王のバトルを見るつもりだったのに!
などと思いながらメルツに来た椛は、特に回収する気のなかった天狐と《メモリアル・リンク》で再会した。
「…ここの支配者、今どうなってるの?」
「妾も分からないにゃ。ここはそっくり同じに見えるだけの異世界なのにゃ!」
「ああ、そういう…」
設定なのか、とがっかりした。
ワールドリセットだと思っていたが、違う設定だったようだ。
だから最初に説明しておけよ!と運営に抗議メールを100万通くらい送りつけてやりたい気分だ。
天狐を連れていたらすさまじい嫉妬の視線が多かったので、送還してまず神殿に行く。転移門を登録して冒険者組合に向かった。
最低限の手続きはしたので誰かいるかなとフレンドに尋ねてみたら、ロウガイが団子もどきを出す喫茶店にいると言う。
行ってみたらタグもいた。
「ロウガイはお気に入りのカフェーにでもいたの?」
「そうじゃよ。のんびり珈琲を味わい、本を読むだけで楽しいものじゃ」
「オレはダーク・エレメントのところに行けないかチャレンジしてたけど、手前の森がすでに無理だった…」
「あそこ、殺意の高いラットどもがいたじゃん…」
「ラットもヤバいけど、イノシシが特に無理!速度が低いせいか躱せたはずの突進攻撃が回避できないっ」
レベルが低いのでステータスも低い。
なのでその影響を強く感じたそうだ。
「…わたし、隠れてこそこそしてただけで、マトモに戦ってなかったな」
「オレだって戦ってねえよ」
枇杷は採れたのにと言っているから、あの秘境は案外やさしい難易度だったのかもしれない。スニークミッション的に。
そんな話をひとしきり交わしてから、イベントの話題になった。
「わたしは朱い男に会ったけど、あれって全員が遭遇したの?」
「10人に1人くらいのようじゃ」
「オレは黒い男に会ったけど、恐怖デバフはやめて欲しい…」
「それな」
それが嫌で深海の主を敬遠していたのに、強制イベントはやめろと言いたい。
ロウガイは会えなくて残念じゃ、と会えなくて良かったという口調で言っていた。
掲示板ではイベントに遭遇したがるプレイヤーのほうが多いらしいが、お前らは1度深海の主のところに行けと言いたい。
たいていが深海の主を知らない生産職だったからだ。
「それで、他にも赤い女とか緑の男とか8通りがいたんだっけ?」
「総合するとそうなるのう」
「赤いキツネと緑のタヌキ…」
「違うと思う」
「女狐は別におるのじゃ」
椛は注文して届いていた三色団子を見る。
「白は」
「なんで食い物に関連付けようとしてんだよ」
「何故なら、目の前にあったから…」
「ただのメッセンジャーで、特別イベントだから先出し情報を入れてみたってだけじゃねえの?」
「ロウガイと話してると、ボケにボケを返してひたすらボケ倒すから…ツッコミがいると一瞬で話が終わる!」
「誰がボケ老人じゃ!ワシはボケとらんぞ」
「お爺ちゃん、お茶でも飲んで落ち着いて」
「ただの漫才に見える…」
イベントの話が一瞬で流れて消えたが、いつものことだった。
話が「時の獣ってなんだろう」というところに戻って来た。ヒントが無さすぎて、相談する内容もない。
「妖狐にゃんにでも聞く?ここ、あんまりプレイヤーがいないようだし」
「ああ、めっちゃ睨まれたな…」
「西門のところで張り込んでいる連中じゃな」
たいていのプレイヤーは西門からメルツに入る。なので《メモリアル・リンク》で妖狐にゃんが現われるポイントになっているのだ。
何故そんなところで張り込んでいるのかは不明だが、複数のプレイヤーが門前広場にたむろっている。そして妖狐にゃん持ちをすさまじい嫉妬の目で睨んでいた。
わざわざ見張る気持ちが分からない。
「掲示板で《メモリアル・リンク》が発動しなかったって騒いでるのもいたよな」
「餌を与えなかったんじゃないかな…」
「ワシだってたまにおやつを渡す程度じゃったのに」
「オレもそんなに与えてなかったと思うけどな…」
妖狐にゃんの好感度も謎である。
とりあえず提案した椛が天狐を召喚した。メニューを見せて、ひとつだけなと言っておく。
「にゃにゃにゃ…!餡子がない残念団子屋にゃ…!」
「なんで交易してた頃に苗とか取り寄せなかったの?」
「妾は知らないにゃ!餡団子にゃ…!」
餡子がないので話になりそうにない。
タグとロウガイも残念なものを見る目で眺めていた。
「ところで天狐、時の獣って知ってる?」
「時を司る神獣クロノ・スフィアのことかにゃ?遥かな未来が遠い過去へと繋がり、時の円環が巡っていると言うにゃ。終わりなき永遠とも呼ぶにゃ。この世界はクロノ・スフィアの内なる世界とも言うにゃ」
「ここ異世界じゃなかったの?」
「内なる世界には他の世界も内包されているにゃ」
真剣にメニューを見ていなければ、真面目な設定説明だったのに。
「じゃあアレは?深海の主みたいに恐怖のデバフを食らう、8人組?っぽい奴ら。そいつらが時の獣はトシュメッツ国にいるって言ってたんだよ」
「8人組にゃ…?恐怖を受けるほどにゃ…?」
タグが問うと、天狐が顔を上げた。ゆっくりと青ざめて行く。
「は、八天にゃ…!?ヤバいにゃ!神の遣いを自称してる狂信者の類にゃ!神罰とか言って街を一撃で消し飛ばしたにゃ!」
「…なんか館長に似た話を聞いた気が…」
「神々が眠らせて封じたはずにゃ!なんで起きてるにゃ!」
「異世界だからじゃろ」
怯えて震えていた天狐が希望に飛びつくようにうなづく。そうにゃ、ここは異世界にゃ、と。
「…にゃー!いつ元の世界に戻るにゃ!?」
「あんたは普段妖界にいるじゃん」
「そうにゃ!帰りたいにゃ!」
「おやつは?」
「……帰りたいにゃ!!」
食い意地の張った強欲の化身がおやつより帰還を希望した!
椛は天狐を送還して、片手で顔を覆う。
「どんだけヤバいんだ…」
「恐怖デバフを食らうくらい…」
「一撃で街が消し飛ぶくらいじゃな…」
タグとロウガイも、そんな手も足も出ない敵なんて出すなよと言いたげにボヤいていた。
いや、敵とは言っていない。自称神の遣いだ。狂信者の類だけど。
「敵対したら1発でゲームオーバーになる奴だ…」
「そういう罠いらない…」
元の世界では封じられて眠っているはずだ。
きっと。たぶん。だといいよね。
どこかのアホが封印を解きそう、とか言ってはいけない。フラグが立つから。
「封印…封印都市…」
「やめろよ、行きたくなくなるだろ」
「タイムリーだっただけじゃ、たぶん…」
もっとヤバいのが封印されている可能性も口にしてはいけない。フラグが立つから…
椛は手をつけていなかった団子の串を掴んで、1番上にかじりつく。
目の前にあったのに、天狐はこれにも目もくれずに帰って行ったのだ。細かいことに気付くと、甘いはずの団子が味のしない団子を食べている気分になるのだった。
運営「今のペースだと出番が回って来ないからチラ見せしちゃおうかな。せっかく作ったんだし」
くらいのノリでラスボス級の存在をぶっ込んで来た可能性がなくもない
□時の獣は「みんな(くそデカ主語)こういうテンプレ設定、好きだよね!」というノリで書いたので、そこに書いてある以上の設定は存在しません
□小麦粉と片栗粉(原材料:じゃがいも)でも団子は作れるらしいですね




